終末 4
目を覚ますと暗闇に眠っていた。脱力し、まだ生きている事に乾いた笑いをうかべる。
確か悪神に食べられてしまったはずだ。そう、死んだはずなのに。
(何もない)
しめ縄もなく、今まで来た事のない領域に達したと確信する。
(死の世界。いいや、虚無。空虚へ行き着いたのか)
体を起こし、宛もなけ歩き出す。自分の体が崩れ落ちていくのをみて焦る。自分は誰だ?
(もう誰でもない。神威ある偉大なる星でも巫女でもない──)
(繰り返しだ。式神にならなければ行けなかったあの時と一緒だ)
崩れた身体で走りながら、自分は誰だと自問自答する。
──自分は誰だ!
「見つけた!」
虚無の中で山伏式神と出会い、抱きつかれる。温かい。人ならざる者のくせに。
「童子式神っ!」
童子式神はやはり自分は童子式神であると確信する。
彼女の服装はボロボロになり、髪型も乱れた様子になっていた。
「どうしたんですか?それ」
「あなたのように、存在が不確定になっているんだと思う。お願い。私の名を呼んでくれないかしら?」
「はあ?あの時、もらってあげないって言ったじゃネエすか」
すると山伏式神は手を合わせて、懇願する。お得意の人頼みに呆れた。
「お願いっ!さっきあなたの名前を呼んだじゃないっ!ね?」
「はあ…分かりましたよ。山伏式神」
「ありがとう〜!感謝するわぁ!」さらに抱きつかれ、ギョッとした。
「しかし何でおめえがここに?」
「あの恐ろしい神に食べられたのっ!パクリって!すごく怖かったんだから!」
鼻水を裾でふかれ、頭を叩く。「いたっ!何するのよっ!」
「全くおめえは!」
「あら?式神もどきになったのね。私が見つけられたのも、それが要因かもしれないわ」
「探していたのですか?」
「ええ、いると思ったから」
山伏姿の式神はいつもと変わらないドヤ顔でいう。
(ちょっと安心してる自分が憎い…)
「ここにあなたがいると、私は確信していたの。だからずっと探していた。何千もの時をさ迷っていたかもしれない、いいえ、あなたに会わなければいけなかった。全知全能の神が許してくれなかった」
「は、はあ。大変だったのですね?」
「そうよっ!褒めたたえなさい!」
「いや、訳分からねーッス」調子が狂い、お手上げだと考えるのを止めた。
「とにかく!私は境界を司る神だったのはご存知よね?」
「ええ」
「その霊験あらたかな能力のおかげで太虚と現実世界の境界が分かるわ」
「いやいや、それで現実世界に逃げればよかったのでは?」
「バカ言いなさい!全知全能の神は恐ろしいのよ?!」
がくがくと揺さぶられ、目を回しそうになる童子式神は叫ぶ。
「あー!わーった!やめろ!」
「だからね。あなたを現実世界に導けるかも。一度きりよ、あなたには一度しか切符が渡されないから」
妙な泣き笑いともつかぬ表情に、異変を感じる。
「えっ」
「──太虚を彷徨い分かった事があるの」
「ええ」
「私は私でしかない、式神になっても眷属になっても自分は自分。それ以下でもそれ以上にもなれなかった」
「…」
「それでいいじゃない。それで」
山伏式神の今までにない気色に、童子は何も言えなくなってしまった。
「それに!振り回される気持ちも痛いほど理解したつもりよ。ホント困っちゃうわよねっ。堺の神として残された力があなたを導けといっているの。あちらよ」
指を指すと、エールを送った。
「あちらに行けば、巫女式神に会える」
「巫女式神に?」
「みなまで言わないから、行ってみるといい。まっすぐ、引き返せずに向かうのよ?あきらめないで、希望を持ち続けて」
「あっちって…」
何もない暗闇に戸惑う。
「いいから!」背中を押して、山伏式神は後押しした。
「では、おめえはどうするンスか?一緒に」
「私にはお似合いの場所だから、ここに残るわ」
「山伏式神…」
「さ、行きなさい」
ぐい、と一押しされ渋々歩み始めた。振り返ってはいけないと、童子式神は前だけを見て暗闇を進み始めた。
「さよなら」
「さようなら、童子式神」
山伏式神は手を振ると独り佇んだ。