捕食寄生
──暗闇なんて怖くなかった。暗闇というのは魔にとってむしろ安心できる空間だった。人界の闇よりも、異界のたゆたう、奥深い空気は人ならざる者の唯一の休息地だった。
人と魔を分け隔てる夜闇。何もかも無くなってしまう視界の闇。
…本当に何もなく全てを含む、カオスを顕在させた闇。
それのどれでもない、形容しがたい闇にチカチカと煌めく光がある。蛍のようにまう光。
(ここはどこだ?)
童子式神は独り"夢"の中、行き場を失い途方に暮れていた。
本当の安寧の場は?
縄張りでも、山伏式神に連れていかれた太虚でもない。
魔は眠らない。死なない。人の様に睡眠を必要としない、息を引き取らない。何故なら肉体がないから。何処にも居て何処にも居ない──魔。
睡眠の様にふっと意識をなくしてしまったら、と思う事がある。無に飲まれてしまえば何者でもなくなれる。
(…何者でもないくせによ)
「うん。勝負しようよ。どっちが先に何者かになれるか」
(巫女式神。あいつは何者でもない事を謳歌している様に思える)
「馬鹿らしい…」あの呑気な顔を思い浮かべるや、何だか思考するのも面倒くさくなってしまった。
今は暗闇に身を任せて、目を瞑り──。
黄金の光が瞼の裏を照らし、ネーハが現れる。彼は闇に着地するとメイド服を整えた。
「なぜおめえがここに?」
威嚇する童子式神に、彼は何の気なしに言った。
「夢を媒介とするのが護法童子だ。夢の中ならどこにでも行けるぞ」
「夢?これは人間が見るという夢なのですか?あっしの夢ですか?」
「まさか!式神が夢など見るわけないだろう?貴様の主の夢の中だ」
「へえ、なんだかテリトリーと変わりませんね」
「人間の夢の深層に近い場所にいるからな。集合的無意識というヤツだ。シナプスの光が、集まる場所だ」
「しなぷす?ふーん」さほど興味がなさそうに頷いた。
「さすがは式神だな。無知蒙昧だ」
「ムッ!人ならざる者が人界のことなど知らなくても良いじゃねえすか!」
「まさに程度の低さが露見している。…童子式神、君は主の魂を食べるのか?」
「ええ。式神ですから」
「野蛮だな。世の中には君らと同じように、宿主に寄生して食い尽くしてしまう種がいるらしいが、なんとも野蛮だ」
「は?野蛮って。それは生き物としての生き様なんス。その種だって生きるために、宿主を食べるのですから、野蛮というのはお前のエゴに過ぎないんじゃねえすか?」
不機嫌そうに言ってのける。
「うむ…エゴか、そうかもしれぬな。反省する」
ネーハはうんうん、と納得する。
「いや…、別に反省しなくても」
「式神にも僅かに思考する頭があるようだ」
「こぉの〜!」胸ぐらをつかもうとするも、ヒョイッと避けられた。
「あっしだって色々考えています!おめえらが思うよりも!」