終末
「私がムラを救う。祟りを鎮め、神々に…」
「どうして?どうして、私は役目を果たしてきたはず」
「皆は私を信じていなかったの?」
「天津甕星。ムラをどうするつもり?」
「天津甕星──」
天津甕星は巫女の記憶を鋭利な鉤爪でなじる。「小娘が、俺に指図するなど」
猛獣のように唸りをあげ、天津甕星は町を徘徊する。大人の女性に近い外見ではあるものの、人体の所々はバケモノだ。本来の姿に近い雰囲気になっており、触手が蠢いていた。
公衆電話の前で立ち止まり、舌打ちした。暗がりの中、静かに防犯灯に照らされる天津甕星はジロリと眼球だけを動かした。
「隠れているのならでてきたらどうだあ?」
空き地の草藪からタヌキが出てくる。前掛けをしたタヌキは物言わず星神を見つめていた。
「ハハ」周囲をタヌキに囲まれているのに気づき、乾いた笑いを漏らした。
「大勢でおいでなすって、神使が何の用かぁ?」
ボソボソと話し声がするが、タヌキたちの言葉は容量を得ない。ただ拒絶と警戒だけは伝わってきた。
「月は満ちて、欠けていく。無に還れば二度と同じ姿にはなれない」
大きな一匹のタヌキはそれ以上、何も言わずに踵を返し、去っていく。
「言ってくれるじゃないか」
再びひっそりと静まり返った路地で、彼は一人ニタニタと笑っている。
「巫女さまになり代われなくとも、俺を受け入れざる得ない世界にしてやるよ」
進めば進むほど、通り過ぎた路地が崩壊していく。枯れた植木や錆び付いたカーブミラー。頭を失った鳥が飛んでいった。
秩序が失われていく。
「山の女神。お前はまた拒絶するのか?」
かの山の女神には何回も拒絶されてきた。初対面の時も、そうだった。
「あれが、最高神」
まだ幼い女神が越久夜町の神々に連れられ、越久夜間山に登ろうとしていた時、二人は出会う。「よう。お嬢ちゃん」
気味の悪い笑顔で擦り寄ってきた天津甕星に、神々は恐怖しあからさまに逃げる。逃げ惑う神々の中で凛とした表情で、微動だにしない女神はこちらを軽蔑していた。
「アンタが新しい最高神カア。可愛いなぁ、前代に少し似てらあ」
「触らないで」触ろうとした手を払う。
「神殺しが、私に触らないで」
悪神の笑みが無くなる。
「へえ〜〜、知ってるのか。お嬢ちゃん、ヨロシクな。俺ぁ神威ある偉大な星だ」
「神威ある偉大な星、私が最高神である以上あなたを越久夜間山に入れる気はない」
「おお、威勢がいいなあ」
鋭い牙が覗き、山の女神はそれに眉を顰める。
「行きましょう」稲荷神が山の女神をそそくさと連れていく。
その姿を目で追うや、猛獣の如く険しい顔になった。
「この俺を拒絶したかァ。メスガキめが」
神は存在を認識されなければ、認知されなければ精神を、体を、エネルギーを維持できない。存在を拒絶されたり、忘れられれば…。
俺はそこまで弱くねえの。でもな、それが仇になったんだ。
どんなに存在を拒絶されようと、首の皮一枚で生きながらえるのさ!
「だから、壊れちゃったんだよお!」
前代の最高神の亡骸を食い破り、拒絶されたと泣きわめく。前代の頭は既になく、首の断面から大量の穢れた体液が吹き出している。心臓部がえぐれており、天津甕星が愛おしそうに抱き抱えていた。
「愛しい最高神やぁ。どうして拒絶した?何がいけなかった?なあ?俺の真名も、気持ちも何もかも教えてあげたのに」