第二話 アンドレ―夫人は 妻ではなく 友人だった
その日の晩、私はアルベール一家の晩餐の給仕をしていた。食堂は16年前と何も変わっていない。調度品やテーブルに椅子など私が死んだ後も変わっていなかった。
アルベールは女装をしなければ髪を短く切り揃えた美丈夫なのだ。
で奥さんのアンドレ―様は銀髪を後ろに纏めた美女だ。なんというかハンサムに見える。子供は6歳の男の子で銀髪だった。母親似なのだろう。
料理は前菜にスープ、肉料理にデザートと貴族には当たり前のメニューだ。
だが二人とも口を開かない。息子の方は確かシャルルといったっけ。おとなしいものだ。メイド長のルイーズがきっちりと見ている。
やがて食事が終わったが、終始二人は無言だった。やはり二人は冷めきっているのだ。でもどうして二人は結婚したのだろうか。やはり家の問題があったのかもしれない。
「……旦那様、よろしいでしょうか?」
アンドレ―夫人が口を開いた。ハスキーな声である。少年と間違えられてもおかしくない声だ。
「本日、領内を回りましたが、飢饉用のイモととうもろこしの収集が終わりました。小麦は例年より多めに倉庫に保管しておきました」
「そうか、イモやとうもろこしは家畜のえさという印象が強い。なんとか領民がおいしくいただけるよう工夫してくれ」
「イモはでんぷんに、とうもろこしは乾燥させて粉にしております。それらを使った料理を中心に領民に広げている途中でございますわ」
二人は領地運営の話をしていた。シャルルは退屈なのかルイーズに連れられて食堂を出ていく。
私はルイーズに命じられて紅茶を入れることとなった。アルベールの好きな木苺入りだ。夫人にも紅茶を差し出す。
でも夫人は妻というより副官のように見えた。夫婦のする話ではないが、時折別のメイドに書類を持って来させて、アルベールに見せている。
確か西方にある統計学というもので、領地のデータをグラフで表しているそうだ。こちらのお父様もよくやっていたっけ。
私は二人に紅茶を差し出した。おやつにスコーンも出す。確かアルベールはバターが大好きだったはずだ。
「!? なんだこれは!!」
アルベールは紅茶を口にすると突如叫んだ。おおっと、びっくりするなぁ。いきなり叫ばないでよ。
「この紅茶をいれたものは誰だ!!」
アルベールの眼は血走っている。夫人も紅茶を口にした。すると目を見開き、私の方を見る。え? え? 私何かした?
「旦那様、何をそんなに怒鳴ってらっしゃるのですか?」
ルイーズがシャルル様を寝かしつけて戻ってきた。
「どうもこうもあるか!! この紅茶をいれたものは誰だ!! いますぐ連れてこい!!」
アルベールの剣幕にルイーズは首を傾げている。ルイーズはアルベールから紅茶をもらうと、一口飲んだ。次にスコーンの方を見る。バターの入った壺をじっと見ていた。
あっ、まずった。まずいことしちゃった!! あんまりにも懐かしいものだからアルベールの好みで淹れちゃったんだ!!
「それはわたしくでございますよ旦那様」
「はぁ!?」
ルイーズの突然の言葉にアルベールはおろか、私と呆気にとられた。
「旦那様の好みである淹れ方をようやく会得したようですわね。嬉しく思いますわ」
そう言ってルイーズは私の右手を取り、食堂を出ていった。私はルイーズに救われたのだ。
私はルイーズの個室に連れていかれた。調度品は使用人の部屋にしては豪華だが、長年マジェンタ家に仕えていたから当然と言える。
すでに夜は更けている。部屋はランプの灯りだけでゆらゆら揺れていた。
「アリス、いいやあなたはアンナ様だ。わたしにゃわかるよ!!」
ルイーズは真顔で私の両肩を掴んだ。
「えっ、なにをおっしゃいますかルイーズ様。私は旦那様の姉ではありません!!」
「なんでアンナ様が旦那様の姉だと知っているんだい!! その抜けている様もアンナ様そっくりだよ!!」
なんてこった。古株の使用人であるルイーズにばれてしまった!!
多分肉親のアルベールなら気づいているかもしれない。私は気が重くなった。