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ネーハと決意 2

「ありがとう。──それにしても巫女の目立った動きはないわね。ネーハ、あなたに接触してきた?」

「いえ、あれから再び墳墓に行きましたが姿はありませんでした」


 何度か蛇崩の墳墓へ赴いたが人っ子一人いなかった。それすら出土品の要がでてこない。

 月世弥の最期の、遺品が。


「彼女は──異なる世界にいるのかもしれないわね。人界でもなく、我々がいる異界でもない。どこかに」

「え、ええ…」

 有屋は腕時計を見やると、ふいっと踵を返す。「近頃更に女神の調子が悪いの。付き添って、私が守らなきゃ」

「はい」




 偽物めいた光に満ち溢れているはずなのに、禍々しい異形の椿が咲きほこる越久夜間神社の境内──に限りなく似た摩訶不思議な空間で、有屋が山の女神と話していた。ここは最高神の領域である。誰にも邪魔はされない。

 二人はいつも通り暗い顔をして、何やら話し込んでいた。

 淀みの酷いため池に、鯉が腹を見せて浮かんでいる。全体的にどことなくどんよりとした雰囲気のある空間。暑苦しいような、空気が薄いような。

 ──まさか、あたしのアルジみたいにマイナスの気を持つ神なのか?

 あの巫女式神が言った言葉をネーハは思い出す。


(山の女神はどちらかと言えば聖なる神ではなくなっている。穢れに飲まれれば…この町はカオスに…)


 やけにリアリティのある鯉の腹をつつきながら、ネーハは考えていた。

 不意に背後から気配がし、振り返るとお馴染みの寡黙──倭文神がいる。


「そんなに箱庭の鯉が気になるか?護法童子」

 この場所はよく "箱庭"と呼ばれている。有屋から教えてもらった情報だった。

「倭文神、お前…よくもまあ、この場に来れたものだな?」

 軽蔑を含んだ表情で言っても、彼は表情筋をピクリとも動かさない。

「吾輩は女神と共にある」

「嘘をつくな。有屋様から聞いたぞ。童子式神を襲撃したあの時の行動は忘れるものか。悪神を肯定し、ましてや女神の命令を裏切るような──」

「ふむ。誤解しているようだ。吾輩は女神のはしため。それだけはゆらがない、そしてあの神を封じるためにこの町に必要とされている。それだけじゃ」

「なるほど。あの悪神をかばったのは自利のためか。なんと浅はかな」

 立ち上がり、倭文神に詰め寄った。が、それもつかの間、ふと小さい声で彼は言う。

「──本当にアレはそなたの言う悪神であろうか?」


「は?あれは間違いなく悪神だろう?」

「そうかえ。吾輩にはよう分からんのじゃ」

「なんだ?独白か?女神を裏切ったのは変わりようのない事実だ。君は罰を受ける」

「罰、か…既に受けておるわ…ふふ、そちの視点は僅かにズレておる」

 常日頃無表情である彼が僅かに笑う。それもこちらを卑下するような、憎たらしい笑みで。ネーハはひどく嫌悪した。

「ふざけているのか?」

「…吾輩はそろそろ戻る。有屋という者がいる間は女神に異変は怒らないだろう」

「…」歩き出した倭文神に何も言えずに、護法童子はそれを見送る。


(様子がおかしかったな…。何かあったのか?)


 疑心の目をしながらハアと息を吐いた。フッと視界の隅で、有屋がこちらの方に歩いてくるのを見やる。


(わ!)


 女神がこちらを見ているのに気づき、ドキリとした。総毛立ち体を硬直させる。「ネーハ、どうしたの?」

「い、いえ。女神はなんと?」

 ふと、静かに、ネーハが視線を戻すと、そこには女神は既にいなかった。

 安堵し、慌てて気を取り直す。有屋にはなぜ、このちっぽけな人ならざる者が怯えたのか理解できないようであった。彼女は疲労感を顕に、遠くを眺める。

「なんとしてでも危険因子を潰さなければならないわ。女神の力は日に日に弱まっているのだから」

「はい」


(この町は確実に滅びかけている)


「それは悪神と巫女ですか?」

「ええ…」腕を組んで、風に吹かれ髪を正した。

「──そんなこと、この私にできるのかしら。」

「えっ」

 ネーハは目を見開き、使役者を見つめると、あちらはなんてことなかったように振る舞う。

「町の神々も、悪神を倒せと言っている。悪神こそが女神を苦しめる根源だと」

「…有屋さまの他に、悪神を倒そうとしている神は?」

「皆自分から手を下したくないのよ。悪神が怖い、って。」

「はあ…無責任な…い、いえ、今のはなかったことに」

「…いいわよ。この町には血気盛んな神はいなくなってしまったわね。皆、長く居ると身の保身に走る。それは普通のことよ」


(思っている以上に腐敗しているのだな…)


「私を頼ってくれる、女神を決して失ってはいけない」

 取り憑かれている。そうとしか思えない相貌で、彼女は断言する。


「最高神は女神しかありえない」


「有屋様、それは貴方の意見ではないのですか?」

「いいえ、これは町の総意よ」

 厳しい顔つきでネーハを睨みつけ、カツカツとヒールを鳴らし歩いていった。

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