町の神使 女神の箱庭 2
(社が縮小され弱体化してもなお、あの霊力、神力を持っているとは思わなかった。最盛期は相当だったに違いない。あっしが存じている神使らも、そうなんだろうか?)
神使たちにはたくさんの種類がいる。狛犬、稲荷の狐、狼──神々を守るためだけに生み出された存在。童子式神はううむ、と唸る。
(主さまは神使の恐ろしさを知らないのだ)
星守一族に伝わる呪法を記した書物を、根こそぎ有屋に没収されてしまった。彼はそれを相当恨ましく思い、次の手を考えた。
──神使の魂を食べる。
どんな呪法なのかは知らないが、そんな末恐ろしい事ができようか。
それと、また何か考えたようだ。
「主さまは八幡神が治める神使に興味を持ったようです」
「八幡神か…これまた力強い神に近づこうとしているな」
寡黙はいつもの無表情の中に、呆れた様相をのぞかせる。
「八幡神社は越久夜町の鬼門鎮護のために勧請された、と主さまは言っておりました」
「ほう、調べたのか?」
「はい。また八幡神の本殿の近くに山の神の化身である猿の象があると」
「うむ。あるのう」
「それは鬼門封じと結界に役立っているのでは、と…」
「なんじゃ?破壊するのか?のう?」
「それが…細工をするとか、なんとか…」童子式神も困り果てた。無謀すぎた。
「主さまは神使たちが思い描いたシナリオを利用しつつ、ケガレを町に充満させて、山の神を更に弱らせてしまおうとしたいのです」
「はっ!バカバカしい」
一笑されムッとしたが、言い返す言葉が出ない。
「これ以上女神を挑発すると、主さまの命が危ないです。寡黙、おめえが説得してくだせえ」
「そちの本心は主の魂を食えなくなるのが嫌なのじゃろう?それにもう道を外れ、破滅へ向かっているのは変えられぬ。悪として道を貫くのもそれまた一興じゃ」
「寡黙〜」
はあ、と息衝き、式神は記憶を打ち消す。
寡黙は取り合ってくれない。神使の魂を食べ、町を汚すなどできるのだろうか?
「アイツ、どっちの味方なんでしょ…」
参道の石畳に差し掛かると奥にある石鳥居をみやる。
「…」意を決して石畳の真ん中を歩きだした。
(八幡神は武神。我々式神が何万と挙兵しても、勝ち目はないだろう。神に勝った鬼神程マイナスのパワーを持っていなければ)
午前三時の月。ざわざわと木々が揺れ、秋の虫が悲しげに鳴いている。人の気配はなく童子式神の足音だけが響いた。
「はー、でかいッス」
(稲荷神社とはまた違う強い霊気…)
童子式神は立派な石鳥居にたどり着くと、貼られた結界──神域をぺたぺたといじる。
「しかし、夜なのにハトがいるとは…」
ホーホーと石畳に撒かれたパン屑をつつき、たむろしているカワラバトたちが参道の鳥居近くにたくさんいた。皆、外見は普通の土鳩だがやけに目が光っているように見えて気持ちが悪い。
「コイツらが神使の下っ端──とか、だったら嫌っすね」
ハトの集団から外れたとこにあるパンを拾い上げ、さらさらと粉にする。サラサラと零れていくパンを眺めていると──
金色のハトが鳥居の額の後ろから現れる。光り輝くハトは翼を広げて、辺りをハデハデしく照らした。
「神使だ!」
童子式神はまばゆさを咄嗟に手で防ぐ。
「ついにやってきたな!悪党の式神!」
神使だと思われるハトは地面に着地すると、威嚇した。
「稲荷の狐から聞いたぞ!お前らが女神の御神体を狙っている輩か!」
「ま、まあ、そうッス」
「ならば諦めるのだ!」首を上下させながら彼は言う。
「嫌です。こちらも命じられていますから」
「悪あがきならば止めておけ!…近々神々が集い、貴様らを審議すると決まった」
餌をつついていたハトたちがジッとこっちを見つめている。参道の木々からもたくさんの視線がし、全てから敵視されているのを自覚する。
「!」ゾッとして式神は焦った。あまりにも敵の数が多い。
勝ち目がなさそうだ。
「式神と主を捕え、神々の元に差し出すのが我らの使命!覚悟しろっ!」
ハトたちがバサバサと飛び立ち、童子式神に集ってきた。
「うわー!やめろっ!」
クチバシでつつかれたり、バサバサと羽で攻撃されているといきなり視界が開ける。
ハトたちが逃げたのだ──。
(な、なんだ??)
「やあ。童子さん」




