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呪縛

『あれから寡黙の姿を見なくなった。あれから、と言ってもどのくらいの時間が経ったかは定かじゃない。魔に流れている時間と人のとは異なるから』


『しかし、あっしはアイツを探す気にはなれなかった。恐怖、緊張。アイツに対する気持ちもあれど、それ以上にあの形相を見たら…あっしはあっしが思うほどに弱く、臆病なのやもしれない』


 童子式神は不安をかき消すために、意味もなく庭の掃除をしていた。ゴミを拾い、落ち葉を箒でかき集める。

 別に誰にも頼まれていなかった。寡黙にも。

「はあ…あんなにしつこく口出ししてきたくせに…」

 シンと静まり返った空気に、さわさわと草木のざわめきだけが響き渡る。うら寂しい場所だ。

「こっちの気もしらねで…」

 ため息をつき、式神は止まった手を動かした。手持ち無沙汰で箒を動かしていると、フラフラと寡黙が草藪から出てくるのを見つける。げんなりした様子に舌を巻くも、気を取り直して問うた。


「どこに行っていたんスか?!」

 寡黙に詰め寄る。彼はただそれを見ているだけでリアクションはしない。抜け殻みたいだった。

「訳を話してくだせえ!」

「そう…そうじゃの。話さなければならぬな…」

 虚ろな目付きで、寡黙は言う。その様子に、足がすくんだ。

「いづれこんな時が来ると思っておった。…幾度となく突きつけられた悪夢の一つじゃ」

 やけっぱちに口角を上げた様相にただならぬものを感じ取り、式神は引き気味になる。


「かもく…」

「…」

「おめぇは、式神ではないのですね。」

 寡黙は黙る。それを肯定と受け取った童子式神は続けた。

「薄々、そんな気がしていました。そしてあっしの前でしか、存在を顕にしないのも。気づくのに時間がかかりましたけれど」

 ──俺がいる世界とお前がいる世界は異なる。この部屋が異界との交差点なのだ。お前にとっても、俺にとっても。そいつとお前にも、きっと交差点がある。

 主は言っていた。最初から、寡黙という者は彼には認識されず、童子式神の内側だけの存在だと知っていたのだ。

 しかしそれをこちらにはっきり教えなかった。

 優しさのつもりだろうか。いや、得体の知れないモノへの恐怖か。


「吾輩は確かに式神ではない。式神のつもりの、まやかしじゃ」

「まやかし」

「吾輩が、既に存在している実感がないのじゃから。まやかし、と言うのもあながち間違っていないのう」

「いえ…寡黙は、寡黙です」

「そなたらしいな、巫女であった子よ。」

「…!」

 弾かれたように目を見開いたこちらに、僅かに狼狽えた。

「聞かなかった事にしてほしい」

「なぜこんな…あっしへしがみついているのですか?」

「…こちらへ」


 草藪を指さし、妙見(みょうけん)菩薩の社へ向かう。草木や空間がポッカリと穴を開け、祠の場所まで道を譲ってくれる。歪んだ空間に恐れもせずに向かっていく。童子式神は寡黙について行った。この際、恐れは余計だった。

「あの祠、一体なんなんでしょう?」

「…」

 答えずに足を進める。やがて二匹の先には崩れかけた祠が現れ、月の光に照らされていた。

 寡黙は慣れた手つきで腐り果てたお供え物を片付け始める。

「そちはコレを存じているようじゃな」

 ウサギの神使を探していた童子式神に話しかける。


「ええ。偶然見つけました。妙見菩薩が祀られているとか…?」

「…吾輩は、この祠を何百年と管理してきた。それにともない恨みや様々な感情が沸き起こり、それは吾輩を神から異なる下級の者へ成り下がらせたのじゃ」

「おめえは神だったのですね」

「穢れは溜まり、神性は薄れてきているが曲がりなりにも倭文神という、神霊じゃ」


倭文神(しとりのかみ)…」

「倭文織りを司る神──と、この国では言われておる。糸をつむぎ、時空を修復する。吾輩は本来そのような役割を担う神であった」

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