ネーハの代価
(彼女が鍵なんだ。この状況を打破する、大切な特異点。巫女式神が最高神になってくれさえすれば)
ネーハは錫杖を消し、立ち止まる。
(──すれば?私はどうなるんだ?)
汗を垂らし、ネーハは自らが作りこんだ袋小路に迷い込む。
(やめるんだ。使役者の命令に従い、任務を遂行するのみ。私情を挟んでは行けないのだ)
地主神を祀っていた権現造りの社殿を望んだ。
「巫女式神。いるか?君に用がある!」
そびえる鳥居に向かい、彼は呼びかける。すると軽やかな足音がして、境内の奥から巫女式神がやってきた。
「よう!護法童子」
巫女式神はいつも通りの調子で挨拶する。その眩い無邪気な笑みに、彼は自らの心に後ろめたさを感じ不格好に笑い返した。
「決まったかい?それを聞きに来たんだ」
ネーハは期待を込め、神域越しに問うた。夕闇に包まれた町では薄ぼんやりとした防犯灯の光が際立つ。照らされた巫女式神はやがて「…うん」こくりと頷くと、神妙な顔をした。
最良の反応を期待して、パッと表情が明るくなる。神域の結界に手をつけようとした折、巫女式神は口を開いた。
「あたしは最高神にはならない」
二匹の間が心理的に遠くなる気がした。
「どうしてだ!神になるのが、君の願いのはずだろう?」
「確かにそうさ。それが"あたしのアルジさま"の願いだ。」
「…」
「それはあたしの真の気持ちでも願いでもない」
「式神のくせに主に逆らうというのか?」
すると鬼神の眷属はかすかに笑った。
「この巫女式神という者はな、式神だけど式神じゃないんだ。主もそれを知ってる。なあ、護法童子さん」
「な、なんだい?」
「考えたんだ。あたしが最高神になった未来を」
「ああ」
「町はもう高齢化が進んでる。今もきっと未来も。人も神も、限界が近いんじゃないか?ならあたしが最高神になろうが変わりやしない。それに鬼神の眷属が最高神になってしまったら、神々も神使も納得するはずがないだろ」
「しかし適応力があるのは君らしかいないんだ。神々も納得せざる得ないよ」
「表向きにはね。けどまとまりはしないと思う」
「…そうか、しかし!町を滅んでもいいのか?君が生まれた故郷じゃないかっ!」
「…地球を操っている全知全能の神さまじゃないんだ。滅んだって、もがこうたって変わらないよ。あたしらは決められた物事を眺めている小さな存在でしないんだから」
「き、君までっ!」
「だからあたし、この際どうなるか分からないまま精一杯突っ走ってみようと思う。消えても、逆に大出世しても恨みっこなしだ!」
眩いほどに無邪気に言い張る巫女式神に、ネーハは虚しさを感じる。住む世界が違うのだと。
「…あ、ああ」
「じゃっ!またな!元気でな!」
手を振り、境内に消えていく巫女式神を見送り、僅かに手を伸ばしたが、すぐ引っ込める。ネーハは佇み、何もできず月明かりに照らされていた。
「私たちの気も知らないで、呑気なものだな」
そう呟いて彼は眉を潜めた。
(ああ…有屋さまになんと説明しよう…)