山の女神の裁きと宿命 5
彼の命の灯火が薄れ、動けなくなってしまった。童子式神は残された力を振り絞り無様に庇うしかなかった。
「あなたは…たしか、私のルールを壊した一つの要因」
立ちはだかる女性から敵わない神力を感じ、式神は身を固くする。もう手建ては無い。
負けるのか。
「女神…。主さまに何をした!」
「何を、って元に戻してあげただけよ。彼は本当なら前の年に輪廻へ還る予定だった。あなたがねじ曲げたのよ、この人の運命を」
「…あっしは何もしてねえ!」
「何も知ろうとしないからよ」
「あ、あっしは、主さまを懸命に理解しようとしましたっ!」
「いいえ、何もあなたは、知ろうとしていない。言われた物事さえも、何も。式神になったのも来る終わりを知るのを放棄したから」
「ぐっ…!」
主である人間は血を傷口から流し、苦しむ。その様子を見て式神は焦る。
「罰を素直に受けて、輪廻でやり直しなさい」
穢れに侵食された手で、もう一度、星守一族の末裔に触れようとした。
「主さまの魂はあっしが食う!邪魔をするな!」
無駄な抵抗と知りながら、ガブリと女神の手に噛みつき、食いちぎろうとした。その小賢しくも、無力な悪あがきに婦人は黄緑色の双眸を怒りにぎらつかせる。
「…この野郎。どこまでも反抗しやがって」
口調が荒くなり、力任せに童子式神を叩きつけ、鋭いハイヒールで踏みにじった。
「ぐえっ!」
「そんなにあたしのことが気に入らねぇのか!」
「が、は!」
「女神!それ以上は!」
テレポートした寡黙が止めに入り、制裁がとまる。「倭文神…!」
力無き式神は息も絶え絶えに起き上がった。視界も、触覚も無くなりつつある。この場で終わるのか。
「…。頭に血が上ってしまったわね」
我に返り、女神は平生に戻る。しかしそれもつかの間──
「あ…!」膝をつき、血を吐瀉し今になって弱体化し始めた。
「せ、先輩っ!」
(あっしは死ぬのか…?)
「私の太陽」
巫女の思いが童子式神の体を操り、手を伸ばさせる。
「は、るき」
届かぬと分かっていた。意識が途切れて、まぶたが閉じる。終わりなのだ。
彼は本当ならば前の年に輪廻へ帰る予定だった。あなたがねじ曲げたのよ、この人の運命を。
「主さま、なんなりと命令を。」
「主…さま?僕が…?」
きょとんとした幼い瞳が童子式神を写し込む。混じり気のない無垢な魂。
「友だちに、なってくれる?」
「ともだち?」
(主さまは純粋で、ひとりぼっちでどこか狂っていた)
「僕、君と遊びたいんだ!鬼ごっこしよう!」
バタバタと少年はなりふり構わずに蔵を駆け回る。「君が鬼だよっ!」
手を振って、早速庭へ出て行ってしまう。予想外の展開に式神は狼狽した。
「主さま。式神は鬼ごっこなるものはしませんよ」
(主さまはやがて夜になると主は熱を出してしまうようになりました。原因は、あっしがいるから)
「免疫っていうのが弱くなっちゃったらしいんだ。ねえ、君はどこかにいかないよね?お母さんとお父さんみたいに、ほうっておかないよね?」
涙を流しながら、主は必死に懇願する。




