斜陽
数時間前。山の女神の祀られている神社は人気はなく、様々な秋虫が鳴いている。秋の訪れと涼やかな風。
上空ではギエギエと奇妙なサギが飛んでいき、羽のないトンボが地面を這っている。壊れ始めたルールに誰も気づかない。いや、気づけない。
ネーハはわずかに、疲労した顔色で満月の下、参拝者用のベンチに座り込んでいた。力無く下げた足を見つめ、ぼんやりとしている。
巫女式神の姿を思い出し、首を振る。
(私は有屋さまの正義を貫くだけだ!)
「くそっ!私は護法童子…神々より加護を受けた魔物…これしきのことで…」
汗を擦り、罪悪感に負けぬよう蹲る。
「何をしているの。ネーハ」
有屋の声がして、彼は顔を上げる。
「おめでとう。あなたは悪神を退治した」
使役者が表情を和らげていう。安堵して、クマができた目には薄らと希望が宿っていた。
「はい」ネーハは不格好な、下手くそな笑みを浮かべた。
それに彼女は気づいていない。対照的にいつもより明るい表情でしゃんと胸を張っていた。
「まさかあのような暴挙に出るとは思わなかったけれど、結果として悪神や倭文神への叱責は叶った訳だし。あなたには越久夜町から功績が与えられるわ」
「身に余る光栄」
「ネーハを召喚してよかった」
自分もベンチに座ると肩の力を抜いた。
「…私は何もしていないわね。ごめんなさい」
「えっ、あの」
「女神を励まし神々をまとめるのが精一杯で、あなたに対して何も手助け出来なかった…。丸投げみたいになってしまい申し訳ない」
セミロングの髪から覗いた表情が疲れ果てているのに気づき、慌てて取り繕った。
「いいのです。護法童子は本来、使役されるだけの存在ですからっ!ですから──」
「…。神である私が人のように…気が弱っているみたい。神々は無関心なの。まるでわざと見て見ぬふりをしているかのように」
「そう、ですか」
「悪神や巫女へ怯えているのね。バカみたい、神でありながら」
何も言えずに護法童子は困惑する。
「…悪神の剣は女神に献上する」
「は、はい」
「しかし今直ぐにとはいかない。女神は今、とてもではないがお会い出来ないほど疲弊しているの。それまでは貴方が管理していなさい。私たち神には、ソレは穢れすぎているから」
「はあ、は、はい!」
背を正して、返事をすると気を取り直した。
「剣は私の書斎にあるからよろしく頼むわ。あなたならできる」
「管理って…」
「じゃあ、…行くわね。女神を見張っていないと」
早々と腰を上げ、ヨレヨレと歩いていく。ネーハも追い詰められた表情で、不自然にまた笑ってみせた。
こびり付いて離れぬ巫女式神の姿が浮かび、ハッと一瞬思い詰めていた顔が変わる。何かを考えたように、立ち上がった。




