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捕食寄生 2

「ならば式神から逃れられる道を探らないか?」

 悪魔の囁きのように、ネーハはこちらへ耳打ちする。

「魂を食べずに得を積み、式神という呪縛から解脱するんだ」

「種の欲求に逆らえと?」

「魂が輪廻を巡れればその欲求も終わるんじゃないか?この世にしがみついているから苦悩が生まれるんだ。君は長く留まりすぎだ」


「それって、おめえの本心なのですか?」

 意表を突かれ、彼は分かりやすくピクリと反応する。

「…。当たり前だろう。やってみる価値はあるとおもわないかい?」


「…」

「期待しているよ」





 己が再発生するのに一週間を要したという。しかし目が覚め、寡黙にそれを告げられた日にちは九月十八日だった。最後に記憶にある日にちから進んでいないような気がする。

 それを誰にも言えず、物事は展開してしまっていた。

 客間で有屋 鳥子と主は何やら話している。それをドア越しに聞いている童子式神は夜が更け、廊下へ満月に近い月の明かりが降り注いでいるのを眺めていた。


(また、終わってしまった)


 しがない式神は俯き、まぶたを伏せる。


(再び最初からに戻ってしまうのか。今回は不思議な事ばかりだった。二度と近づけやしないだろうか)


「おやすみなさい」

 扉が開き、有屋が颯爽と部屋から出てきたのだ。

 慌てて逃げようとする童子式神に、「待ちなさい」と声をかける。

「な、なんスか?」

「罪を償いなさい。加えて彼の魂を解放する事よ。分かったかしら?」

 彼女はこちらへ言いつけてきた。

「罪って、あっしは悪いと思っていないのですが。それに、嫌だと言ったら?」

「浅ましいわ」

「式神でございますから」

「汚らわしい寄生虫が」

「…」罵られ、じっと反抗心を燃やした目で見つめ返した童子式神に、彼女は無表情に立ち去っていく。


(式神が罪をつぐなえるかよ)


 心の中で毒づいた。


(そろそろ、命の灯火が消える。主さまは輪廻に旅立とうとしているのだ)


 客間から出てきた主と共に自室へ向かい、魂の匂いを嗅ぎ、確信する。杖をつき、力無くベッドへたどり着くと寝転がった。

 それに近づき、童子式神は椅子を運び出した。


(式神は輪廻に旅立つ直前の主の魂を食う)


「主さま、毛布をおかけします」

「ああ…死神。来たのか」

「式神です」

 天井を見つめながら、彼はとつりという。

「人であるがためにお前のようにはなれなかった。結局人は人以上の者にはなれないのだな」

「主さま…無理をなさらずに」

「あの世なんかに行ってやるものか。お前の中で生き続けてやる。血肉となり…」

「ええ…あっしが食べますから、今は」

「代わりにお前が願いを叶えるのだ。ルールを変えろ。このままでは町は滅ぶ、いや、醜悪な世界になってしまう…人も魔も全ての生物が平等になる、理想郷は…」

「あっしは…分霊に戻りたい。主さま、あっしに」


「式神どもは馬鹿だ、たかが人の魂など手に入れても…」

「…ええ…」

「さあ、食え。お前の大好きな魂だ」

「しかし、主さまはまだ」

 突飛もない発言に舌を巻く。彼は何を言っているのだ。

「式神として保存される前に、オレが死ぬ前に、魂を食え」

「えっ」

「言っただろ。まだ輪廻は巡らない、お前の中で生き続けると」

「あっしに、式神もどきになれと言うのですか?」

「式神から開放されるのなら、それもありだろ」


 ──魂を食べずに得を積み、式神という呪縛から解脱するんだ。

 ネーハの言葉が甦る。今なら功徳を積むかのような真似事ができるかもしれない。だが式神の本性が溢れ出し、心臓が早鐘を打たせる。


(ダメだ。ずっと待ち続けていたんだ。食事を)


「はあっはあっ」

 涎が垂れ、脂汗が吹き出した。食欲に負けそうになりながらも、主の顔を眺めた。

「すいません」

「食え。魂を」

 顔面蒼白のこちらに魔性の己が語りかける。自分を見失いかけそうになった時

「星の神よ」

「ハッ」人間の声に引き戻される。

「お前は星の神に似ている」息も絶え絶えに主は言う。


「あの時訳も分からず読んだ法文は、星の神を使役するものだった。お前が星の神でなくても今はそれでいい。式神に食われるのが正しいと思える」

 ベッドに横になる数奇な運命を辿った男を見つめる。

「お前が…何であろうとこれで良かったのだ。そうだろ」


(結局…自分は…怖かったんだ。でも独りぼっちから二人になった。それだけでよかった)


「さあ、食べろよ。」

 笑顔の少年が脳裏に蘇り、人魂を掴んだ。その人魂はいとも簡単に童子式神の手の内に収まり、当たりを鮮烈に照らした。

 魂に口を近づけ、ごくりとそのまま飲み込んだ。──光が途絶え、主は息を引き取った。


「…」

 魂をもらいうけ、しばらくジッと複雑な心境で主の亡骸を眺める。そして椅子から降りると、扉へ歩み寄った。

 控え目に振り返り、童子式神だった者は扉を開ける。


「ありがとうございました」

 扉が軋みながらゆっくり閉まり、部屋は薄明かりだけになった。

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