ツインソウル 2
山伏式神は震えていた。電信柱の後ろで自らが墳墓に足繁く通っていた事実を呪い、涙を流しそうになっていた。
(逃げる機会を伺ったほうがいいのかしら?さっきの様子は、尋常じゃなかったわ)
童子式神と月夜見が話していたのを思い出し、腕をさする。もう遅いのだろう。
(逃げたとして、どうなっちゃうの?)
バケモノの姿がフラッシュバックして、さらに怖がる。
「ねえ?」
「ひっ!」声がかかり慌てて振り向く。「な、何かしら?」
「この町はこんなに澱んでいるの?」
「あ、えっと」
「どうしたの?なにか怖いコトあった?」
「ええ、な…なんでもないわっ。でも最近はひどいわね。何か張り詰めていたものが解れてしまったみたい」
「張り詰めていたもの…なんだか、諦めてしまったのかな?…私が覚えている"越久夜町"はこんな風ではなかった。もっと」
純粋無垢な仕草をする子供から大人へと一瞬、雰囲気が変わったように思えた。遠い目をした月夜見に驚くも、元の幼いバケモノへ戻っているのを見て、目を擦る。
逃げればよかった。
「山の女神は何もかも諦めてしまったのかもしれないわね」
「…そっかあ」それだけ言うと、巫女は座り込む。
「あなた、山の女神に会いたいんでしょう?」
「もう…分かんなくなっちゃった。会いたいけど、それが私の気持ちなのか違うのかすら…ねえ、しきがみさん。わたし、ムラで神々とお話していた巫女じゃないのかもしれない」
「えっ、そうなの?」
「うん。もしそうだったのなら、きっとその巫女が羨ましかったのかもね」
「?そう」訳が分からずとりあえずうなずいてみる。
「でも、今はしきがみさんがいるから──」
──目をそらすなよ、きちんと見ろ。お前は孤独だ。
「やめてよ…」
──おざなりに作られた墳墓。忘れられ、朽ち果てた死体をただの材料にするために掘り起こされ、呪物にされて、お前の価値はそれだけだったわけだ。
「ムラのために、がんばって…祭司さまや神さまのために──」
──おいおい、神々はお前が蘇るまでなにかしてくれたか?放りっぱなしじゃねえか。ただの人間をアイツらが覚えてるわけねーだろ。
彼女は絶望に打ちひしがれる。巫女の存在は越久夜町には残っておらず、神々も忘れているとは。
「わたしって、なんだったんだろ?」
(なんで、山の女神が好きだったんだろう?憎い、とても憎い)
絶望して、泣きそうになる。ピシピシと巫女の心にヒビが入っていく。
──哀れな巫女の娘。最後まで何もない空っぽな存在だった。神々を受け入れる空虚な存在。哀れな。俺は人間の哀れなど、理解できないがなあ。
──その殻、もらってやろう。
山伏式神は俯いたままの少女を、ジッと見つめていたが何かを言おうとする。
「あの方は」
しかし、すくっと立ち上がり目を細める。
「女神さまは」
胸から剣が召喚され、中に浮かび上がる。指で光源を鷲掴みすると、眩く弾け、剣が形作られる。一般の太刀より大きな剣は鋭く痛々しい。星の瞬きが刻まれた剣はどこか血で汚れているように見えた。
「女神は私にとって恋焦がれる存在──だった。強くて、優しくて…大好きだった」
「でも、今は大嫌い」
手の内に血に錆びた銃剣が収まり、山伏式神は息を飲む。この娘は、どこまで底の無い魂を持っているのだろう?
あれは、神の所有する神器。
「すごいわ!それ、神々の象徴じゃない!」
「分かるの?これ、わたしのなの」
悪魔的な笑いをうかべ、剣をこちらに突きつけた。
「え?」
「さあ、これを探していた子に渡そう?」
「渡す?!どうして?」
「あの子なら面白いことをしてくれるよ。ね?」