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自棄 2

 そう言いかけた時、テリトリー(縄張り)にカツカツとヒールを鳴らして有屋がやってきた。薄荷の香水が不快感をもたらす。

「こんな所に隠れていたのね?」

 横にはネーハも同行しており、二匹を警戒した双眸をしている。

「神にはなれなかったようね。神威ある偉大な星」

 彼女が童子式神をなじるように言う。キッと睨めつけられるも無表情でかわされた。


「主の魂を食すなんて無駄な行為でしかないわ。端から決まって居るのだから──」

「式神になった時点で」

「うるさい!崩れかけた奴に言われたくねえよ!おめえも自らのケガレを浄化できなくなってるくせに」

 黒く変色している利き腕を指摘され、彼女はあからさまに動揺する。

「あ、有屋さま…」

「言ってくれるじゃない。でもね、女神は安心したわ」

「安心?」


「倭文神の主は女神であり、これまで危険因子である式神とその主を監視していた。あなたがそうなるのを待ち望んでいた。彼女の使命はあなたを砕く事。一度目ばかりか二度も悪神の野望と精神を砕く事ができたのよ。栄光なことだわ」

「あっしは悪神でも、巫女でもなんでもないんス。もう式神でもない、ただの」

「逃避でもしているのかしら。現実を見なさい」

天鳥船(あまのとりふね)。奴の言うことは正しいかもしれぬ」

 傍受していた倭文神が重たい口を開く。


「惑わされてはダメよ、倭文神。悪神はいかなる手を使ってくるか分からないのだから」

「…寡黙。いいんです。もう、いいんです…」

 項垂れたまま童子式神は言った、

「アマノトリフネとやら、おめえの気が済むのならあっしを消してくだせえ。わたくしは何者でもないようです。偽物だった、というべきでしょうか。もう自分でもよく分からないのです」

「其方──」


「主さま、ごめんなさい」

「なら、二人で消えようか」

 寡黙がふと、疲れきった様相で零した。「…え」

「なかった事にしてしまえばよい。そちが存在しなかった、または吾輩が勧請されなかった世界…吾輩なら"修復"できる。その力がある」

 床に落ちていた、ちぎれかけたしめ縄がさらに解け、様々な物が風化していく。


「倭文神、止めなさい」

 焦燥を露わにし、足を一歩進めた。糸が地面から湧き上がり、突如として有屋の足を絡めとった。

「お飾りとして最後に一花咲かすのも良いじゃろう。のう?吾輩が消してやろう。何もかも」

「消してくれるんすか…」

 揺らいだ瞳で寡黙を見上げる。

 指を鳴らすや、頭上に現れたじわじわと太虚のしめ縄の繊維が浮遊し、修復し始めた。

 空間が軋み、再生し始める。この場は倭文神である彼の独壇場だ。

「それ以上するのなら、あなたを滅するわよ」

 有屋鳥子が怒りを滲ませ、刺々しく言い放った。


「やってみろ」

「倭文神っ!」

 ネーハが飛びかかるも布で縛り付けられる。ぐるぐるとケガレが染みた布に巻かれ、護法童子は苦悶した。

「貴様っ!女神のはしためではないのか?!」

 暴れもがく子供を、寡黙は一ミリも気にせずに太虚にあるしめ縄に限りなく似た物を作ってみせる。


「今まで幾度となく過ぎり、幾度となくかき消してきた──崩壊した時空を修復し、なかったことにする…その考えは正しかったのじゃ。バカバカしい…越久夜町のためなど、考えなくてもよかったのに」

 ゆらぎがしめ縄に吸い寄せられ、あたりが白んでいく。バチバチと輝く、電子がしめ縄の光を強めていく。

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