零落した使わしめ 6
ガリ、と下から不穏な音がして二人はピシリと固まった。山犬が木に登り始めたのだ。山犬のような、そうでないような塊がジリジリと登ってくる。童子式神は決心して、木の幹から飛び降りた。
不気味な目をしたウサギに変化しながら着地するも、枝を踏み失敗する。──山犬に気づかれた。
「チッ」
「ガルル…」
「童子式神っ!」
「くそ!」脱兎のごとく、ロケットスタートで走り出すも山犬がいやらしくついてきてくる。
(──やはり人ならざる者。普通の山犬じゃねえっ!)
もう少しで追いつかれ、喰らいつかれそうになった時──視界が真っ黒で覆われた。
「?!」ギュッと冷たい手に首根っこをつかまれ、童子式神は手の正体を察知する。
(え…寡黙?)
「だから近づくなと言ったのじゃ」
暗闇の領域を広げながら、空いた方で指で印を組む。迫り来る山犬を阻むかのように空からパイプ椅子が降り注いだ。
鉄くずの雨を巧みに避けながら、奴は何かに気づくや足をとめる。様々な椅子が乱立する空間で、寡黙は椅子の上に立ちはだかっていた。
「──貴様はっ!なぜだ!こいつに加担しているのか?」
(喋った…)
「自我を取り戻したか、眷属神」
「神?!」さらに目を丸くする童子式神を無視し、双方は睨み合う。
「ソレを我に渡せっ!ソイツは我々の神域を狼藉した」唸りを上げ、牙を向き、山犬は怒りを露にした。
「嫌じゃ。吾輩はこの小童を失う訳にはいかぬのじゃ。加えて吾輩からしたらそなたが敵だ」
童子姿の片割れは無感情に、冷淡に言い放った。
「何を言う!我らが町に勧請され、いかにこの町を守ってきたか──この式は町を蝕む厄災そのもの」
「!おめー!何言って」
「黙れ」寡黙に釘を刺され、押し黙る。下手したらこのまま投げられてあのバケモノの餌にされてしまうかもしれない。
バケモノだ。あれは人ならざる者でも穢れ、道を外れた部類になりかけている。
痩せこけ、皮膚病に犯され、腐臭を放つ山犬──に似た生き物はケタケタと笑う。
「見損なったぞ、貴様が神域を穢そうと企むとはな!」
「勝手に言っておればよい」
「そこの式、お前はどこから私を殺そうとした?蛮族が…ああ、片割れよ!やっと見つけた!仇が取れるぞっ!」
「なっ?!あっしは片割れなんて殺していませんよ?」
「気が触れてしまっておるのう。もう彼奴はダメじゃ。ケガレによって魂が破壊されている」
──魂が破壊された。 脂汗をたらす童子式神に山犬は口を大きくむき出して笑った。
「我の魂は永久に片割れと共にある!」