第12話 アンナは 実際は事故ではなく 暗殺だった
「どういうことですか!! 私は事故で死んだのですよ、なんでアミラル様の責任になるのですか!!」
私は怒った。私が死んだのは不幸な事故なのだ。それをアミラル様は自分の責任と決めつけ、16年間孤独に過ごしてきたのか。そう思うと私は腹立たしくなった。なぜ死者に気遣う必要があるのだろうか。
「当初は君の死は事故だと思っていたよ。だがその後憲兵隊の調査によって暗殺だと判断されたのだ」
アミラル様が絞るような声で教えてくれた。その表情は苦悶を浮かべている。本当は教えたくないけど、本人には教えるべきだと判断したのかもしれない。
「あの日、突風で馬車が転倒したとあった。確かに突風は吹いていたが馬車が横転するほどじゃない。馭者はその際に頭を打ち、気を失っていたという。人を雇って馬車を元に戻したら、君はすでに死んでいたそうだ」
自分が死んだ後の話を聞くなんて不思議なものだ。だけど私はどこか他人事のように聞こえていた。
「医者の診断では頭を打ったのだろうと判断された。だが王家のかかりつけの医者に見せたが、それは間違いだと判断されたのだ」
「王家の医者ですか?」
確か王家の医者は死刑執行人も代用していたはずだ。罪人の拷問も担当しているらしい。処刑した死刑囚の遺体を解剖して調べたりするという。なので市井の医者より人体に詳しいそうだ。
もっとも宗教では人体は神聖なもので、例え罪人であろうと解剖してはならない教えがある。死刑囚だからお目こぼしをもらっている話だ。
「それで君の右耳に針ほどの穴が開いていることを気づいたのだ。なんでも東洋の暗殺者が使う暗殺術に似ているという。針を耳の穴に突き刺すとろくに血が流れずに殺せるそうだ。ソフィア君も知っているはずだろう?」
アミラル様はソフィアに声をかけた。彼女はこくんと首を縦に振る。彼女自身は暗殺などしたことはないと信じたい。
でもなんで私は殺されたのかしら? マジェンタ家を潰したいならお父様かアルベールが狙われるはずだ。
あ、私はアミラル様の婚約者だった。その影響かもしれない。
「そうだ。当時俺と君は婚約していた。現代もそうだがマジェンタ家は外国との交易に力を入れている。俺の兄、第二王子がそれを忌み嫌っていたそうだ」
第二王子様? 確かバンジャマン王子だったはず。外国嫌いで有名だった。
「兄の外国人嫌いは外祖父のリシュリュー侯爵の影響が強い。東洋の蛮族たちの国ナーヒブ帝国を相手に死闘を繰り広げてきた。外交よりも侵略を重視しているが、今の時代そんなものでは通用しない。現在のナーヒブ皇帝は戦争より交易を望んでいるからな」
ナーヒブ帝国。私が生まれる前はよくデュプレ王国と血で血を洗う戦争を繰り返していたそうだ。確かアンドレ―の年の離れた兄たちはナーヒブ帝国と戦い、戦死したという。
でも私が生きていた時はすでに戦争は過去になっていた。ナーヒブの難民たちはデュプレの言葉を覚え、ナーヒブの料理屋や菓子屋が並ぶようになっていたのだ。
「マジェンタ家はナーヒブ帝国を相手に交易をしていた。さらに難民たちを迎え入れ、労働力としてうまく利用している。俺の母親もナーヒブの生まれだ。親父も帝国と交易することを歓迎していたのだよ」
それをリシュリュー侯爵が気に喰わないというわけか。戦争が生活の一部であった侯爵にとって、平和に交易するなどありえないのだろう。
でもなんで私を事故死に見せかけたのだろうか? どうせならナーヒブのせいにすれば戦争を起こせる絶好の機会だったのに。
「リシュリュー侯爵家は当時後継ぎが死んだ長男の孫娘しかいなかった。流石の侯爵も後継ぎがいない状況で、君の死をダシに戦争を起こせなかったようだな」
孫はバンジャマン王子しかいない。婿養子を迎えるにしてもちょうどいい相手がいなかったのだろう。
まったく旧世代の老害たちは厄介だわ。過去の栄光と妄執に捕らえられ、現実を見ようとしない。
あれ? 今の私の状況は一体何なのかしら? 私はアリス・クールベとして生を受けたけど、アンナ・マジェンタの記憶もあるのだ。
血縁ではクールベ家はマジェンタ家の遠縁だ。
「俺は王になる。これは願望ではない、決定なんだ。俺は16年の間に有力貴族たちと交流を持った。例えリシュリュー侯爵が反対しても貴族たちは俺を王と認めてくれるだろう。君は王妃になるわけだ」
突飛な発言に私は目を丸くした。王妃になるですって? あまりにも飛躍しすぎて理解が追い付かない。
ナーヒブはアラビア語で略奪者という意味です。
リシュリューはフランスの草創期の軍艦の名前です。8900トンの装甲艦で、アミラル・デュプレは110000トンですね。
バンジャマンはベンジャミンのフランス名です。
王家の医者はフランス革命でマリー・アントワネットの処刑に携わったシャルル=アンリ・サンソンがモデルですね。




