暗転 3
悲しい瞳をする眷属の表情は影で見えない。二匹は黙り、防犯灯のライトがついたかと思えばぼんやりと照らす。
ニカッとなんでもなかったように笑い、彼女は涙を拭った。
「さ!行ってこい!はやく山の女神に伝えるんだ。そしたら何か変わるかもしれないぜ」
「…ええ」
ドン、と背中を押され、仕方なく童子式神は歩き始める。工事現場から離れていく背中を見送った。
「言ってやったぞ、あたしのアルジさまよ」
巫女式神は静かに自分を褒めたたえる。
「あっしはおめえのいう好き、と言うやらは分からねぇけども。おめえが言ったように、ずっと一緒に居たかったのかもしれねーっス。巫女式神」
「うん。また会おう。また」
「ええ。再び-約束です。再び会うと、約束してくれませんか。巫女式神」
「もちろんだ」
通行止めのバリケードはいつの間にか消えていた。
「ん?」こちらに何かが走ってくる音がして、童子式神は足を止める。しばらくして、その音が大きくなる。
「な、なんスか?地鳴り?」
四方を見回し、バタバタと響く音が近づいてくるのに恐怖を覚える。「わわわ?!」
「見つけたーーっ!」
山伏式神が視界いっぱいに飛びついてくる。体重に耐えきれず、二匹共々アスファルトに倒れた。
「いてえっ!何すんだこの!」
「あ、あの娘があなたに会いたがっているのよっ!」
顔に手を押しつける山伏式神を引き剥がして、怒鳴りつけた。
「ぎゃっ!なぁあー邪魔です!!」
引き剥がし、童子式神は嫌がるも彼女は必死に訴えてくる。
「あなたに会いたがっている人がいるのっ!魔筋であった女の子!」
「えっ、あー、あの」
「少しだけでもいいから、会ってくれる?お願いっ!」
手を合わせられ、童子は困惑する。胡散臭いし、怪しげだ。
「ほら!行くわよ!」
「ちょっ!良いって言ってねえのに!」
グイッと力強く衣服を引っ張られ、無理やり連行される。山伏姿の式神は先頭を切って、見知らぬ路地を歩いていく。どこもかしこもあべこべな、不思議な世界が垣間見えた。
台風を予感させる強風が吹き荒れ、待っていた巫女の髪がたなびいていた。逆さまになったベンチに腰かけ、彼女はこちらに気づいた。
「覚えてる?わたしだよ」
ニコリと善良に笑う神世の巫女──月夜見に戸惑う。
「え、ええ…何か雰囲気が変わりました?」
「忘れちゃったの?あんなに"お話し"したのに?」
「お、お話し?」
「わたしはあなた達の声が聞こえたの。聞こえない皆に代わりに伝えたんだ」
「あっしが分霊だった頃に会ってるんすか?」
「…。反対に皆の声をあなた達へ届けた。それがわたしの役目。それだけだった。それだけ…」
「あ、えっと…」
「なのに、あなた達もみんなも、裏切ったじゃない。神威ある偉大な星」
「責め立てても覚えてないんス。もう、あっしはそんな名前じゃないんスよ…」
「童子式神。わたしの魂を返して」
「魂…?何言ってるんスか…?」
「あなたの主の魂」
「輪廻を幾度となく、わたしは数千年、眠りについて廻った。あの世で地獄を何度も味わっては現世へ引きずり回されたの。あなた達が忘れている間ずっと。あなたの主として生まれた」
「…そうなのですね。だから」
(予知夢ではなく。主さまは巫女の生まれ変わりだったのか)
「あなたの主から離れて、この世に蘇ったけどね?まだ不完全なの」
「…」
「完全になるには彼の魂が必要。魂はあなたが持ってるでしょ?だから返して欲しいなあ」
薄ら寒い笑みを張り付けたまま、彼女は頂戴と手を差し伸べてきた。童子式神はその様子にかたずを飲む。
「返したら…嫌な予感がするッス」
「それは返したくないって事?」
「…はい」
「そっかあ、じゃあ、食べちゃうしかないね」
背中が破裂し飛沫をあげて、触手かこちらへ伸びてくる。式神だった者はウサギに変幻すると、ぴょん、と足で跳ね、器用にかわした。
鋭く硬化した触手が何本も迫り、童子式神は必死に避ける。
「くそ!またアレをやるしかねえか!」
「まずいわ!」見守っていた山伏式神が焦るも、童子式神の眼前に少女が現れる。
「!」
神世の巫女に主の姿が重なり、あちらに手を出せなくなってしまった。大口を開け、本性を顕にした月夜見に身体ごと食べられた。
「あ、ああっ!食べるなんて!」
蛇崩の式神もどきは震え、怯えた。
(童子とか言うのをホントに食べるなんて)
頭を抱えてしゃがみ込んで、アスファルトから覗いた草むらに隠れていた。恐怖に歯を鳴らし、息を殺す。
(逃げなきゃ!私の命も危ないわっ!)
咄嗟に走り出し、逃げ切ろうとした──つもりだった。
「どこに行くつもりだ」
背後に、"天津甕星"がいる。山伏式神は振り返り、ぎゃっと悲鳴をあげた。
「に、逃げるに決まってるでしょ!」
「ふ。逃げるだァ?俺から逃げられるとでも思っているのか?」
山伏式神は無様に駆け出し、テレポートしようとした。逃げれたと思った矢先、振り切ったはずの悪神の足にぶつかってしまう。
「ひい!」
「よわっちい次元移動で逃げられるとでも?おめえの能力は俺の欠片。浅はかなヤツだ。」
ひょい、と簡単に持ち上げられか弱い人ならざる者はもがく。
「やめて!」