第6話 夜中に アリスは 狙われた
「あー、なんでこんなことになっちゃったのかな!!」
私は夜仕事が終わると、自分の部屋のベッドの上にメイド服のまま寝ころんだ。ちなみに上はソフィアで下は私だ。
「はしたないよアリス」
ソフィアは自分の兄妹の前に座り、髪を梳かしている。すでに寝巻に着替えていた。
「むー、私は働いて実家の為に仕送りしたかっただけなのに、どうしてこうなったの? そもそも前世の記憶なんておとぎ話だけだと思っていたのに」
「私の国では、珍しくないよ。人は死んだら別の人の身体で生まれ変わる。死は終わりじゃなく、始まりなの」
「確か東方の国の教えだよね。クールベ家では死者は魂が抜けると凍って、黄泉の女神様の元に管理されるって話だよ。そもそもソフィアの家族はいるの?」
そういえば私はソフィアの事を知らないな。それに彼女がいなければ私はとっくの昔に死んでいただろう。重い物を軽々と運んでいるし、身のこなしもネコみたいに軽やかな動きだ。
「私の父、カーテルだった。山奥に住み、旅人を襲っては金品を奪い、女は持ち帰って子を産ませたという」
うわっ、聞いたことがあるわ。カーテルとはその国の言葉で暗殺者を意味するって話だ。
黒髪と褐色肌が特徴的と聞いたが、ソフィアの特徴と一致するな。
つまり彼女は不義の子なのか。母親は命からがら逃げだしたのかもしれない。
「母は父の住む山に潜り、父を捕えて子種を奪ったという。父の仲間を返り討ちにして、そのままこの国に連れ帰って家臣に加えたそうです」
なんなのソフィアのお母さんは!! カーテルは陰に潜み、こっそり暗殺を目論む人たちのはず。それを一介の女性が返り討ちにしたなんて信じられない。
「そういえばソフィアは何処の家から来たの?」
「コルベール子爵の家だよ」
私は驚いた。コルベール子爵は貴族の地位は低いが、東方の貿易で利益を上げ、今では押しも押されぬ勢いがあるところだ。生前でもコルベール子爵は冒険家の異名を持ち、子供たちも冒険家として活躍していたと聞いたことがあった。
「ねぇソフィア。あなたのお母さまの名前、もしかしてジャンヌじゃなかったかしら?」
「ハイその通りです」
そうだったのか。ジャンヌは私の数少ない友人の一人だった。社交界に行くよりも未開地に赴き、ドレスよりも鎧を愛した女性だ。彼女がカーテルを無理やり婿に加えてもおかしくなかった。
するとソフィアは父親の血が濃いわけだな。
「私はこの通り黒髪に黒い肌です。子爵令嬢に相応しくないです。なので一生日陰ものとして裏で暮らし、表の世界を守ることを義務付けられました」
うーん、重いなぁ。ソフィアは真顔だ。正直この国では金髪碧眼の方が受けがいいのだ。銀髪のアンドレ―ですら婚約に困っていたらしいとルイーズは教えてくれた。
そもそもアルベールは私以外の女性に興味がないから、王家の持ち込む婚約はすべて突っぱねたらしい。
代わりに幼馴染であるアンドレ―を無理やり婚約者にしたそうだ。アンドレ―も胸が大きくなったが、邪魔だから切り取ろうとしたことがあったという。恐ろしいことを考えるな。ちっとも変ってない。
「だけど2年の期間は何の意味があるのかしら?」
「ジル・オセアン伯爵は病に伏せているそうです。医者の見立てでは後に2年だそうですね」
ソフィアが教えてくれた。なるほどね。でもなんでアンドレ―は父親を説得しないのかしら? いや相手はもうキチガイだからできないのだろう。ジル卿には後継ぎがいるのに、うちのことなど関係ないはずだ。婿養子を迎えるにしてもシャルル君に婿を用意するのだから、血は受け継がれる。
下手に手を出したらキチガイは何をするかわかったものではない。アンドレ―もそれを恐れているのだろう。それにしてもジル卿の狂った計画に賛同する家臣たちも家臣たちだ。類は友を呼ぶとはまさにこの事だろう。
「私がいる限り、あなたに手出しはさせません。というかそうなったら旦那様は伝説の悪鬼シャイタンと化すでしょう」
シャイタンは世界を炎に包むという。もっとも燃やし尽くした灰から芽が息吹き、世界は再生されるという一面がある。
アルベールが本気になればオセアン家は跡形もなく滅ぶだろう。だがアンドレ―としては実家が滅ぶのは勘弁してほしいのだ。それに後継ぎの弟もいる。出来る限り穏便に済ませたい気持ちもあるだろう。
するとソフィアはくんくんと鼻を鳴らした。彼女は窓を開けると、そのまま飛び降りる。どさっとした音と共にカエルが潰れたような声もした。
下を覗いてみると、梯子がかけてあった。ソフィアは男を踏みつけている。男の手にはナイフが握られていた。
まさか、あの人私を殺しに? 私とアルベールは何の関係もないのに?
ソフィアは口笛を吹くと、庭の木々から黒服の男たちが現れた。彼等は気絶した男を縛り上げるとそのまま去っていった。梯子もついでに持っていく。ソフィアは猿のように壁を登ってきて、部屋に戻った。
「あの人もオセアン家から来た人。正確にはオセアン家が雇ってほしいと送ってきた人たち。でも今日起きたことは旦那様には内緒」
ソフィアは右手の人差し指で口止めする。ソフィアにとってこのような出来事は日常茶飯事なのだろう。頼もしくはあるが怖くもある。
なんでこうなってしまったんだろうか。実家の仕送りの為に働きに来ただけなのに。
今から前世の記憶なんて嘘っぱちでしたと、誤魔化すことは出来ないかしらん?
いや、無理だわ。うん、絶対無理。