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第8話 アリスは 守られているばかりの か弱い娘じゃない

 なんで私がこんな目に? 私はそう思わずにはいられなかった。


 昨日の夜、私が眠っているといきなりアルベールが扉を乱暴に開けたのだ。そして茫然となった私を抱きかかえ、そのまま生前使っていた私の部屋に押し込めたのである。


 私をベッドの上に降ろすとアルベールは私に跪いた。ポロポロと涙を流している。


「姉上……、よくぞ戻ってくださいました。よくぞ、よくぞ……」


 あまりの出来事に私は呆気になった。でもアルベールの涙を見ると何も言えなくなる。

 私にとって数日前の出来事に思えるが、弟にとっては16年という年月が重くのしかかっていたのだろう。正直私はアリス・クールベとして16年間生活してきた。

 私としてはここで働き、実家に仕送りをしたいのだ。もっともアルベールは私の正体を知った以上、クールベ家に援助を惜しまないだろう。まあ金を与えるのではなく、仕事を与える形で援助するだろうな。マジェンタのお父様もそうだった。


「姉上……。この部屋は姉上の生前のまま保存してあります。ただドレスなどは私が着用していたので、少々崩れているかもしれませんし、化粧品も劣化しているのはお許しください」


 いや許すも何も私のドレスをあなたが着るなんて想定してなかったよ!! あたふたする私に対してアルベールは勝手に進めていく。


「ここはあなたの部屋です。もう二度とあなたに理不尽な死を迎えないよう、ずっとここに住んでいただきます。便所や風呂は改良して隣室に作らせましょう。しばらくはソフィアを侍女として使ってください」


 こうして私はメイドの仕事から解放されてしまった。たった二日で怒涛の展開だ。頭が痛くなる。

 普通この手の物語はすれ違うのが面白いのでは? いや当事者になった私にとって面白くもなんともない。

 アルベールは私を部屋に閉じ込めるとそのまま出てってしまった。

 残るは急いで着替えたソフィアと駆け付けたルイーズだけであった。ルイーズは額に手を当てて暗くなっている。まさかアルベールがこのような凶行を起こすとは思ってなかったんだろうな。


 ☆


「うーん、退屈だわ」


 私はベッドの上で唸っていた。当然だろう、私はお嬢様だったが主に外で活動するのが好きだった。読書はそれなりに好きだが天気のいい日に本ばかり読むのは気が重い。

 さすがに食事は食堂で取ることになった。アルベールは身ぎれいにしてドレスを着た私に対して「この方は私の姉アンナの生まれ変わりである!! よって姉上には私たち一家と同じようかしずくのだ!! わかったか!!」と使用人たちの前で宣言したのだ。


 うわー、痛い!! 私の事を姉の生まれ変わりと思い込むなんて、どうかしているとしか思えない!! いや実際に前世の記憶はあるんだけどね。使用人たちの何とも言えない表情を思い出すと、お腹が痛くなる。


「アリス様がアンナ様の生まれ変わりという話は、古参の人たちなら受け入れていますね。特に執事長のセバスチャン様はああやっぱりとおっしゃってました」


 ソフィアが掃除をしながら教えてくれた。古くから務める人たちなら理解してくれているんだな。

 

「でも他のメイドはアリス様が色目を使って、妄言を吐いたと陰口をたたいてます。ルイーズ様やセバスチャン様が怪しい行動を取る者を片っ端から捕縛し、追放しておりますね」


 ああ、ルイーズとセバスチャンならやりかねない。あとはオセアン家の使用人たちがどう動くかわからないわ。

 というか狭い部屋に閉じ込められるなんて耐えられない!! 思い切って窓から部屋へ飛び出そうかしら。生前も同じようにしてたしね。


「窓の外は私の親戚が見張っております。逃げても無駄です」


 ソフィアが冷たく言った。恐らくルイーズ辺りから私の説明を受けたのだろう。その点は抜かりないな。


「今は旦那様が新しく使用人たちを選別しております。オセアン家から来た使用人たちは数日のうちに一掃されるとのことですが、その前にどんなことを起こすか用心しているそうです」


「その使用人たちは忠誠心が高いのかしら? オセアン伯爵に命を懸けて忠義を尽くす人はいたら厄介だわ」


「大半は小遣い銭が欲しいだけの人がほとんどですが、中にはそういう人もいるでしょう。ですがアリス様の身辺は私たちが守ります。それにオセアン家も奥様に心酔している者もおり、そちらは信頼できます」


 私の身の回りを守ってくれるのは嬉しいけど、窮屈なのは勘弁してほしいわね。ソフィアは退屈しのぎに母国の武術を教えてくれた。ソッムという武術で身近にある小石や木の枝を武器にする暗殺術だという。人間を殺すのに大きな剣や槍、弓矢は必要ない。ソッムは毒という意味があり、ほんの少しの毒でも人は簡単に殺せるそうだ。


 ふむ、私も守られるだけでは我慢ならない。敵と戦うにはまず武術を知らないとね。ソフィアはアンドレ―から私にソッムを教えることは賛成したそうだ。アルベールは自分が守るから必要ないとごねたらしいが、生存率を上げるためと説得したら、納得したらしい。

 まあ令嬢が武術を習うなんて前代未聞だしね。友人のジャンヌは世界各国の武術を吸収して領地軍に教えているそうだ。


「今のアリス様は大きな的です。敵はアリス様を狙っておりますが、逆にアリス様は囮でございます。ソッムにおける戦術でございますね」


 ソフィアはそう説明してくれた。はっきりと囮と言ってくれるのはありがたいのかわからない。

 だけど敵がはっきりしてくれる方がありがたいわ。よし、マジェスタ家をかき回す輩は私が叩き潰してやるわ!!


 私の生き生きしている表情を見てソフィアはつぶやいた。


「奥様やルイーズ様のおっしゃる通りでした。苦境に立たされると闘争心を燃やす性質のようですね」

 ソッムはアラビア語で毒を意味します。

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