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呪縛 3

 童子式神はほどける髪を靡かせながら、奈落に落ちていく。淡いしめ縄が張り巡らされた虚無の先に一筋の光があった。


 ──わたしは月世弥。山の女神が、この名前を授けてくれた。名をくれるのは存在を認めてくれたという証明。

 わたしは山の女神の月世弥として民と神々を繋ぐ役割を担っていた。最初は位の低いムラの娘だった。昔から不思議と神々や精霊の声が聞けたから、祭司さまはわたしを巫女の一人に選んでくれた。

 巫女は神官に連れられ、山の女神がいる山に連れていかれる。


(この娘は、やはりあっしなのか…?)


 山の女神。わたしの太陽。

 逆光になっている山の女神に恐る恐る視線を合わせる。

「娘や。お前は月のようだね」

  山の女神が言う。


 ──嬉しかった。あの方は初めて、わたしを見てくれた人。


 巫女の温かな気持ちがなだれ込んでくる。月世弥とは想像よりも優しい、穏やかな人間だったようだ。しかし、それも長くは続かない。やがて視界は暗転し、また場面は変わり、娘は成長した女性になっていた。

 武器を構えた群衆に囲まれ、巫女は神器である銃剣を握り、声をはりあげた。

「あなた達はもう、神々の加護、神託を受けることはできないでしょう。人々と神々の時代は終わったのです」

 精一杯の力を込め、剣を心臓に突き刺す。熱いような冷たいような奇妙な痛みが走り、童子式神は喚いた。彼女の胸から血がしたたり、涙がこぼれる。

 巫女はがっくりと前のめりになり、怨念の籠った目で群衆を睨みつけた。


 死だ。

 死が絡みつき、童子式神を引きずり下ろす。異形の手が巫女を掴み、地獄の釜へ招き入れようとする。

 消えたくない。

 輪廻の奈落へ落ちたら、終わる。何故かそう思う。絡み合って解けていく巫女の底なしの瞳と目が合い、全てを吸い込まれそうになった童子式神は上空にあるしめ縄の幣を掴んだ。





「──あのバケモノ、柔和な笑みをたたえた顔をしているのに中身は相当にひねくれており激昂しやすいんだって」

「人間が大嫌いで、山の女神の話をすると特に怒り狂い、惨殺してしまうんだって」

「──精神を狂わせられたら最後だよ。魔筋から逃れられなくなり、発狂してあの人間も死んでしまうんだろうね」

 どこからか囁き声がして、笑っている。他人事の井戸端会議が近づいて遠のいていった。

「──町をさまよいながら、暗闇を永遠にさまよう哀れなバケモノ。増え続ける魔筋に、いつしか山の女神にさえたどり着かなくなってしまったんだよ」




 じゅう、と皮膚がやけ顔を歪める。垂が手の形になり、グイッと引っ張られる。

「…え」

 それは紙垂ではなく倭文神だった。


「戻ってきたのだな」

「あ、ああ…リアルで…くらくらして、変な感じがします」

 頭をペチペチ叩きながら顔を、己自身を確かめた。確かに存在している。

「堰き止めていた記憶が蘇ったのだから、無理はない」

 彼はいつものように、無表情を取り繕っている。

「ホントにアレは記憶だったんでしょうか?」


 いつか見たしめ縄を連想する。それは山伏式神と共に太虚で目にした物だった。

 あれは、ちぎれたら終わるもののはずだ。


「…記憶とは曖昧で、こびり付いて、面倒なものじゃ…吾輩は疲れた…眠れるのなら眠りたいぐらいじゃの」

 そういうとまたフラリとテリトリーに消えていく。汗を拭きながら、満身創痍の寡黙を見送る。


(あいつ、もうダメかもしれねえな。そうっとしておいてやろう)


 ズキズキする頭を支えながらも、その場にあった倒れた灯篭の残骸に座り込む。深呼吸をして、足元を見た。


(寡黙は…あの倭文神は間もなく神から零落してしまうのだろうな。──神が零落するのを知っている。名や神格を失うのもあるけれど、それと他にケガレを浄化できず、溜まってしまい神から魔へ零落するという事例がある)


(そこいらの魔なら良いけれど、さらに恐ろしい何かに成り果てたら…)


(あっしが巫女ならば、自らが勘違いしていたかの神はどうなったのだろう?)


 まさか恐ろしいケガレにまみれた者になってしまったのだろうか?

 式神は身震いする。そうこうしている内に山際から朝日が差し込み、空がしらみ始めた。

「太陽…」童子式神は眩さに目を瞬かせ、空を仰いだ。

 巫女が祭壇の石に密かに刻んでいるのが甦る。あの文字は月世弥が残したのだと。

『私の太陽。私がいたことを忘れないで』

 巫女は女神に生きる事を望んでいる。


(山の女神がケガレにまみれる前に、この町が終わる前に…)


「叶わぬ夢だとしても、あっしは式神から抜け出せるだろうか」

 月の名を冠した少女が太陽を背に笑っている。


(巫女は生きている間にこの思いを伝えられただろうか)

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