27年
九州の島津家の本宅は福岡県中央区でも小高い坂の上の福岡の平尾浄水と桜坂の境目にあった。
南公園に隣接した広々とした豪邸で公園の緑を借景とした広い庭もあった。
邸宅には数人の警備員が配備され宅内には数人の家政婦と執事と家族一人に対して一人の付き人がいた。
春彦と伽羅はその一角でベッドに座り同時に大きく深い溜息を零した。
「それで、飛行機の中で見た夢って?」
言われ、島津家の凄さに威圧されながらも伽羅は機内の夢のことを思い起こし
「見たことがない教室…うん、机が並んでいたから教室だと思うけどそこで白いシャツをきた学生が血を流して倒れてた」
可愛い女の子じゃなくて男な
とビシッと指を差した。
春彦はそこでビシッってされてもなぁと乾いた笑いを零し
「それで被害者の顔と犯人の顔を見たんだろ?」
と聞いた。
これまでがそうだったのでそうだと思い込んでの言葉である。
しかし、伽羅はむ~んと考えながら
「それが、俺…被害者の顔は見たんだけど」
犯人の顔見てないんだ
と告げた。
春彦は目を見開き
「そうなんだ」
と呟いた。
伽羅は少し考えながら
「それが、机に血文字があって…」
と告げた。
春彦は「ダイイングメッセージかな?」と聞いた。
伽羅は「ダイニングメッセージ?」とおうむ返しに呟いた。
春彦は頷き
「被害者が残すメッセージをダイイングメッセージって言うんだ」
と答えた。
伽羅は目を見開き
「なるほど!それな」
と言いつつ
「周囲に誰もいなかったしそれだと思う」
と告げた。
春彦は携帯を渡すと
「そうか、その文字と被害者の顔と伽羅が見た光景を細かく描いてくれ」
と告げた。
伽羅は頷き
「わかった」
サンキュな、春彦
と告げた時、扉をノックする音が響いた。
「春彦さま、側付きの役目を仰せつかりました武藤譲でございます」
…。
蕎麦付きってなに?
と思わず漢字すら間違えて思い浮かべ伽羅は
「春彦、呼んでる。そば、付きさん」
と告げた。
春彦は苦笑を零し
「蕎麦を打つ人じゃないんだから」
と言い、立ち上がると
「どうぞ」
と答えた。
それに扉を開き武藤譲が姿を見せると恭しく頭を下げた。
「初めてお目にかかります」
武藤譲と申します
「以後、春彦さまの手足となり仕えさせていただきます」
春彦は呆然と立ったまま
「はぁ…」
と答え
「ありがとうございます」
けど
「俺は自分のことは自分で出来るから大丈夫です」
と告げた。
自分のことなど自分でしてきた。
側であれこれされるのは正直面倒くさい。
そう思ったのである。
が、そのとき譲の後ろから笑い声が響き
「おいおい、本当―にわかってないな」
というと
「お前の手足となることがこいつの仕事なんだ」
否定することをいうんじゃねぇよ
と言い、三歳上の実兄である島津春馬が呆れたように肩を竦めた。
「わかった、と言えばいいんだ」
春彦は「…はぁ…」と呟き
「わかりました、以後宜しくお願いいたします」
と頭を下げた。
春馬はふぅと息を吐き出すと
「頭を下げる必要はないが…まあ、何もわかっちゃいないんだ」
及第点くらいはやる
「それで春彦、母が呼んでる」
と告げた。
春彦は「母?母親ってピンとこない」と思いつつ
「更紗さんですね、分りました」
と答えた。
春馬は伽羅を見ると
「お前は必要ないから寝てな」
と付け加えた。
春彦は伽羅を見ると
「ごめんな」
ちょっと行ってくる
と告げた。
伽羅は首を振ると
「気にするなって」
行って来いよ
「その間に描いとく」
と笑い返した。
春彦は頷くと譲に会釈して横を通り過ぎ、春馬と共に部屋を後にした。
8月25日。
つまり二日前に直彦と隆と4人で九州へきた。
昨日、直彦は春彦と春馬の母である島津更紗と挨拶を交わし島津家が用意したホテルへと戻った。
今日から数日間は彼女がその時に勧めた別府などの観光に隆と島津家の案内人と共に行くことになるのだろう。
顔には出していなかったが春彦にはその申し出に『本当にお気遣いなく』とぼやいている直彦の心が透けて見えて苦笑を堪えずにはいられなかった。
もちろん、直彦が断ることはなかった。
伽羅は近隣で下宿するつもりだったが春馬が
「ああ!?島津が客人を下宿させたなんて言われたら名落ちだろうが」
それに
「俺の弟の春彦がその下宿にぶらぶら出入りしたらそれこそ危ないだろうがてめーは俺の弟に何させる気だ!」
と怒鳴り、この館に下宿することになったのである。
伽羅は携帯に夢で見た被害者の青年と教室やその情景を書きながら不意に
「…今度のテストは…赤点ゼロにしないと…春馬って人にどんだけ怒鳴られるか」
春彦の友人失格とか東京に箱詰めにされて直送されるかも
と震えた。
4日後の31日に直彦と隆は春彦と伽羅、そして、春馬と更紗の四人に見送られて東京へと飛び立った。
春馬は彼の母親である更紗を見て
「俺と春彦に似ているから親父の子供かもと疑ってんのか?」
年齢的に無理だと思うけどな
「あいつは27だろ?生まれた時考えたら親父17くらいだぜ?」
戸籍だって野坂徹と野坂由以って夫婦の一子だったからな
と呟いた。
彼女は春馬を見ると視線を伏せて
「そうね」
あの人の子供だなんて思ってもいないわ
と短く返した。
「私の知りたいことは武藤の長男の肇が調べてくるわ」
きっと
そう独り言のように呟き飛行機が消え去った後の空に一条の線を引く雲を見つめた。
リバースプロキシ
九州の有名進学校と言えば幾つかある。
久留米大学附設高等学校。
ラ・サール学園。
青雲学園。
など偏差値78くらいの学校がある。
春彦と伽羅が行っていた東都大付属高校も偏差値は70を超えていた。
74くらいであった。
だが九州には名門と言えば名門だが無名の名門校が存在する。
西海道学院大学付属高校である。
偏差値は75であるが進学校ではない。
九州地域一帯の名門氏族の子供たちが幼稚園からエスカレーター式に通う一般には知られていない学校であった。
その為に一学年に二クラスしかなく人数も一クラス20名ほどであった。
春彦と伽羅は西海道学院大学付属高校の二年A組に編入し9月に入って早々初日に登校したのである。
車で。
春彦は側付きの武藤譲に
「バス使って30分くらいですよね、教科書もノートも持っていかなくていいから荷物殆どないし大丈夫です」
お弁当だけですし
と言ったのだがそれは彼から却下された。
「島津家のご子息であるご自覚を持っていただきますようにお願いいたします」
学院側からも車での通学を推奨されております
春彦は内心「高校通学に何で車?」と思ったものの春馬の檄が飛ぶ前に
「わかりました」
と答え、伽羅と共に車に乗ると学校へと向かった。
島津家は桜坂と平尾浄水の境目だが西海道学院は百地浜にある。
車だと10分そこそこだが公共交通機関を利用すると西鉄バスで30分程かかる。
近場の高校という点では平尾浄水の福岡雙葉や上智福岡高校の方が近いのだが島津家の人間は代々西海道学院へ通っているのでそれが春彦にも適用されたという事である。
学校は幼稚園から大学まで同じ場所にあるので敷地的にはかなり広い。
また、潮風が流れる海の見える風光明媚な場所でもあった。
高校の建物は校門を潜って一番奥の区画にあり、その近くに登校用の駐車場があった。
ただずっと停車できるわけではなく生徒を降ろすと直ぐに出ていかなければならない。
だが、編入初日と言う事でその駐車場ではなく来賓用駐車場に車を止めて譲は後部座席の扉を開くために降りた。
が、春彦も伽羅も自分で扉を開けて降り立ったのである。
…。
…。
春彦と伽羅は鞄を手に譲を見ると
「「ありがとうございます」」
と頭を下げて、春彦が校舎を見上げ
「それで職員室に行けば良いんですよね」
と告げた。
譲は一瞬虚を突かれたように立ち尽くしたが直ぐに我に返ると
「私がご案内いたします」
それから勝手に車から降りないようにお願いいたします
と告げて、校舎に向かって歩き始めた。
春彦の付き人となって何度目かの溜息を心で付いた。
付き人を必要ないと言ったり。
通学に公共のバスを使うと言ったり。
春馬は「市井で育ったんだ。何もわかっちゃいねぇんだよ」と言っているが、本当にそのようである。
春馬は言葉遣いなど乱暴なところも多々あるが島津家の直系という自覚はある。
出るところへ出ればきっちりした振舞いをする。
己の身を守らせる意味も解っている。
それに、島津の息の掛かった区域に関しても経済状況やライフラインなどの在り方も考えている。
乱暴者だけではないのだ。
だが、春彦は…。
と、譲は思い起こして
「春彦さまに快適に生活していただくためには私自身が方向転換する必要がありますね」
春彦さまの身を守りつつ自由をお守りするか…些かたいへんですね
と心で呟いた。
ただ、心配があるとしたら
「…この学校でやっていけるんでしょうかね」
そう呟くしかなかった。
2年A組の担任である北上治に紹介され春彦と伽羅は譲と別れて教室へと向かった。
廊下は清掃が行き届いており窓は全て海側にある。
春彦と伽羅は窓を見て青く輝く海に
「遮るものが無くていい風景だよな」
と同時に思った。
三階の2年A組の教室に入ると17人の視線が一斉に二人に注がれた。
全員が白いシャツの夏服で春彦と伽羅の座る席がぽつんと空いていた。
北上治は黙って席についている生徒を見回して
「今日からA組で学ぶ夏月春彦さんと松野宮伽羅さんだ」
と告げた。
春彦と伽羅は同時に横を見て
「さん?」
と思った。
ところ変われば色々違う。
と思ったが春彦は
「夏月春彦です」
宜しくお願いします
と告げた。
伽羅も続いて
「松野宮伽羅です」
宜しく…お願いします
と告げた。
宜しくぅ!とノリノリの挨拶をする空気ではなかったので堪えたのである。
治は空いている中央の席を指差し
「お二人はそこが席となります」
と言い春彦と伽羅はその席へと足を進めた。
黒板はなく代りに巨大なモニターがあり、机には一台ずつタブレット式のパソコンがあった。
教科書もノートも必要ないのはそう言う理由であった。
二人が席に着き治が立ち去ると周囲からざわめきが起きた。
所謂、転校生に対する興味のざわめきである。
転校あるあるである。
伽羅の通路を開けて隣に座っていた学生がにこやかに
「俺は小竹陽翔」
松野宮さん宜しくお願いします
と告げた。
「失礼かもしれないけれど余りお名前を聞かないので」
どちらの流れのお方かと
伽羅は目を見開き
「どちらの流れ?」
って何の流れ?
と思わず心で呟き
「俺の家は東京で父さんは普通の会社員だから流れとか分からないけど」
どうなんだろ?
と笑った。
陽翔は驚き
「…普通の…かい、しゃいん…」
と呟き
「そうなんだ」
と周囲を見回してそのまま前を見つめた。
教室内では小さなざわめきが起きている。
伽羅は「意味わからない」と思いつつ春彦を見た。
春彦も伽羅を見返して首を傾げた。
春彦の隣の田中悠真は少し考え
「もしかして…夏月さんも」
と問いかけた。
春彦は頷いて
「ああ、東京で伽羅とは友達なんだ」
と返した。
悠真は「へー」と声を零して前を向くと
「そうなんだ」
と言い、机の下に手を回して軽く指を動かした。
『こっちに』
という動きであった。
春彦は周囲を見回して彼に目を向けると悠真は唇を動かした。
『後で話がある』
春彦は周囲のざわめきに視線を動かしながら
『分かった』
と唇を動かした。
伽羅は自分たちが注目の的だと理解しつつも近付いても来ないのにハァと溜息を零すと前を見て目を見開いた。
「あ、ああ!」
と叫び立ち上がった。
瞬間に春彦が驚いて顔を向けた。
「伽羅!?」
伽羅はハッと全員が静寂の中で注目していることに気付き慌てて座ると春彦に小声で
「夢の…春彦の隣の列の一番前」
と告げた。
春彦は窓際の一番前の席の青年の背中を見て
「…彼?」
と聞いた。
伽羅は頷いた。
春彦の位置から顔は見えない。
春彦は伽羅に
「授業が終わったら声掛けてみる」
と告げた。
昨日、母親の更紗に呼ばれ直彦とのことをあれこれ聞かれた後に伽羅から被害者の顔とその時の情景と机の血文字の絵を見せられた。
机の文字は『一々』と見え被害者はその側で横向きに倒れていた。
ベコリとへこんだ鞄に被害者の背中に深く突き立てられたナイフ。
帰宅しようとしたときに襲われたのかもしれない。
がしかし、春彦は被害者の状況を見て違和感を覚えていたのである。
伽羅は思考に耽る春彦の様子を伺うように見たものの彼の言葉に
「OK」
と小さく返した。
その後、チャイムが鳴ると一時限90分の授業が始まり10分の休憩の後に二限目が始まり昼休憩となった。
12時10分から13時までの50分。
春彦と伽羅はクラスメイトの大半が教室を出ていくのを見送り鞄から弁当を取り出した。
豪華な幕ノ内弁当であった。
もちろん、二人とも同じものである。
伽羅は「おお」と声を上げると
「豪勢だな」
と両手を合わせて
「いただきます」
と頭を下げた。
春彦も両手を合わせると
「いただき」
ます。と言いかけて、伽羅の夢で出てきたという人物に目を向けた。
教室に残っていたのは外に向いた窓側の席の3人と廊下側の席の一人であった。
春彦は立ち上がるとその人物の元へ行き
「あ、良かったら俺達と一緒に食べない?」
と誘った。
「確か…伊藤君だったよな」
伊藤朔は春彦を見ると
「…良いのかな?俺なんかが中央席の君たちと一緒に食べて」
と告げた。
春彦は「中央席?」とぼやき
「良く分からないけど、俺達が移動すればいいんだったら」
と言い伽羅を見ると
「伽羅、こっちで食べようぜ」
と呼びかけた。
伽羅は頷き
「了解」
と言い椅子に弁当を乗せて運んだ。
春彦も同じように椅子に弁当を乗せて移動し
「じゃ、いただきます」
と食べ始めた。
そこに悠真が近寄り
「じゃ、俺も宜しく」
と座り食べ始めると
「この西海道学院は有名氏族とか名士とか財産家資産家の子供の集まりなんだ」
と話し始めた。
「他の普通の学校は顔の良しあしとか恋人がいるいないとか…まあ、リア充かそうじゃないかとかでカーストになるんだけどさ」
ここは学校自体が家柄でカーストになっているんだ
「だから、中央席を開けさせた君達に全員が注目していたってわけだ」
春彦も伽羅も同時に
「「なるほど」」
と溜息をついた。
今朝のざわめきの意味が分かったのである。
悠真はハァと息を吐き出すと
「俺はこれでも親父が博多の駅前のホテルを経営するオーナーの息子なんだぜ」
一応財産持ちなんだけどさ
このクラスじゃ下の方だ
とぼやいた。
そして、朔を見ると
「こいつは家柄で言えば九州伊藤家の本家なんだけど」
次男って言うのがな
「長男は天国、次男は地獄って奴だ」
一色の餌食にもなってるよな
「あいつは俺と同格くらいだけど神宮寺が後ろにいてな。羽田野って同格の奴も陸奥とだしな」
と告げた。
春彦は少し口元に指をあて
「一色…と羽田野…」
と呟いた。
朔は下を向いて
「田中君」
と少し睨んだ。
悠真はパクリとご飯を食べて
「悪い悪い、けど、同じ立場になるかもしれない二人に言っといてやるのは親切だぜ」
同病…じゃなくて同類相哀れむってやつだな
と告げた。
「考えれば、夏月―とか松野宮―とか家名聞いたことないもんな」
あ、秋月はあるけどな
「夏と秋で大きな違いだ」
春彦はプッと笑うと
「確かに」
と言い
「夏月は俺と直兄が夏に園に預けられたからだ」
と告げた。
朔は顔を上げて
「園?直兄?」
もしかして君も次男?
と聞き返した。
春彦は頷いて
「次男だけど」
と答え
「直兄は小説を書いてる」
と告げた。
伽羅も同時に
「俺も次男」
と告げた。
悠真が笑いながら「次男チームか」と言い
「その、直兄って…まさか夏月直彦?」
と聞いた。
春彦は頷いて
「そう」
と答えた。
悠真は「おほぉ」と声を零した。
「有名人だ」
俺はミステリー読んでるぜ
春彦は笑顔で
「ありがとう」
と答えた。
朔は少し考え
「夏月君の兄弟仲も良いんだ」
と告げた。
春彦は頷いて
「もちろん」
と答えた。
伽羅も笑顔で
「俺の家の兄弟仲も良くなった」
と付け加えた。
朔は春彦と伽羅を見て
「あのさ」
と言い
「今度、一緒に遊ばないか?」
学校以外で
と告げた。
春彦と伽羅は顔を見合わせると同時に頷いた。
「「いいよ」」
本人と交流を深めればこの事件解決の手掛かりがあるかもしれない。
春彦はそう考えたのである。
悠真は笑顔で
「じゃ、俺も参加」
と手を上げた。
「九州伊藤家と懇意にするのは親父の事業を助ける一つだからな」
神宮寺とか陸奥と仲が良くなった方が安定はするんだけど
「身持ちが固いからなぁ」
一色や羽田野はどう食い込んだのか
朔は視線を落として
「神宮寺は…だからね」
陸奥もあれの家系だし
「一色は…」
と言いかけて廊下に目を向けた。
春彦は色々複雑なのだと考えつつ朔の視線を追って廊下を見て
「一色君…だ」
と呟いた。
全員が廊下に顔を向けた。
一色一颯は教室に入り春彦たちの前に立つと
「底辺同士の食事会か」
惨めだな
と鼻で笑った。
春彦は一颯を見るとハァと溜息を零し
「くだらないな」
とぼやいた。
それに悠真がぎょっと春彦を見た。
春彦は気にした様子も見せず
「俺は伊藤君と田中君と食事をしたいからしてるだけで」
惨めだなんて微塵も思わないけど?
「勉強になるし楽しいしな」
と両手を合わせて弁当の蓋を閉じると「御馳走様」と告げた。
堂々とした態度である。
伽羅も頷き
「そうそう、俺も九州で友達出来て嬉しい」
と笑った。
一颯はフンッ鼻で笑うと春彦の肩を蹴りつけた。
不意打ちである。
春彦は虚を突かれて態勢を崩すと思わず机に胸をぶつけた。
「つっ」
と声を漏らして胸を押さえた。
行き成り教室で蹴りつけるとは東都付属では考えられない事である。
伽羅は驚くと
「何するんだよ!」
と一颯を払って春彦の肩を抱いた。
「大丈夫か?」
春彦は胸を押さえたまま
「大丈夫、少し胸を打っただけ」
と告げた。
朔は一颯を睨むと
「一色!君は神宮寺が後ろ盾になった理由を知ら…」
と言いかけ、悠真と春彦と伽羅が目を向けるのに口を噤んだ。
一颯は「はぁ!?」と言うと
「何だ?自分より格上の神宮寺に気に入られてる俺に逆らえなくて妬みか?」
お前は伊藤家だが次男だしな
「俺の相手じゃねぇよ」
と笑った。
朔は息を吐き出すと春彦を見て
「医務室へ行ってみてもらった方がいいよ」
と告げた。
一颯は笑いながら
「夏月―とか松野宮―とか聞かない名前の癖に中央に座ってるのが問題なんだよ」
と告げた。
「医務室で訴えるなら訴えればいい」
悠真は「医務室こっちな」と案内しながら
「揉み消してやるって話だな」
と呟いた。
春彦は苦く笑いながら
「肩蹴られて胸ぶつけただけで揉み消すも何も」
と呟いた。
そして伽羅と悠真と朔を見ると
「俺は大丈夫だから、授業に遅れたら困るし」
戻ってて
「医務室くらい一人でいける」
と告げた。
「伽羅、悪いけど椅子直しておいてもらえるかな?」
伽羅は頷いて
「わかった」
直したら速攻医務室行くからな
と告げた。
悠真は腕を組むと
「じゃあ、俺は案内してやる」
初めてだから医務室の場所知らないだろ?
「利用の仕方もな」
と告げた。
「神宮寺後ろ盾の一色にあれだけの態度取れるっていうのはすげぇけど」
怖いもの知らずだよな
朔は伽羅を見て
「じゃあ、俺は松野宮君と椅子を直してくるよ」
と告げた。
悠真と春彦は医務室へ行くと学院専属の医師の診察を受けた。
「肩も胸も打撲で済んで良かったですね」
医師はそう言い春彦の情報を見ると目を見開き
「ご実家にはご連絡を入れておきますから」
と告げた。
春彦は少し考えると
「あー、大したことないので」
と言いかけたが、医師は
「後で事が判明すると困りますので」
と電話を入れた。
悠真は後ろに立って腕を組みながら
「言え言え、一色の野郎に蹴られたってな」
と笑って告げた。
「揉み消されても慰謝料くらいはふんだくれ」
春彦はハハッと笑うと
「田中君は守銭奴だ」
と呟いた。
悠真は「ああ云う奴にはそれくらいはな」と告げた。
10分後に武藤譲が姿を見せると険しい表情で医務室へ入り椅子を直して医務室へ来た伽羅と残っていた悠真を一瞥し春彦を見た。
「春彦さま、お怪我の具合は」
と聞いた。
春彦はあっさり
「大したことない」
打撲だけ
と軽く応えた。
譲は医師の方を見て
「本当に?」
と聞いた。
医師は頷き
「ええ、シップを貼っておけば二、三日で完治します」
と答えた。
譲は大きく息を吐き出して
「ご無事で…良かった」
と言い
「足でけられた…と報告を受けましたが何という名前のクラスメイトですか?」
と聞いた。
それに悠真は
「あー、一色…一色一颯って奴が後ろから行き成りガッってな」
と笑って告げた。
譲は目を細めると
「あの、一色…ですか」
と言い、少し考えると
「神宮寺に話してどう処分するか見てみましょうか」
と口元を歪めた。
悠真はその時点で顔色を変えると春彦に
「お前、夏月直彦の…弟なんだよな?」
と囁きかけた。
春彦は頷き
「そうだけど?」
と言い
「今は本当の家の島津でお世話になってる」
と返した。
…。
…。
島津家…。
悠真はざーと蒼褪めると春彦を横目で見て
「お前、なんでそれを早く言ってくれねぇんだ…じゃなくて、言ってくださらなかったんですよぉ」
と小声で叫んだ。
が、その声に譲はちらりと視線を向けた。
悠真は「ひっ」と声を零すと固唾を飲みこんだ。
伽羅は首を傾げ
「なになに?意味わかんない」
と心で呟いた。
春彦は譲に
「怪我は大したことないから大事にしないでくれると助かるけど」
と告げた。
譲はにこやかに微笑み
「もちろんです」
と答えた。
「ですが、夏月家の次男の春彦さまではなく島津家次男の春彦さまとしてお振舞いをしていただきたいと思います」
と告げた。
「このままだと学院内に私配下の者を警備につけなければならなくなる」
その意味。
春彦は「はぁ!?」と抗議の声を上げかけて飲みこみ
「…すみませんでした」
以後気を付けます
と答えた。
これ以上大事になったら、面倒くさい。
伽羅の夢のこともある。
春彦は悠真を見ると
「田中君、俺、聞きたいことあるんだけど良いかな?」
と聞いた。
悠真は暫く悩み
「島津家の後ろ盾があると親父の事業にプラスになるからな」
とニッと笑った。
春彦はプッと笑うと
「あからさまに守銭奴だ」
と告げた。
「けど、それくらいあからさまだといっそ気持ちがいいな」
悠真はハァ~~~と息を吐き出し
「何言ってるんだよ。度肝を抜かれたのは俺の方だぜ」
とぼやいて、ハッと口を手で塞いだ。
春彦は笑い
「気にしなくていいさ」
東京ではそんな感じだったから
「気にしない」
と答え伽羅を見た。
伽羅は笑い
「だよな」
と相槌を打った。
譲も悠真を見て
「そこは春彦さまのご随意のままに」
と告げた。
「では、お怪我のこともありますのでこのまま車でお送りいたします」
伽羅さま
田中さま
伽羅は慌てて
「じゃあ、春彦と俺の荷物を持ってくる」
と言い、悠真は「俺も?」と春彦に聞いた。
春彦は大きく頷いた。
「聞きたいことがあるから、良いかな?」
悠真は笑みを浮かべて
「いいぜ」
と答え
「松野宮君と一緒に荷物を持ってくる」
と告げた。
伽羅はそれに
「あ、俺のこと伽羅でいいから」
と告げた。
春彦も「俺のことも春彦で良いぜ」と告げた。
悠真は困ったように
「島津家のご次男様を名前呼びはなぁ」
う~ん
「夏月…がギリかなぁ」
と告げた。
春彦は「わかった、それで宜しく」と答えた。
譲は沈黙を守った。
悠真はほっと安堵の息を吐き出し
「じゃあ、松野宮と行って戻ってくる」
と告げた。
二人が教室に戻ると朔が心配そうに見た。
授業が始まっており伽羅は春彦と自分の鞄を持つと彼に
「迎えが来たから春彦と帰る」
明日またお弁当一緒に食べような
と小さな声で告げた。
悠真も二人の下に行き
「俺も付き添いで帰るから」
と言い
「明日な」
それから
「集まる日考えておいてくれよな」
と告げた。
朔は小さく頷き
「もしかして夏月君の怪我酷いの?」
と聞き返した。
伽羅も悠真も首を振った。
「「大したことない。用心のため」」
同時に言って顔を見合わせた。
朔は小さく笑って
「夏月君にお大事にって言っておいて」
と二人を送り出した。
一颯はそれを目に鼻で息を吐き出した。
「神宮寺に逆らえる奴はいない」
それに神宮寺は俺の家に逆らえないらしいからな
と、口元に笑みを浮かべ二人を見送った。
その一颯の姿を伽羅の後ろの席で座っていた神宮寺凛が肩越しに流し見ていたのである。
春彦は島津家の邸宅に戻り母親の更紗の出迎えを受けた。
「春彦さん、お怪我は大丈夫なのですか?」
春彦は頷き
「更紗さん、ご心配をおかけしてすみません」
と頭を下げた。
「打撲だけなのでシップ貼ってたら治ります」
と笑顔を見せた。
更紗は安堵の息を吐き出した。
そして、譲を見ると
「くれぐれも春彦の身に何もないように」
と厳しい口調で告げた。
譲は頭を下げると
「申し訳ございません」
と答えた。
春彦が慌てて「あ、武藤さんは別に」と言いかけたが、譲が
「校内でもそう言う事態を招いたという事は事前手配が甘かったということです」
と答え、言葉を止めさせた。
悠真は黙ってその状況を見つめ、譲の案内で春彦の部屋へと入った。
その部屋は広く譲はテーブルの椅子に座るように勧め
「お飲み物をご用意してきます」
と立ち去った。
春彦は一息つくと
「田中君は」
と言いかけた。
が、悠真はそれに
「俺が夏月なんだから俺のことも田中って呼んでくれて良いぜ」
と笑った。
春彦は笑むと
「じゃあ、田中は学校のこととか人間関係とか詳しそうだから聞きたいんだ」
一色君と伊藤君ってどういう関係?
と告げた。
悠真はフムッと言うと
「一言で言ったら一色が家柄的には下っ端だけど神宮寺の後ろ盾があるからのさばってて、伊藤は家柄的には上だけど次男だから立場は弱いってことで逆転した関係だな」
と告げた。
「同じ次男でも島津の次男とは格が違うし…島津は特別だからな」
春彦はそれに
「島津が特別って?」
と聞いた。
悠真は不思議そうに見て
「あのさぁ、反対に俺は島津家に次男がいたなんて話聞いたことないからさ」
しかも夏月って苗字ってなんだソレだぜ?
と告げた。
春彦は頷いて
「俺は先月まで夏月直彦の弟で島津家の次男って知らなかったんだ」
生まれて直ぐに直兄と養護施設に預けられて
「ずっとそれで生きてきたから」
と告げた。
悠真は腕を組むと
「なるほど」
と言い
「これは俺が知っている情報だから足らない部分も多くある」
と告げた。
春彦は大きく頷いた。
悠真は二人を見て
「元々、九州で力を持つ家系って言うのが島津、神宮寺、陸奥、そして、九州伊藤なんだ」
この4家系は特別な何かを握っていてそれが根底にあるらしい
「30年くらい前はもう一つ磐井って家系もあって5つだったんだ」
と告げた。
春彦は驚き
「そうなんだ、それでそれは何?」
と聞いた。
悠真は首を振ると
「知らない」
けど
「九州全てらしい」
と言い
「中でも島津は秋月と兄弟家系でそれが4家系の中でも特別だって言われる理由らしい」
秋月についてはただただ特別だって話だけど理由も分からないし謎の家系
「そこは答えられない悪いな」
と告げた。
春彦は首を振ると
「いや、俺こそ全く分からないからごめん」
と答えた。
悠真は軽く首を振り
「その事情じゃしょうがないだろ」
と言い更に話を続けた。
「それがな、27年前くらいに島津の当時の長男が暗殺されてすっげぇ騒ぎになったんだ」
そりゃ特別の中の特別な家系の長男が暗殺ってさぁ騒ぎになるだろ
「その時に消え去った家系が磐井なんだ。一家一族が全員忽然と消え去ったんだ」
だから噂では磐井が島津の長男を殺したんじゃないかってしきりに言われてた
「まあ…それ以来、島津には一人一人にボディーガードがついてセキュリティーが厳しくなったって話だ」
もっとも島津は弟がいたからその弟が跡を継いだんだが17年くらい前にその弟も失踪して、今はその長男のお前の兄が継いでいる
「俺が知っているのはそう言う感じだな」
と告げた。
伽羅は「ほへー」と声を零すと
「春彦の打撲で大騒ぎになるのはそう言う事だったんだ」
と呟いた。
春馬がうるさいほど
「お前は何もわかってない」
と言ったのはそういう事だったのだと春彦は理解した。
暗殺に失踪。
その後、失踪した春彦の父は事故で亡くなっている。
つまり、島津家の兄弟二人ともが不慮の出来事で早逝しているのだ。
春彦は更に
「それで、一色君と伊藤君の話なんだけど」
一色君は伊藤君を特別に目の敵にしているとかってある?
「今日、突っかかってきたのとか」
と聞いた。
それには悠真は笑って
「違う違う」
一色の野郎はめちゃくちゃ俗物野郎で
「伊藤だけじゃなくて神宮寺が押さえられると思った相手には野別隈なくだ」
と肩を竦めた。
「性格悪すぎて幾ら神宮寺の後ろ盾が欲しいと思っても」
一色に近付いたら反対に食い物にされる
伽羅は「弱肉強食の世界を見た」とガクガク震えた。
しかし、と思うと伽羅は春彦を見て
「じゃあ、伊藤君を殺す理由がないけど」
と呟いた。
「弾みとかかな?」
春彦は息を吐き出して伽羅を見ると
「それが、伽羅の描いた絵で俺疑問を持ってて」
と告げた。
「あの傷の状態だと数分もかからない内に意識を失ってたと思うんだ」
それに異常な鞄のへこみ方も
「多分、机の上の字はレッドヘリングなんじゃないかと」
携帯を取り出し画面を出して見つめた。
が、それにストップの声が響いた。
悠真が両手を上げて
「おーい、おーい…俺がいること忘れてないか?」
俺が意味わからん
と叫んだ。
春彦と伽羅は悠真を見ると携帯を中央に置いた。
そこには伽羅が夢で見た情景の絵が描かれていたのである。
悠真はそれを見て
「何だこれは」
と顔をしかめた。
伽羅はすっぱり
「俺、事件を夢で見る体質らしくて」
春彦に解決してもらっているんだ
「あ、もちろん俺も頑張ろうと思ってるけど」
と告げた。
悠真はますます顔を顰め
「どんな体質だ」
どうせ見るなら
「万馬券の勝ち馬とか株でどの銘柄が上がるかとか見ろよ」
そっちの方が建設的だぜ
と答えた。
…。
…。
さすが守銭奴だ。
と、春彦は思ったものの
「俺達が九州に来る直前に見た夢がこれ」
机に『一』と『々』
「そして、背中を刺されて倒れているの…伊藤君だろ?」
鞄も今日持ってたのと同じだった
と告げた。
悠真は頷いて
「この絵から見たら一色が犯人だよな」
とさっぱり答えた。
「一色の名前の書きかけって感じだもんな」
あの野郎とうとう
春彦も頷いた。
「だけど、気にかかるのは傷の位置と深さなんだよな」
これだけ傷が深かったら一瞬で意識が混沌として…机に文字を書くまで立っていられない気がするし」
一色君が犯人でその場にいたら
「消すだろ?」
それに弾みとか嫌がらせとかでここまで深くは刺さないと思う
伽羅も目を見開くと
「確かに」
と告げた。
悠真は腕を組んで
「冷静に考えたらそうだな」
机に名前書かれたら俺でも消すな
と答えた。
春彦は伽羅と悠真を見ると
「だから、レッドへリングかなぁと思って」
と告げた。
悠真は「それはつまり」と言うと
「真犯人が一色に罪を着せようとしたってことか」
と告げた。
春彦は頷いて
「有体に言えばそう言うことだけど」
と目を細めた。
「その真犯人をどう思い留まらせるかなんだよな」
どうしてそんなことをしようとしたのか。
どうして一色一颯を犯人にしようとしたのか。
春彦は悠真を見ると
「俺はここに来たばかりだし自分の本当の家のことも何もわかってないくらい無知なんだ」
と告げた。
「田中は凄く詳しそうだし…力を貸してほしい」
悠真は真剣な春彦の顔を見つめ
「島津の後ろ盾くれるか?って言いたいところだけどな」
というと
「ここでそれを言ったら俺すっげぇ俗物っぽいよな」
とぼやいた。
伽羅はあっさり
「けど、もう言ってる気がするの俺だけ?」
と告げた。
春彦は笑って
「ケースバイケースだ」
春馬さんと更紗さんに君と友達になったって言う
「本当に友達になったから嘘じゃないしな」
と告げた。
悠真は目を見開き
「意外と…砕けてるな」
と告げた。
「見た感じ正義の堅物って感じだったけどな」
春彦はむ~んと考えると
「俺は自分のことは分からないけど」
だけど
「大切な人に顔向けできないようなことだけはしたくないと思ってる」
直兄や勇ちゃんや隆さんや色々な人な
と告げた。
「笑顔で会えるように俺は俺の中にある正しいことに背を向けないようにしようとは思ってる」
悠真はほぉと感心したように笑むと
「いいんじゃねぇ」
一般的な正義を振りかざす奴よりは嫌いじゃない
と返した。
「夏月がそれだけ動いてくれるなら俺も顔向けできるように努力はする」
商談成立だな
伽羅も二人を見ると笑みを浮かべた。
春彦は春馬の部屋に行くと悠真を合わせた。
「学校のクラスメイトで友達になった田中悠真君です」
春馬は書類を見ていたが手を止めると値踏みするように悠真を見てニヤリと笑うと
「堅物の弟が選んだ友達にしては…俗物だな」
まあ
「スノッブじゃねぇみたいだから及第点だ」
と告げた。
「だが春彦に害があると分ったら島津を敵に回したと思え」
悠真も関係ないが伽羅も同時にビシッと固まった。
春彦はノンビリと
「口は悪いし俺を海に沈めようとしたけど…悪い人じゃ無さそうなんだよな」
と考えた。
母親の更紗に合わせるとくすくす笑い
「春彦に早速友達が出来たのは嬉しいことね」
と言い
「今後ともよろしくお願いしますね」
と告げた。
「博多の駅前のKyuoホテル…利用させていただくわ」
ただし
「二心あって近付いたなら両方が無くなると思ってくださいね」
…。
…。
悠真は震えながら島津の送迎車で帰宅の途についた。
春彦は夕食を終えて自室に戻ると携帯を手に直彦へと連絡を入れた。
直彦はノートを書きながら携帯を手にすると
「どうした?」
と笑みを浮かべた。
春彦はしんみり俯くと
「何かやっぱり直兄の声聞くとほっとするな」
と笑った。
「ちゃんと食事してる?」
直彦は困ったように笑むと
「当然だ」
お前のお陰で隆と茂由君が交互に食事を用意してくれている
「允華君は大惨事になりかけたのでトリックチェックと構成の仕事に専念してもらってる」
と笑った。
春彦はプッと笑うと
「直兄と同じなんだ」
允華さん
と告げた。
直彦は「それで?」と告げた。
「聞きたいことがあるんだろ?」
春彦は頷くと
「もし、自ら死を選ぼうとしている人がいたら…直兄はどうする?」
と告げた。
直彦は手を止めて
「止めるな」
それも殺人だからな
と告げた。
「己自身を殺す殺人だからな」
被害者と加害者が同じ人物だというだけの殺人だ
「そんな悲しい事件は止めてやれ、春彦」
…自分を殺そうとするその心を…
「そいつと向き合って前に進む勇気に変えてやれ」
春彦は目を見開くと
「うん、そうだよな」
殺人なんだ
「どんな理由があっても…殺人はダメだよな」
相手が自分自身であってもダメだよな
と呟いた。
「ちゃんと向き合って…その心を止めてみせる、絶対に」
春彦はすっきりとした笑顔を浮かべると
「ありがとうな、直兄」
と告げた。
直彦は静かに笑むと
「頑張れ、春彦」
と言い、不意に
「春彦…お前の家族はお前の家族だからな」
春馬はお前の兄だ
口の悪い奴だがな
「更紗さんはお前の母親だ」
いいな、分かったな
と携帯を切った。
目の前の机には4枚の写真が飾られている。
一枚は高校の頃に仲間たちと写した桜の木の下での写真。
一枚は朧清美との子供である太陽の写真。
一枚は園長の手紙に入っていた直彦の本当の両親の写真。
そして、春彦と共に写っている写真だ。
「…春彦、お前ならちゃんと止めることができる」
血が繋がっていなくても
「生きる場所が違っていても…俺の弟だからな」
夜は深々と降り積もり同じ空の下で二人は同じ空を見上げていた。
翌日、伽羅は学校の準備をするとすっきりとした表情の春彦を見て
「もしかして、直彦さんに電話した?」
と聞いた。
春彦は笑顔で頷くと
「した」
と短く応えた。
「なんでわかった?」
言われ、伽羅は食事をする広間に春彦と向かいながら
「なんか、すっきりした顔しているから」
と告げた。
春彦は「そうか」と答え
「伽羅に分るくらいそんな顔していたんだ」
とぼやいた。
そして前を見つめると
「後で大切な話をする」
と言い広間の扉を開いた。
食事は何時も母親の更紗と兄の春馬、そして春彦と伽羅の4人であった。
特段何を話しするわけではないが必ず4人で食べることになっていた。
食事を終えると春彦と伽羅は学校へと向かった。
その車中で春彦は伽羅に
「伽羅が見た夢なんだけど」
と告げた。
「多分、犯人がいなくて正解なんだ」
伽羅は目を見開くと
「は?」
と首を傾げた。
春彦は伽羅を見て
「犯人は伊藤君自身なんだ」
と告げた。
「ただ、どうして一色君に罪を着せようとしたのか…そこに止めることのできる鍵があると思ってる」
伽羅は「なるほど」と言い
「その、昨日のこともだけどやっぱり嫌がらせされているからじゃないかな?」
神宮寺の後ろ盾で手出しできないし
と告げた。
春彦は顔を顰め
「それだけじゃない気がするけどな」
それに気にかかっていることはまだあるから
「とにかく…俺があまりにここのところの事が分ってなさすぎるからな」
と告げた。
「だけど、あの時の言葉から伽羅の言う神宮寺家が一色家を守り過ぎているところに原因があるとは思ってる」
そこがな
「なんで守ってるんだろ」
譲はちらりと春彦をルームミラー越しに見た。
しかし、口を挟むことはせずに学校に着くと二人を車から降ろして校舎に入るまで送り届けた。
学校側と神宮寺家に関しては既に話の決着はついている。
春彦ではないが譲としては
「どこまで神宮寺が一色を守るかですね」
と言う事であった。
父親から経緯は聞いた。
それは春彦の出生後の春珂の行動の起因にもなっている事件である。
秋月。
島津。
神宮寺。
伊藤。
この四つの家系に関わるタブーでもあった。
春彦は大きなタブーがそこに関わっているとは知らず伊藤朔の行動を止めようと思案していたのである。
この日、一色一颯は休みであった。
授業は滞りなく行われ昨日のようなざわめきも起きなかった。
春彦と伽羅も授業を受けると昼休みには伊藤朔の席に行き昨日同様に田中悠真を交えて食事をした。
朔は元気な春彦を見ると安堵の息を吐き出し
「良かったよ」
大事にならなくて
と告げた。
春彦は頷いて
「心配かけてごめんな」
ありがとう
と答えた。
悠真は弁当を食べながら
「それで集まる日だけど何時が良いんだ?」
と聞いた。
朔は「今週末とかはどうかな?」と告げた。
「急だけどできれば早い方が良いんだ」
春彦は伽羅と顔を見合わせて
「いいよ」
と答えた。
悠真は手を上げると
「俺もOK」
と答えた。
朔は安堵の息を吐き出すと
「良かった」
と言い
「博多駅前のKyuoホテルで一室取るよ」
田中君の家の売り上げにもなるからね
と告げた。
悠真は目を見開くと
「へ?俺の家のホテル!?」
と告げた。
朔は頷き
「そうそう」
と答えた。
「家だと話し辛いし俺次男だからみんなも肩身狭いかもしれないし」
春彦は頷き
「わかった」
と告げた。
伽羅も手を上げると
「了解!」
と答えた。
しかし。
家に戻り夕食が終わった寛ぎの場で春彦が
「明後日の土曜日に伽羅と二人で田中のホテルに泊まりに行ってきます」
といった途端に春馬の激昂がとんだ。
春馬は飲みかけの紅茶を音を立てておくと
「はぁ!?何寝ぼけたこと抜かしているんだ!?」
あのホテル潰した方がいいか!?
と怒鳴った。
伽羅は目を見開くと
「速攻潰す話!?」
と凍り付いた。
春彦は冷静に紅茶を置くと
「伊藤君と一緒に4人で遊ぼうって話になって誰の家に行っても気を遣うから田中のホテルなら気を遣わなくて良いと思ったんだけど」
と答えた。
更紗は春馬と春彦を交互に見てクスッと笑うと
「春彦、ここへ呼びなさい」
確かに九州伊藤にしても陸奥にしても
「長男と次男の格差がありますしその友人の扱いも同様ですが」
島津はありませんから
と告げ、後ろで控えていた譲に
「決して名を辱めることのないように御もてなしを」
と告げた。
にこやかに笑っているが命令なのだ。
春馬は矛先を収めると「そう言う事だ」と告げた。
春彦は二人をじっと見つめ
「一応、そうは話しますが」
もし二人が嫌だと言ったら俺は他で彼らと会います
と答えた。
「…更紗さんと春馬さんが俺のこと凄く大切に思ってくれてるの分かるけど」
大切な事なんだ
春馬は立ち上がると
「春彦!」
と怒鳴ったが、更紗が「春馬」と呼びかけ
「春彦、貴方に覚悟があるように私にも覚悟があります」
と告げた。
「もし異を唱えたなら説得しなさい」
絶対に許しません
春馬は僅かに
「こわっ」
と思いながら口を噤んだ。
春彦は口を尖らせたものの
「わかりました」
と答え席を立つと
「ごちそうさまでした」
と言って立ち去った。
伽羅も慌てて
「ごちそうさまでした」
あの
「春彦…別に対立するつもりじゃないから」
一生懸命なだけだから
と言い残して立ち去った。
更紗は譲を見ると
「護衛を増やして見張りなさい」
と告げた。
「春馬にしても春彦にしても…27年前の繰り返しに絶対にさせません」
春馬は彼女を見ると
「27年前って親父の兄貴が殺されたって事件だろ?」
俺達に関係あるのか?
と聞いた。
更紗は春馬を見ると
「ある意味、島津が島津である限り…付きまとう宿命です」
と答えた。
「貴方にしても…せっかく戻ってきた春彦にしても犠牲になどするものですか」
春彦は部屋へ戻りハァ~~~と息を吐き出すとその場に座り込んだ。
「…家に帰りたい」
直兄に会いたい
その後ろに追いかけてきた伽羅が立つと
「春彦」
と呼びかけた。
「俺さ、春馬さんや春彦のお母さんって悪い人に思えないんだ」
すっげぇ春彦の心配していると思う
「直彦さんと同じくらいに春彦のことを思ってると思う」
分かっているんだろ?本当は
春彦は肩越しに伽羅を見た。
「ん」
分かってる
「多分、田中の言ってた27年前の島津家の長男が殺されたことに起因しているんだと思う」
何故殺されたんだろ
「そこが分ればなぁ」
全てがそこに起因していると春彦に感じられたのである。
ただ、決定的な情報が抜け落ちているのである。
春彦は伽羅が自室へ戻った後に机に置いている写真を見つめた。
恋人である神守勇と伽羅と赤阪瑠貴の4人で写っている写真と…兄の直彦と一緒の写真だ。
もう一枚。
園長の直彦宛の手紙に入っていた春彦の本当の家族である父の春珂と兄の春馬と更紗と生まれたばかりの自分が映っている写真があるが、それは机の中に入れている。
『春彦…お前の家族はお前の家族だからな』
春彦は電話を切る時の直彦の言葉を思い出して目を閉じた。
「また、俺…捨てられた子犬みたいな顔になってる気がする」
二つの家族。
直彦と離れていきそうで胸が酷く軋んでいた。
翌朝、静かな朝食の後に春彦は俯いたまま
「行ってきます」
更紗さん
春馬さん
と告げて広間を出た。
伽羅は春彦の様子にハラハラしながらも
「こういう時こそ俺が頑張らないと」
と思うと部屋に戻って鞄を手にすると春彦の部屋へと急いで向かった。
「絶対、春彦落ち込んでるな」
あれは
伽羅は部屋に入り
「春彦、学校行こうぜ」
と呼びかけた。
春彦は小さく頷き
「あのさ、伽羅」
というと
「このまま俺、直兄と離れていったらどうしよう」
と呟いた。
伽羅は目を見開く
「は?」
と声を上げた。
「何で離れるんだ?」
直彦さんは春彦の兄さんだろ?
「戻るんじゃないのか?」
春彦は視線を伏せると
「けど、この前…直兄に更紗さんと春馬さんのことをお前の家族は家族だからって言われて」
と呟いた。
伽羅は不思議そうに見て
「だって、春馬さんも春彦のお母さんも確かに春彦の家族だろ?」
直彦さんの言ってるの間違ってないけど?
「直彦さんも春彦のお兄さんで親で…やっぱり家族だろ?」
と答えた。
「俺、直彦さんの心の中に春彦は弟って疑いのない確信があるんだと思う」
だから
「離れても関係ない」
だから
「本当の家族と共にいても関係ない」
春彦は弟だって思っているから心配したり揺らいだりしてないんだと思うけど?
その時、ノックが響いた。
「春彦さま、学校へ行くお時間です」
譲がそう告げた。
春彦は鞄を持って立ち上がると伽羅に笑顔を見せて
「ありがとうな、伽羅」
ホテルの事は取り合えず言ってみる
「言う前からダメだって決めてもな」
と告げた。
伽羅は頷き
「そうそう」
可愛い子ならスィングだけどな
と答えた。
…。
…。
春彦は冷静に
「チャラい…俺は違うけど」
と告げた。
伽羅はガーンと口を開けると
「そこは乗ってくれ!春彦」
と訴えた。
春彦は笑って
「ごめん、ありがとう」
伽羅がいてくれて本当に俺…助かってる
と答えた。
二人は譲の送迎で学校へ行き昼休みに話を切り出した。
春彦は朔と悠真を見ると
「昨日、田中のホテルって話をしたんだけど」
更紗さんが家へ招くようにって言われて
と告げた。
「田中、悪いな…売り上げを減らすみたいで」
悠真はハハッと笑うと
「そこかーい、心配するところ」
と心で突っ込んだが
「俺は良いぜ」
無理にホテル一回誘って潰されたら困る
と答えた。
伽羅は驚き
「なんでわかった!?」
と叫んだ。
悠真は驚き
「マジか」
冗談だったんだけど
と答えた。
伽羅は首を振り「…マジだ、それ」と答えた。
朔は春彦を見つめて
「夏月君は夏月直彦さんの弟さんだよね」
と告げた。
春彦は頷いた。
「うん」
それは変わらないけど
「今、こっちで世話になっているのは島津家なんだ」
と告げた。
「一か月前に俺、島津家の次男だったって分かって世話になってる」
朔は目を見開くと
「島津家…」
と呟いて立ち上がり
「ごめん、なかったことにして」
と言い鞄を持って教室を出かけた。
春彦は慌てて朔の手を掴まえると
「待ってくれ」
何を悩んでいるのか聞きたいんだ
「君が胸に秘めているものを」
君が君を殺す前に
「俺はそれを止めたいんだ」
と告げた。
朔は驚くと春彦を見た。
「…君、なんで」
春彦は息を吸い込み吐き出すと
「実は君が死ぬ夢を伽羅が見たんだ」
俺はそれを止めたくて
「…君に近付いた」
と告げた。
「俺は君が思い悩んでいる理由に神宮寺家が一色家を守っていることがあると思ってる」
俺が蹴られた時に君が言いかけたあの言葉の続きが原因だと思っている
『一色!君は神宮寺が後ろ盾になった理由を知ら…』
あの言葉に君が思い悩んでいる理由があると思っている
朔は息を吐き出して伽羅を見ると
「君も夢を見るんだ」
未来で起きることの夢を
と呟いた。
伽羅は頷き立ち上がると
「でも、春彦が止めてくれる」
俺も春彦と一緒に止めたいって思ってる
と訴えた。
「だから俺も君が君自身を殺すことも止めたいと思ってる」
春彦だって同じだ
春彦は頷いて
「人を殺すことは許されることじゃない」
それは…他人だけじゃない自分自身もだと思ってる
「自分が自分を殺すのだって殺人だ」
許されることじゃない
「だけど、そうしなければならないと思う気持ちがあるなら…教えて欲しい」
そうさせないために俺は力になる
朔は二人を見つめ一度瞼を閉じるとすぐに開けて
「…来て」
君が本気なら島津家の家族の言う事に逆らうことになっても
「その覚悟ある?」
と告げた。
春彦は朔を見つめると
「わかった」
と告げた。
悠真と伽羅は同時に
「「春彦(夏月)!!」」
と叫んだ。
春彦は伽羅を見ると
「ごめん、伽羅はこのまま授業に出て武藤さんに伝えて」
俺は大丈夫だから
と告げた。
が、伽羅は
「嫌に決まってるだろ」
と言い
「俺も行く」
俺も止めたいから
「春彦と同じだぜ」
と笑みを浮かべた。
悠真はハァと息を吐き出すと
「ったく、オヤジを助けるつもりがホテル壊すことになるぜ」
と言い
「俺のホテルに来い」
セキュリティーを上げるように連絡しておく
と告げた。
4人は食べかけの弁当を鞄に入れると学校を抜け出した。
その様子を廊下から神宮寺凛が見下ろしていたのである。
そして、譲もまた報告を聞き
「行く場所は田中悠真の父親がしているホテルだろう」
配備につけ
と告げた。
「まったく…本当にわかっていない」
どんな育て方をされたのか
「ひたむきで」
負けん気も強くて
「…自由人だ」
呟いて車を走らせた。
春彦たちはバスに乗り博多駅前で降りるとKyuoホテルへと入った。
田中悠真の父が営むホテルである。
30階建てのシックで豪華なホテルであった。
悠真はホテルに入るとフロントに最上階のエクセレントスイートのキーを貰って三人を連れてエレベータに乗った。
そして、キーを翳して30階のボタンを押した。
「キーが無いと30階で降りれないようになっているんだ」
春彦と伽羅を同時に
「「おぉ」」
と声を上げた。
悠真は呆れたように
「それくらいはあるあるだ」
島津の次男がそこで驚くな
と答えた。
朔は俯いて
「本当に来たんだ」
と呟いた。
春彦は頷いて
「本気だからな」
と答えた。
朔は真っ直ぐ向いて
「…君を信じる」
と言い、30階について降り立つと部屋へと入り5つある部屋の内の応接室へと入った。
窓のない完全密閉の部屋である。
周囲を見回しテーブルの下を見たとき悠真が
「盗聴器はねぇよ」
と腕を組んで告げた。
朔は息を吐き出して悠真を見ると
「君は聞く?」
後戻りできなくなるけど
と告げた。
悠真は嫌そうに大きな溜息を零し
「あーあー、ここを提供した時点で戻れないし」
もっと言えば
「夏月と松野宮と友達になった時点でもどらねーよ」
と告げた。
春彦と伽羅はプッと笑った。
春彦は悠真を見ると
「田中、ありがとう」
と告げた。
悠真は「ホテル潰されたらお前の友達で雇ってくれよ」と告げた。
春彦は「潰させないよ」と返した。
そして、朔を見ると
「話してほしい」
と告げた。
朔は頷き鞄から一枚の写真を取り出した。
「これは…恐らくこの世で一枚きりの写真だと思う」
俺の亡くなった父の学生の頃の写真
それは6人の人物が広い庭で座っている写真であった。
朔は左端から指を差した。
「彼が一色卓史、彼が秋月直樹、彼女は磐井栞、その隣が島津春樹、彼が神宮寺静祢で一番端が伊藤朋巳で父だ」
伊藤家の庭先で撮ったんだ
伽羅は驚いて春彦を見た。
春彦も目を見開いた。
朔は春彦を見て
「驚いた?」
と告げた。
まるで
「夏月直彦と君がいるみたいだろ?」
俺は君たち二人が秋月家の生き残りかと思ってた
「秋月家は資産家でも財産家でもなくて殆ど表に出ない家系なんだ」
島津家とは兄弟家系だったからずっと繋がっていた
「代々仲が良かったらしいよ。だからこの写真があるんだ」
ただ重要なのは
「日本の各地で力を持っている家系の根底を守っているものを秋月家と島津家だけは単独で自由にできるんだ」
存続も破壊も抹消も追加も
「特別な家系の中でも特殊な家系なんだ」
悠真は腰を浮かせると
「まさか、それって特別な家系の…秘密のそれ?」
と聞いた。
朔は頷いた。
「だから秋月も島津も命や身柄を狙われやすいんだけど…特に秋月家は地位も何もないから一番に狙われる」
ただ知っている人は二つの家系を断絶させたらどうなるかわからない危惧から
「不利益を働こうとする人物が出た時はその人物だけ消すか監禁するかするんだ」
他にも色々ね…とにかく二つの家系はそう言う事情で狙われやすいんだ
悠真は顔をしかめると
「なるほど。つまり27年前の事件は島津家長男がその不利益を考えたってことか?」
島津には次男がいたから絶えることはなかったし
と呟いた。
朔は首を振ると
「そこが違うんだ」
と言い
「神宮寺家が一色家を守る理由は…神宮寺家の次男だったこの静祢が…その島津家の長男の暗殺を利用して秋月直樹を呼び寄せて殺したその後始末をしたのが一色卓史だったからなんだ」
父は磐井に罪をなすりつけたのも全て一色卓史が仕組んだことだと裏切られたって
「病気になってからずっと言ってた」
二人にはそれを破壊したり消滅させたりする意志はなかったのにって
「島津家の長男を殺すように唆したのも一色卓史に違いないって」
と告げた。
「発端は神宮寺家に秋月直樹と島津家の長男であった春樹がそれを破壊する導夢…つまり伽羅君と同じ予知夢を見たって話しからなんだ」
その話を父に持ってきたのは一色卓史だった
「父にはどうすれば良いかと悩んだ姿を見せてたのに…裏では磐井や神宮寺を唆していたって」
一色家は酷い俗物なんだ…そんなことで今の地位を手に入れて
「その一色卓史はまだ生きて神宮寺家の中で静祢と共にいる」
このまま一色一颯がその一色卓史と取って代わったら
「この九州でどんなことが起きるか」
悠真は顔をしかめた。
「そりゃ、俺の家も終わりだな」
朔は視線を伏せて
「それだけじゃすまないよ」
と言い
「俺は次男だけど伊藤家の人間だから俺を殺したとなると神宮寺家も守ってはいられなくなる」
神宮寺家と一色家を分かつ楔になろうと思ってたんだ
「一色の横暴さを憎くも思っていたし」
伽羅は驚きながら
「俺と同じような夢を見る人がいたんだ」
と呟いた。
春彦も頷いて
「そうだな、その一色卓史って人が夢を見る人ってことか」
だけどそれだったら
「秋月家が断絶してもその守っているモノに影響なかったってことになるよな」
と朔を見た。
朔は息を吸い込み吐き出すと
「まだ島津が残っているからね」
ただ秋月直樹には子供がいたらしい
と告げた。
「それは絶対の秘密で知っていたのは父と殺された島津家の長男だけだったらしい」
もしかしたら島津家の次男も知っていたのかもしれないけど
「ただ言えることは秋月家とはもうコンタクトは取れないから島津家が色々な意味で狙われることになる」
俺はこの写真があるから秋月家の生き残りが夏月直彦と君じゃないかと思ったんだ
「だからこの話を伝えようと思って」
一色と神宮寺には気を付けた方が良いと
「九州から立ち去った方が良いと伝えようと思ったんだ」
春彦は息を吐き出し写真を見つめると
「ただ…確かにこの秋月直樹って人は直兄にクリソツけど」
直兄は園に引き取られる前も秋月って苗字じゃなかった…野坂だった
と呟いた。
悠真は目を見開くと
「待ってくれ、つまり…本当の他人の空似?」
と聞いた。
春彦は悩みながら
「直兄はそこのところ何も言ってくれなかったからわからない」
俺自身が直兄と実兄弟だと思っていたくらいだから直兄の本当の父親の詳しいことはしらない
と呟いた。
伽羅も腕を組んで
「その辺り直彦さんは話ししないよな」
と春彦に告げた。
春彦も頷いて
「ん」
と答えた。
朔は驚いて
「そう、なのか?」
と聞いた。
春彦は彼を見て
「直兄の父親のことは分からないけど…苗字が野坂だったってことは間違いない」
と答えた。
「俺の生まれる前の話だから真実は分からないけど」
しかし。
もしも。
直彦が彼の言う秋月家の血を引いていたら…それが公になったらどうなるのだろう。
春彦は自分で血の気が引くのを感じた。
6人が映っている写真。
春彦は写真を見つめて不意に中央の女性を見て
「この人…直兄と太陽ちゃんの瞳…と同じだ」
と呟いた。
顔立ちや姿は秋月直樹に生き写しなくらい似ているが瞳だけは彼女に似ている。
だが直彦の母親が野坂由以という女性であることは直彦の口から聞いている。
間違いないだろう。
27年前。
島津家の今の状況も。
自分を連れて出て行った父のことも。
ここが起因しているのだろう。
春彦は腕を組むと
「調べてみる必要があるかも」
と呟いた。
そして、朔を見ると
「伊藤君、あのさ…話を聞いて君の気持はわかったけど」
だけど死んで何かを動かそうとしてもきっと動くことはないと思う
「動いたように見えてもそれはほんの一時で君の死はきっと無駄になる」
本当に動かそうと思うなら生きて自分の手で動かさないと
「そのための力なら俺は貸すから」
と笑みを見せた。
「それに君が死んで悲しむ人がいる」
俺も辛いし
「伽羅だって田中だって」
…それに君のお兄さんだって…
「君の兄弟仲も良いんだって言ってくれたってことは伊藤の兄弟仲もいいってことだろ?」
他力本願でコトを動かそうとする死で悲しませるよりも
「自力で動かすために懸命に生きる君の方をお兄さんは喜ぶと思う」
力になるから
「辛い時は泣き合えばいいし」
文句がある時は言い合えばいいさ
「時にはだらけたって立ち止まったっていいと思う」
休んだらまた前を向いて歩けば良いだけだろ?
…だから生きよう…
「俺達と一緒に」
朔は小さく泣いて
「夏月君って意外と厳しいね」
他力本願って
と言って、微笑むと
「けど、そうだね」
確かに俺が死ぬことで動いてくれる何かを俺は求めていたかもしれない
と言い春彦を見つめると
「力を貸してくれる?」
お願い
と頭を下げた。
春彦も伽羅も悠真も顔を見合わせると頷いて
「「「もちろん」」」
と答えた。
4人は部屋から出るとホテルのフロントで立っている譲とその部下を前に頭を下げた。
春彦は譲に
「すみませんでした」
と言い
「田中のホテルを潰さないようにお願いします」
と告げた。
伽羅も「お願いします!」と告げた。
譲は携帯を手にすると
「春彦さまを無事に保護いたしました」
と言い
「セキュリティーは悪くないようですね」
と告げた。
そして
「懸命で無鉄砲で自由な…誰の影響でしょうか。そう言うところ」
とため息交じりにぼやいた。
春彦はそれを耳に目を見開くと満面の笑みを浮かべた。
朔も前に行くと
「全て俺の責任なので」
と言いかけた。
が、譲は一瞥し
「今回の件は伊藤家への貸しですが…当主の月光様から春馬様へ謝罪の言葉があったので問題なしとご指示いただきました」
ただし
「二度目はないとのことです」
と告げた。
「今後は春彦さまの暴走を止める側に回っていただければ助かりますが」
朔と悠真は顔を見合わせると小さく笑った。
春彦は譲の言葉に「え?」と驚き
「暴走…?」
と顔をしかめた。
伽羅も笑いながら
「時々夢中になるからな春彦は」
と言い
「だけど、それが直彦さんの春彦だと思う」
と小声で呟いた。
その後、それぞれがそれぞれの家族から小言を言われたが新しい気持ちで更に一歩踏み出す決意を固めていた。
春彦は更紗に厳しく
「もし、次こんなことをすれば貴方は家で家庭教師をつけます」
と叱られ
「わかりましたね」
と念押しされた。
春彦は俯き
「以後はいたしません」
さら…
と言いかけて、不意に言葉を止めると
「お、かあ…さん」
と下を向いたまま告げた。
春馬も驚いて紅茶を持ったまま硬直したが
「まあ、悪くないんじゃないか…本当だからな」
と小さくぼやいた。
更紗は驚いたものの
「わかればいいんです、春彦」
と綺麗に微笑んだ。
春彦はコクコクと頷いて伽羅と共に部屋に戻り
「めっちゃ緊張した…というか」
俺言い慣れることできるのかな
と呟いた。
伽羅は驚きながら
「へー、そういう感じなんだ」
俺はお母さんのことずっとお母さんって呼んでたからわからないけど
と笑った。
春彦はそれに笑顔で
「伽羅がいてくれたから…言えたんだ」
と告げた。
「伽羅が言ってくれた通りに直兄と俺も何処にいてもどんな人に囲まれていても」
間違いなく家族だってわかったからな
空には星が瞬き、時が明日への準備を整えていたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。