斜陽 2
ネーハが音を立てずに地面へ着地する。手には例の剣を持ち、生やしていた翼を消失させると溢れ出る冷や汗をぬぐう。
(人でないのに、吐きそうだ)
歯をわずかに食いしばり、千鳥足で地主神の神社に向かう。人ならざる者であるネーハの影はなく、威嚇している猫のみがいた。
「…あ!」
視線の先に鳥居の下で体育座りをしている少女を見つけ、固唾を飲んだ。
「み、巫女式神っ」
巫女式神が憔悴した様子で月を眺めているのを見つける。
「月が満ちる」
ボソリと呟く巫女姿の式神に、彼は口を開こうとしてやめた。
「満月になったら何になる?」
「…え?まあ、月になる」
「また欠けてくだろ。悪神は月になれずに、また消えてく。アイツが言ってた。」
要領をえない言葉にネーハは狼狽えた。
(まさか…壊れてしまったのか?)
「あ、あの」
「護法童子、あたしに会いに来たの?」
「──巫女式神、あの時は悪かった。君を騙してまで任務を遂行してしまった。でも式神なら分かるはずだ、命令は絶対。その恐ろしさを知ってるだろう?」
必死に頭を下げ言うが、眷属はなにも言わずにそれを見下ろしていた。
「童子式神は多分、まだ生きている。これを渡して欲しい。彼を」
剣を差し出し、懇願した。
「この期に及んでよくそんなことが言えるな」
冷徹な視線を寄こす巫女式神に、ネーハは表情を引き締める。
「謝罪したいんだ」
「アンタに謝罪されたくはない、あたしの大切な人を殺そうとしたんだ。二度と目の前に現れんな」
「し、しかし!」
「失せろ!」
拒絶され、剣で髪を切り裂かれる。黒々とした髪が空を舞い、彼は目を見開いた。
「待ってくれ!」
地面に転がった剣を静かに手にすると、ため息を着く。
「分かってるさ…私は許されない事をした」
苦虫を噛み潰したように歯を食いしばり、項垂れる。すると隅から山伏式神がやってきて、優雅に挨拶した。
「こんばんは!護法童子さんっ」
「…どこから湧いてきたんだ?端から見ていたのか?」
「ええ。いつ出てこようか迷っちゃったわ。」
ニコニコと能天気に笑う山伏に嫌気がさす。
「──あれからどうだったかしら?」と問うてくる。
「その剣」
「ああ、悪神を無事退治したよ…」
吐き気をこらえたような耐え難い様子で護法童子は言う。それをものともしない山伏式神は、拍手をした。
「ありがとう、そしておめでとう」
「なんだって?」
眉をひそめたネーハを他所に、山伏姿の式神はいつも通りの様子で話す。
「あなたのおかげで私の主が、完全に復活できそうよ。さあ、ソレを返して」
「何を?」
「御神体に決まっているでしょ?」
「な、なにを!」
剣を隠そうとした彼に、影や闇から湧いた触手が絡みつく。素早くギリギリと締め付けられた。
「何のつもりだ?!」
「さあ、返して」神妙な顔つきの山伏式神に、ネーハは目を見開いた。
(退魔の力が効かない?!な、なぜだ?)
「私はもう魔じゃないの、あのヒトのはしため。使わしめよ」
「くっ!」触手が剣を腕ごと持っていく。血を吹き出した痛みに歯を食いしばり、おのずと死を覚悟した。液体がアスファルトに滴る音がしてハアハアと息が早くなる。
(天上の神々よ!もう一度私に加護をっ!)
「!」
ネーハの体が鮮烈に光り輝くと、退魔の能力が際限になり拘束した触手が崩れていく。「くそ!」
山伏式神は剣を抱え、跳ねると瞬間移動して居なくなってしまった。
「…ハアハア…」
膝をつくと再生した自らの手を眺める。
「神々が力を貸してくださった…私は、まだ存在していいのだな…」
(くそ、剣が奪われた…有屋さまになんと話すべきか…いや──)