星を守る
ある夜。主である人間はベッドの上で目を開け、天井を眺めていた。
日に日に衰え、体調が悪くなっていき起きる時間も減る。恐怖だ。死を感じ、逃げ出したくなる。
「…有屋?来ていたのか?」
不意に廊下を歩いていく軽い足音に、重たい体を起こし、思わず扉を開ける。いつもの廊下ではなく濃霧が立ち込め、異様な空気を醸し出している。朝の時間のようにわずかに発光していたのだ。
その光景に目を見張ると、霧にわずかな影を見つけた。
「誰だ!」
返事はなく、影は二階へと向かっていく。彼も慌てて後をつけようと、歩き出し躓いてしまった。
しかし痛くは無い。語感が伴ってはいなかったため、これは夢だと自覚する。
また、あの夢がやってきた。
「くそ…待ってくれ」
壁に手をつきながら、必死に歩き出す。
主は邸宅の階段を上る。登っていくうちにさらに霧がたちこめ、景色が変わった。
階段の先には太古の巫女が祈っていた祭壇が広がっており、思わず息を飲んだ。いつ見ても慣れない風景を眺め、霧に触れながら、祭壇に足を進める。
(この先にいるのか)
濃霧の中、一人ぽつんと佇んでいると星神のシルエットが浮かび上がった。星を司る神だと、自らを称していた。
己の氏族の始祖と関係があるとも。
「なあ、また教えてくれるんだろ?」
しかし影へ歩み寄るとフッと雲散してしまう。星神の気配はなく、主は冷や汗を垂らした。
「まさか、居なくなったのか?」
しんと静まり返った辺りに、「応えてくれよっ!」
背後から誰かが近寄ってくる。けたたましく錫杖の音が響き、主は耳を塞いだ。
ハッと目を覚まし、やはりあれは夢だというのを悟る。体を起こし自らの手が震えているのに気づき、眉をひそめた。
「軟弱だ…」
手を握りしめ、ため息をついた。
その日の午後九時頃。童子式神は体温計を机に置き、病に臥せっていた主に声をかけた。
「体調はいかがですか。昨日はよく眠れなかったそうですが…不眠なら、お医者さんに薬をさらに──」
「大丈夫だ。たまたま夢見が悪かったんだ」
「はあ。また熱を出されてしまうと、わたくしのエネルギーにも連動しますからね」
「お前が魂をすすっているせいだろ」
すると彼はしばらく周囲に気を配り、密かに隠していた懐中電灯をベッドの下から取り出し、カチカチとつけた。その様子に異変を察知した童子式神が慌てて顔を上げた。
「何をするのですか?!」
「今から蔵を見に行く。有屋もこないだろうし」
「…?はい」
「お前はテリトリーで昼寝でもしていればいいさ」
「式神は寝ません。何をするんです?」
「…勝手に着いてくりゃいいだろ。これだから式神ってのは」
小さく歎くと扉を開ける。式神は堪らずにそれについていった。
「主さま。上着はどうなさいますか。夜風にあたると風邪をひきますよ」
「うるさい。黙れ、これは命令だ」
「はい」
大人しく黙る童子式神にヤレヤレと肩をすくめ、彼は蔵に向かう。
(主さまの家は越久夜町では大きいのだろう。星守一族の土地はここしかないらしいが──でも庭も、家の敷地も広い。人ならざる者には関係ねえけど、土地持ちってヤツだ)
古びた蔵が庭の一角に建っている。どっしりとした年季がかった蔵を見やり、懐かしいと式神は思う。初めて出会った場所に今更訪れるとは。
「祖父の代から放りっぱなしだから、錆びてるかもしれねえな」
蔵の施錠を力づくで解くと、ひんやりとした空気が漂ってくる。貧血を起こした主は気を取り直し、懐中電灯を手に奥に進み、埃をたてる。童子式神があとについて行き、収集された荷物を見渡す。
「星守家の当主が残してきた物だ」
蔵に進みながら、彼は言う。
「お前を召喚するための法文もあった。星守家の先祖ははるか昔からまじないや神事に携わってきたという。あっても不思議じゃない」
「わたくしを召喚するためだけの?」きょとんとする。
「そうだ。我が家に伝わる荒御魂を式神として使役する、特別なものだ。」
「え、ちょっと待ってくださいっ」
「…祖父なら何か知っていただろうがね。オレはよく知らねえ」
ホコリにまみれた階段を上がると、主は棚に仕舞われた巻物や草子などに手をつける。
「そんな簡単に神域の起点へ向かう手立てがあるのでしょうか?」
「さあ。お前を召喚する法文があるんだから、あるんじゃないか?」