表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/124

新たな旅立ち

長かった夏のバカンスが終わり久しぶりの家に帰ると春彦は九州へ出立するための準備を行った。


津洗で会った実兄の島津春馬から

「おい、高校への編入手続きも済ませてやったから二学期前には来い」

と早々に連絡を受けたのである。


もちろん、手続きをしたのは島津家の執事である。


春彦は着替えを鞄に詰め込みほぼほぼ準備を終えるとリビングに姿を見せてノートを書いている直彦に声をかけた。

「あのさ、持っていくの着替えだけで良いよな」


直彦はそれに顔を向けると

「ああ、他のモノは向こうで用意されていると思うからな」

あの島津家だ

「服も持っていく必要ないかもしれないけどな」

と告げた。


春彦は直彦の前に座り

「島津家って何?」

俺は知らないけど

「直兄は知ってるんだろ?」

と告げた。


直彦はペンを置いて

「知っているほど言うほどではないが」

と言い

「関東だったら白露とか津村とか」

近畿は葛城と漣だったな

「中部は那須と飛鳥だな」

表立ってはいないが財界と政界に力を持つ家系が幾つかある

「九州では島津だ」

と告げた。


「まあ、北陸の道野とかみたいに途絶えているところも幾つかあるらしいけどな」

俺も隆や白露から聞いただけで詳しくは知らん


春彦は「つまり俺の実家はそういう家だってことなんだな」と呟いた。


直彦はあっさり

「そうだ」

と答えた。


春彦は立ち上がると

「わかった」

ちゃんと俺のルーツを見てくるな

と言い

「それから俺がいない間のことは隆さんに頼んでおかないと」

と呟いた。


直彦は肩を竦めると

「いや、俺の心配はいらん。生活は出来る」

と返した。

が、春彦は

「直兄は料理に関してはダメだろ」

だから

「允華さんにも頼んでおく」

と告げた。


そして腕を組むと

「問題は伽羅だよなぁ」

夢のこともあるし…どうしようか…

と呟いた。


夢を見ることを止めることはできない。

だが伽羅の夢を止めてくれる人がいないのだ。


兄の直彦には止められるだろうが動く時間の制約がある。

ましてやそんな負担をこれ以上兄に掛けるわけにはいかない。


春彦は大きく息を吐き出し

「直兄、準備終わったから今から伽羅と話してくる」

と携帯を手にすると家を出た。


直彦は小さく息をついて「ああ、行ってこい」と見送った。

「確かに料理は出来ないが…コンビニも食べるところもある」

弟にそこまで心配されると些か情けなさを感じないわけにはいかなかった。


その直後、着信を知らせる音が響いた。

春彦は夏の続く晴れ渡った青空のした伽羅を呼び出し、ことと次第を告げたのである。


リバースプロキシ


松野宮伽羅は春彦に呼び出されて高砂駅の近くにあるデパートに姿を見せていた。

二階にあるフードコートである。


伽羅は春彦から話を聞くと暫く沈黙を守った。

唐突な話である。

だが、引き留める権利は自分にはないのだ。


ましてや、今まで孤児として育ってきた春彦が親族と会うというのだから歓迎するべきだろう。


伽羅は長い間の後に

「ごめんな」

と言い

「本当は良かったな行って来いよって言わないとダメだってことは分かっているんだ」

と告げた。


「けど…」


春彦も寂しくないわけではない。

それに伽羅には夢のこともある。

夢を見た後の不安も大きいだろう。


だが、無理に連れて行くわけにはいかない。

伽羅には家族がいるのだ。


春彦は小さく息を吐き出し

「それだよな」

と呟き、下を向いたまま

「あのさ…今から買い物付き合ってくれないか?」

と告げた。


「それでこのまま俺の家に来いよ」


伽羅は顔を上げて

「…ん?」

と曖昧な返事をした。


春彦は立ち上がると

「今日、直兄の誕生日会しようと思っててさ」

本当は一昨日の20日だったんだけど津洗から帰ってきた所で色々忙しかったし

「けど、落ち着いたからちゃんと祝いたいって思ってて」

暫く九州にいくし

と告げた。


「伽羅も一緒にプレゼント選んでくれ」


伽羅は目を見開き

「直彦さんの誕生日…バタバタし過ぎてて忘れてた!」

と叫んでガッと立ち上がると

「俺もプレゼント買う!」

とガクブルと震えた。


「凄くお世話になってるのに…誕生日のぷれ、ぷれ、プレゼント送らないなんて出禁になる」


春彦はプッと笑うと

「直兄は気にしないってというか忘れてるかも知れないくらいだから」

と言い

「けど、一緒に選んでくれると助かる」

ありがとうな

と告げた。


伽羅は笑顔で

「俺こそサンキュ」

と答えた。


二人はその後、意気揚々とデパートでケーキとプレゼントを買って夏月家へと戻った。

「ただいま」

「お邪魔します」

と声を響かせて戸を開けた目の前に見慣れた靴が置いていた。


津村隆が来ていたのである。


春彦は「隆さんが来たんだ」と言い

「ちょうど良かった」

一緒に誕生日会できるな

と告げた。

伽羅も頷き

「そうだな」

と答えた。

が、二人は靴を脱いでリビングに入るとビタッと動きを止めた。


険しい表情の直彦が椅子に座り、振り返った隆の表情も険しかった。


伽羅はケーキを持ったまま

「…は、るひこ」

なんか空気が怖い

とギギギと春彦の方を見た。


春彦はすぅと息を吸い込んで吐き出すと

「なお、兄…何かあったのか?」

と顔を見て聞いた。


直彦はハァ~~~と長い息を吐き出すと

「島津春馬からお前が出て行った後に連絡が入った」

と告げた。


春彦は頷き

「もしかして、やっぱり来るなって話になったとか?」

と呟いた。


伽羅はパァと顔を明るくすると

「春彦」

ときっらきらの目で見た。


隆は頭を抱えるように片手で頭を押さえると

「直彦にも来いと命令してきた」

と告げた。


…。

…。


伽羅はガクガクと

「もっと悪い事態になってた」

と呟いた。


春彦は直彦を見ると

「直兄には仕事もあるし」

俺のためにこれ以上迷惑かけられない

「断って良いから」

と告げた。


隆はちらりと直彦を一瞥し直ぐに春彦に向けると

「島津の命令はそう簡単にお断りできないな」

と言い

「津村の親族になるから下手すると津村と島津の対立になる」

とぼやいた。


春彦はハッと思いつくと

「そうか、太陽ちゃんのお父さんだから…そうなるのか」

と呟いた。


伽羅は「なるほど」と頷いた。


直彦は冷静に

「允華君のアルバイトの件もあるからな」

と言い

「まあ、春彦のことも頼まないといけないから挨拶に行くつもりではいたからな」

と告げた。

「隆も来い」

島津春馬にはホテルを取るように頼んでおく

「それくらいは譲歩するだろ」


隆は一度大きく仰ぐように上を見て

「それしかないかぁ」

と言い

「ミステリー独歩の締め切りにはまだ余裕があるし」

前準備は彼女に任せられるからな

と告げた。


直彦は苦く笑って

「声をかけておいて良かったな」

允華君のことも頼める

と告げた。


隆はぷぷっと笑って

「確かに」

彼女はプロだからな

と答えた。


直彦は春彦と伽羅を見ると

「一週間だ」

一週間だけ九州へ行く

と告げた。


伽羅ははぁ~と大きな溜息を零し崩れ落ちそうになった。

細い蜘蛛の糸も切れた気分である。

が、直彦は伽羅を見ると

「それで、伽羅君はどうする?」

と聞いた。


伽羅は目を見開くと

「は?」

と首を傾げた。


直彦は彼を見て

「伽羅君は夢のこともあるからな」

ただ君の将来のことだから意思を尊重しようと思っているんだが

と告げた。


その意味。

チャンスがあるなら手にしなければ。


伽羅はゴックンと固唾を飲みこむと

「俺も九州に行きます!」

行かせてください!

と告げた。


春彦は驚き伽羅を見た。


伽羅は春彦を見ると

「また夢が本当になって悔やむの嫌だから」

春彦には悪いけど

と告げた。


春彦は首を振ると

「いや、俺もそれ気にしてたからいいけど」

でも

と告げた。


伽羅は直彦を見ると

「それから家族の説得は俺自身がするので…ちゃんと話するので」

説得したら連絡します

と告げた。


「兄もあれから俺のことわかってくれようとしているし…避けていたのは家族だけじゃなくて俺もだって最近思うようになってて」

だから向き合って話してきます


直彦は笑みを浮かべると

「わかった」

説得出来たら連絡をしてくれ

「預かる挨拶はしないといけないからな」

と告げた。


伽羅は頷いた。


春彦は安堵の息を吐き出し

「あ、日にち遅くなったけど直兄の誕生日会しようと思って伽羅と一緒にケーキとプレゼント買ってきた」

と告げた。


隆はホホ―と声を零し

「ちょうど津洗から帰った日がお前の誕生日だったな」

と言い

「27か」

とニヤニヤと笑い

「俺と同じ年になったな」

と告げた。


直彦はそれに

「一か月くらいしか変わらんだろ」

と言い

「伽羅君、春彦ありがとうな」

と笑みを浮かべた。


外はまだ夏の気配が濃く夏雲が大きく天へと伸び始めていた。


伽羅は帰宅して友嵩と話をして友嵩から

「俺に話したように母さんにも話したらいい」

と助言された。


「母さんはお前の夢を怖がっている」

考えれば当たり前の話だろ?

「けどお前は向き合っていこうと言うんだからそのことを言えばいいさ」

親父に関してはダメだったら俺も応援してやる


伽羅は「ありがとう、兄」と答えた。

弟の美広はあっさりと

「九州?」

そうなんだ

「いいんじゃね?」

と告げた。


マイペースなのだ。


伽羅は「弟が一番読めない」と小さくつぶやいた。

が、美広はクルリと伽羅の方を向くと

「俺は伽羅兄のこと凄く恵まれてると思ってるぜ」

と告げた。

「普通なら九州に編入とかさぁ大変なんだぜ?」

でも伽羅兄には助けてくれる人がいるだろ?

「落ち込んでも手を引っ張ってくれる人がいるじゃん」

甘えるだけじゃなくて大切にしなよ


「俺なんかバスケの部長やっててどんだけ部内の調整で苦しんでるか」

まあそれが俺の決めた道だから越えていくしかないけどな

「親父やお袋は話しても当てにならないし」

兄くらいだったな愚痴聞いてくれるの


伽羅は弟の言葉に目を見開くと

「うん、わかった」

美広…凄い大人だったんだな

と感心して呟いた。


美広はそれに

「伽羅兄が子供なだけ」

とビシッと指を差した。


伽羅は笑うと

「ごめんな、頼りない兄で」

と告げた。


美広はあっさり

「真ん中ってそうらしいぜ」

と答えた。


「まあ、頑張ってきなよ」

伽羅兄


伽羅は頷いて

「ありがとう」

と答えて部屋を出た。


本当に自分も家族に背を向けていたのだ。

伽羅は部屋を出てそう感じた。


父親の友広は伽羅の話を聞き

「友嵩も美広も問題なく立派に成長していっているのにお前だけは」

と吐き捨てた。

「俺は仕事で忙しいんだ」

勝手にしろ

「面倒だけは起こすな」

そう告げた。


母親の美加子は俯いたまま口を噤んでいた。


伽羅は二人を見つめ頭を下げた。

そして真っ直ぐ見つめると

「わかった。ありがとう、それから…ごめんな、父さんお母さん」

と告げた。

「ただ一つだけ父さんとお母さんに伝えたいことがあるんだ」

俺ずっと何であんな夢みるんだろうって思ってた

「何で俺だけ見るんだろうって思ってた」


でもそう考えることは止める

「きっと春彦と出会った時から俺自身が変わっていたんだと思う」

夢を見てしまうと思うよりも

「夢を見ることで切ることのできる負の連鎖があるって凄く良いことだと思う事にする」それで、それに向かって頑張ることにする


「将来何になるかはまだ考え中だけど」

でも夢と抱き合いながら生きていく


友広は顔を背けると

「くだらん」

と言い

「勝手にしろ」

と立ち上がった。


美加子は俯いたまま

「気持ち悪かったわ」

とポロリと告げた。

「貴方の言ったことが何時も本当になって…気持ち悪かったの」


伽羅は彼女を静かに見つめた。


美加子は伽羅を見ると

「どうしてこんな子を産んだんだろうって」

と言い手を伸ばして伽羅の髪を撫でた。

「ごめんなさいね」

でも

「強くなったわね」


その春彦君って子と頑張ったら嫌な夢は夢のまま終わっているのね?


伽羅は頷いた。

彼女は微笑むと

「だったら、大切にするのよ」

きっと貴方の守護神だわ

と告げた。


伽羅は涙をボロボロ零すと

「お母さん、ありがとう」

と背を丸めて泣いた。


彼女は伽羅を抱き締めると

「そんなところは小さい頃のままね」

と涙を落とした。


「友広さん、貴方は仕事仕事って伽羅のことで悩んでいた私を振り返りもしなかった」

でも

「結婚した時に幸せな家庭を作ろうねと言ってくれたのは貴方だったわ」


…貴方は幸せ?

「私は幸せじゃないわ」


友広は俯きそのまま座り込むと

「…仕事で、疲れているんだ」

と呟いた。

「毎日毎日人間関係でぐちゃぐちゃして」

売り上げが落ちれば上から言われ

「下に指示すればすぐセクハラだパワハラだと辞めて…こっちが言いたいってな」

だが家では立派な父親でないとだめだし

「息を抜くところもない」


彼女は頷き

「言ってくれたら良いのに」

そういう愚痴も言ってくれたらいいのに

と顔を見て笑みを浮かべた。


「言葉にして」

無視されるよりもずっと良い

「立派な父親より優しい貴方が私は好き」


友広はハハと小さく笑って

「俺の愚痴は長いぞ」

それでもいいのか?

と告げた。

彼女は笑って

「私の愚痴も聞いてね」

と告げた。


友広は彼女と伽羅を抱き締めた。

そして

「九州へ行ってきなさい」

生活費は用意する

「その代わり高校も出て大学へも行くこと」

専攻はお前の好きにしたらいい

「進みたい道の地固めだと思ってそうしなさい」

と告げた。


「挨拶には俺が行くから」


伽羅は頷いて

「ありがとう、父さん」

と告げた。


翌日、伽羅と父親の友広は夏月家へ訪れ話をした。

春彦は伽羅と共に喜び、3日後の25日に九州へと飛び立ったのである。


その機内で伽羅は再び夢を見たのである。

見たことのない教室の中で白いシャツの青年が倒れている夢だ。

直ぐ側の机は血で文字が書かれて汚れていた。


薄っすらと目を開けた視界には伽羅が起きたことに気付いた春彦の笑顔と雲を下にした抜けるような空の光景が映っていた。


その空は鱗のような薄い雲が夏から秋への時の変わりを教えていた。

春彦と伽羅の九州での新しい生活の始まりであった。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があります。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ