神域の源流
蛇崩から帰不山へ向かう事になった。この山の上流に行けば越久夜ダムがある。
人ならざる者たちには個々の縄張りがあり、童子式神はそれが気がかりだった。
山道を登りながら山伏姿の式神は得意げに言った。
「ただ山を登ったってただのハイキングでしかないし、上位の神々が作ったシールドにたどり着くには特別な手順が必要なの」
道を見渡し、何かを確かめる。
「例えば私たち人ならざる者が支配する時間に…少人数だけで山に入り、こうするの」
柏手を何回か叩き、その音が山に反射する。そして式神もどきがフッと息を吐き、闇を放つと景色に穴が空いた。ゲートのようなものだった。
「これは…」
「門よ。魔法使いや人間どもは九死霊門と呼んでいるのよ。あの世とこの世を繋ぐ、人間の命を食べる死の門。本来なら人間の魂と引き換えに開くのだけれど私たちは自由に行き来できるのよ。その道のプロ専用の特別な通路、とも言えるわ」
「へえ~、すげぇ」
門をくぐり、再び歩きながら胸をはる。
「もちろん!私は境界を操れるもの。これで"壁一枚"の向こう側で神々についていけるわ。」
「ステルスってわけですか」
これなら他の人ならざる者に威嚇される事は無い。
「言い得て妙ね!」
ふふん、と自慢げだ。
「その道のプロ専用の通路ってことは、あんたもプロ?」
「ご存知の通り!堺の神として信仰されたのよっ!旅人を導く大変偉い存在でもあるの。きちんと先導してあげるっ」ウインクされ、二匹は眉をひそめた。
「な、なんか癪に障る…」童子式神はむつれる。
「あら、素人さんは黙っていなさいな」
そこを潜ると、墨を塗りたくったような暗闇が広がっていた。森林地帯の夕闇に見せる虚ろな景色とはまた違う。上も下もない、黒、だった。
恐る恐る四角い空間に身を投げる。すると頭上では全く異なるものが存在していた。近未来的な──ネオンで形作られたような、しめ縄がたくさんあった。キラキラと燐光が繊維にまとわりついて、ポッカリと口を開ける暗闇に浮かび上がっていた。
「へえ、幻想的だねえ」
触ろうと背伸びした巫女式神に「そうかしら?」
「いつからあるのか分からないし、なんでしめ縄の形をしているのかも不明だし…あと…」
「おう…」
「あれが切れたら、何かが終わる」
「何かが?」
「ええ、私も何かは…。けど嫌な感じがするの、壁に爪を立てた時みたいな感じ」
「え…千切ったんすか?」
「まさか!自然とちぎれる時があるのよ!」