晩陽の女神
越久夜町には山の神がいる。越久夜町にある全ての山、自然を支配する神だ。例に漏れず山の神は女神だった。
山の神は自らの住処として越久夜間山を神奈備にした。その神は弱りきった森羅万象を再び生み出し、町の神々や人ならざる者、虫や四足二足の獣を支配し、眷属とした。
神々は大いに喜んだ。
「かの女神は本物の、唯一無二の最高神だ。永遠にムラは続くだろう」
最高神として神々や獣たちからも信頼されていた。
「本当にそうなのだろうか?」
女神は最高神に相応しかったのだろうか?
「この考えは誰のもの?」
シーっと口の前に指をやる、まつろわぬ悪神がいる。ニヤニヤと裂けた口から牙をのぞかせ、こちらを見据えた。
「山の神に誰も逆らっちゃいけないんだ。ましてや、こんなこと言ったらタダじゃおかないぜ」
巫女式神は秋雨前線によるポツポツと疎らに降る、雨を窓越しに眺めていた。事務所には薄荷の匂いが充満している。
不快では無いが少し鼻につく。
「山の女神はあたしのアルジと昔、会ったことあるのかい?」
「人であった時はなかったと思うわ。最高神が人間の前に姿を現すなんてありえない…ありえないのよ。今は違うけれど」
ため息をつく有屋 鳥子はソファに座り、巫女式神に紙パックのオレンジジュースを渡す。
「そ、そうか…」いたたまれなくなる巫女式神。
「あなた、口が軽そうだからこのことは内密に」
「なんだよそれはっ。大丈夫だよ。でもさあ、こんなあたしをテリトリーに招き入れる──女神さまはお優しいの?」
「さあ」ふん、と答える気もなく、気だるそうに答える。
「ええ〜〜、教えてくれよぉ」
「有屋さまに無駄口を叩くなっ!」
見るに耐えられなくなったネーハが怒り、錫杖を突きつけた。
「ああ?」
「有屋さまはわざわざ貴様に道案内をすると仰っている!ごちゃごちゃ言うなっ!」
「はいは〜い」取り合わないと、巫女式神はそっぽを向く。
「ぐぬぬ!」
「ネーハ。それまでにしなさい。みっともないわ」
「す、すいません」
シュン、とトーンダウンすると、元の位置につき、護衛の姿勢をとった。
「巫女式神。道筋も、過程も教えられないけれども、ついて行ってくれるかしら」
「拒否権はないんだろう?」
「ええ」
「なら、はいと言うしかないじゃないか」
ええ。それだけの返答で、彼女は立ち上がる。
「さあ、行きましょう。女神の元へ」
鳥の声がし、真っ白な視界が微かに動く。霧深い山道を登らされていた。確かに途中までは普通のハイキングコースで、越久夜間山山頂の案内板もあった。
第一、越久夜間山は低山である。こんなに歩く必要はないのだ。
だが、今は見知らぬ場所を歩いている。巫女式神は滴る汗を拭った。
「ねえ、山の女神ってこんな山奥に住んでいるのかい?」
「人界の道ではないから、少し遠くに感じるかもしれないわね」
霧にまかれながらも先を見据えるが、ゴールが見えない。
「こっちよ」
ずっと続く階段を上り、霧深い中を歩いていく。四方が分からなくなる感覚にかたずを飲み、巫女式神は必死に有屋についていく。
「ネーハ、彼女がはぐれないようにして」
「はい」
ネーハが錫杖を召喚し、巫女式神に渡す。かの錫杖を握るとグイッと引っ張られた。
「なんだこりゃ!」
「君が迷わないように、錫杖が道案内をしてくれる。本来ならば式神もどきなどには使わせないんだから、文句を言うな」
「ありがたいけど嫌な言い方だなっ!」
イラつきながらも違う方向に向かうも錫杖に引っ張られる。それを一瞥してネーハは歩き始めた。
「コレには方向感覚がないのか?」
やがて現れた境内は奥宮といった所。だが、どことなく陰鬱とした社殿に、本当に最高神の社なのかと巫女式神は構える。
「まさか、あたしの主みたいにマイナスの気を持つ神なのか?」
有屋は怒らずに首を横に振る。
「あなたが崇めていた神とは真反対の気を持っていたわ」
「いた?」
「皮肉なモノね」
「おいっ!」あわててついていく巫女式神に、彼女は振り向いた。
「いい?これだけは守ってちょうだい、巫覡の眷属」
「あ、ああ」
「私はあなたを案内してきた。どういう訳かはわかっているでしょうけれど、簡単に言うわ。これからあなたが会うのは町の最高神よ、それにここは山の女神の鎮守でもある。言動には気をつけなさい」
「うむむ」納得いかなそうに、巫女式神は頷いた。
「もし…気が障ったら、あなたは消されてしまうかもしれないわね。あなた程の魔なんて」
「童子さんの気持ちがようくわかったよ」
「は?」
眉をひそめた有屋鳥子に「なんでもない」
「なら、向かいましょう」
 




