山の女神の裁きと宿命 3
童子式神は柏手を打ち縄張りの門口を召喚した。それは子供が入れる程の小さな穴だった。
穴に身をかがめて入っていく二人。寡黙が作りあげた椅子だらけの空間に、四方を注連縄で囲んだ物があった。揺らぎを固めた暗黒の勾玉がその中に浮かんでいる。
(なんだこりゃ?!)
「こ、こんなの知りませんでした」
「お前がやったのではないのか?」となんの気なしに勾玉を手に取った。「まぁいい」
言うや否や、そのまま口にポイッと放り込んでしまった。あまりの突拍子のない童子式神は一驚する。
「主さまっ?!」
本来人間が摂取できぬゆらぎを体に宿したせいか、少し呻いき苦しんだが──彼は耐え抜いた。
「わ!」
連動するように式神の体にエネルギーが満ちる。
(マイナスのエネルギーが…!)
「何も無くなった人間の恐ろしさを知るがいいさ」
あれから少し経ち、越久夜間山にたどり着いた。越久夜間山の登山口までくると、頭蓋骨が僅かに柔らかい燐光を発する。
すると道に太古の形をした鳥居が空中に浮かび上がり、ゲートのようなモノが開いた。ぽっかりと口を開けた真ん中から埃臭いような、淀んだ空気が漂ってくる。
二人はそのただならぬ空気に身構えた。向こう側には山伏姿の式神と訪れたあの階段がある。
──神域の起点に続いているのか。
(最高神はマイナスの気を持つ神だったのか?)
「これは考えつかなかったな」
トントン拍子に進む物事に苦笑すると、一歩踏み出した。
「く、潜るのですか…?」
「ああ、行こう」
ゲートを潜り、彼は延々と続くような苔むした階段を登り始めた。
「嫌な予感しかしねーッス…」
(山の女神が邪気にまみれた神だったら、あっしらは打つ手が無くなる。けど、記憶では…)
緊張しながらも緊張して見守り、童子式神はついて行った。だが、そう簡単には行かない。
「はあはあ…たどり着かねえ!」
なかなか頂上へとたどり着かないのだ。
「もうやめましょうよ」
「少し休もう」息を切らした主は力尽き、進めなくなり、仕方なく階段に腰を下ろした。
二人はしばし黙り、やがて人間側が口を開いた。
「山の神と思われる神が、夢に出てきたことがある」
「えっ」童子式神は素直に驚いた。
(寡黙、いや、倭文神が見せてくれた神世の巫女の記憶が…主さまにもある?)
「オレは始祖の魂を持っているのかもしれない」
「あ…その」
(どういう状態なんだ?あっしも、そうじゃないのか?)
「オレの夢に現れた女神は光に満ち溢れていた、美しい神だ。きっと世界をその光で照らしつくすような…こんな存在でも生きていいと思えるほどに」
「この瘴気では…主さまのいう女神とは異なるのかもしれないですね」
世界をその光で照らしつくすような、そんな完璧な神様がいるのなら、今頃世界は不変に過ごしているのだろう。
「越久夜町はもう終いになるのかもな」
「主さまは、町を再生するのでしょう?」
「ハハ…」力なく笑うと、それ以上何も言わなくなってしまった。まずいな、と口を閉ざし、童子式神も黙りこくった。
「しばらくしたら登りだそう」
ついにゴールが見え、足を止める。階段の最上階の所に人影があったからだ。
やんわりとした光がその人々を照らし、後光のようになっている。二人の影がこちらを見下ろしており、目を凝らした。
「シナリオ通り、オレは終わりということか」
越久夜町を統べる山の女神だった。彼女はこちらの動向を見透かして、ずっと階段の上で待ち構えていたのである。
腕を組み、こちらを冷徹に見下ろしている。童子式神は脂汗を垂らし、「あれが山の神…」と呟いた。
山の女神。わたしの太陽。
逆光になっている山の女神に恐る恐る視線を合わせる。
──娘や。お前は月のようだね。 山の女神が言う。
(あれが山の女神。記憶とは全くの別人だ)
──あんなに疲れきって…私の太陽よ。これ以上苦しまないで。
己の中の、神世の巫女が嘆き悲しむ。この巫女の気持ちは幻覚かもしれない。胸に手を当てて、衣服を握りしめた。
(町を終わらせなければこの苦しみは終わらない)




