夏の盛り1
青い空に青い海。
白亜のデザイナーズホテルは高級リゾート感が溢れ春彦も伽羅も広々としたオーシャンビューのベランダに出ると
「凄い」
「怖いくらい贅沢」
というしかなかった。
直彦は原稿を書きかけのまま春彦を迎えに行ったために現在その続きと格闘している。
バカンスなどどこにあるんだ?という感じで鬼気迫るものがある。
彼に付き添いの津村隆はその隣で原稿のチェックを同時進行でしていた。
『原稿はさせるがバカンスなしでは可哀想だろ?さすがに』と言う事らしい。
春彦は自分と伽羅の部屋に荷物を置くと用意されていた旅っこるるという旅行雑誌を見た。
「20日までいるから色々できるな」
そう告げた。
が、伽羅は少し俯きつつ
「あのさ」
と小さな声で呟いた。
ここへくる道中の車内で見た夢。
言うべきか。
言わざるべきか。
初めて悩んだのである。
だが。
と、意を決すると
「春彦、俺の見た夢をそのままいう」
と前置きして唇を開いた。
「車の中で俺、お前が海の中に沈んでいく夢を見たんだ」
そのお前が見上げる海面に直彦さんがいた
その意味。
春彦はそっと雑誌をベッドに置くと
「うん」
と言い
「でも、俺は直兄を信じる」
とはっきり告げた。
「直兄は俺を絶対に殺そうとしたりしない」
伽羅も小さく頷き
「俺も、そう思ってるだから」
と呟いた。
春彦はにこやかに笑むと
「けど、俺は伽羅も信じてる」
と言い
「もし、直兄ならきっと理由があるはずだし」
としっかり受け止めると携帯を渡して
「これにお前の見た直兄が俺を海に沈める時の状況書いてくれ」
と告げた。
「原因を突き止めて止めてみせる」
伽羅は顔を上げてパァと表情を明るくすると
「わかった」
と携帯に自分が夢で見た直彦の姿を書き始めた。
太陽はゆっくりと海へとその姿を隠し始めていた。
午後7時になると隆は携帯の連絡を受けて部屋で相談をしていた春彦と伽羅に声をかけた。
「春彦君に伽羅君、食事に行くぞ」
声に春彦と伽羅は部屋から出ると直彦と隆に連れられて二階の個室レストランへと入った。
そこに三人の来客が既に待っていた。
直彦は三人のうちの少女を見ると
「太陽」
と名を呼んだ。
少女は椅子から降りると笑顔で駆け寄りじっと春彦を見た。
そして、笑顔を浮かべると
「初めまして、津村太陽です」
とペコリとお辞儀をした。
直彦は春彦を見ると
「俺の娘の太陽だ」
と告げた。
春彦も伽羅も目を見開き同時に同じことを思った。
『あの写真の子だ!』
5月頃に伽羅が見た夢の中の写真に写っていた少女。
結局、隆の姪っ子と言う事で話は終わったのだが…考えれば、そうなのだ。
『隆の妹の清美との間に…』と直彦は告げたのだ。
春彦は一瞬呆然としたものの直ぐに初めて兄の子供と対面するという緊張感が溢れ息を吸い込み吐きだすと
「はじ、めまして…夏月春彦です」
あの…その…か、可愛いね
とシドロモドロと告げた。
…。
…。
伽羅は「春彦何を言っていいのか分からなかったんだな」と即座に理解したが
「俺より今のはチャラい言葉だ」
と心で呟いた。
直彦もどう言っていいのか言葉が出なかった。
『普通の挨拶で良いんだ。普通の挨拶で』である。
隆はその直彦の様子に
「お前の硬直した姿を初めて見たな」
と心で呟いた。
が、太陽はにっこり笑うと
「ありがとうございます」
春彦お兄さまはお父さまによく似てる
と笑顔で告げた。
そして
「春彦お兄さまのこと春彦お兄さまって呼んでもいい?」
そう軽く首をかしげて聞いた。
伽羅は心で
「めっちゃ可愛い」
さすが直彦さんの血を引いてる
と呟いた。
春彦は真っ赤になりながら
「いいよ、もちろん」
俺も太陽ちゃんのこと太陽ちゃんって呼ぶからよろしく
と微笑んだ。
直彦は安堵の息を吐きだすと
「春彦」
と呼び、伽羅の方に視線を向けた。
春彦は伽羅を一瞥して
「あ、俺の友達で松野宮伽羅って言うんだ」
宜しくね
と告げた。
太陽は頷くと
「春彦お兄さまのお友達の松野宮さん…太陽です、よろしくお願いします」
とぺこりとお辞儀をした。
伽羅はにっこり笑うと
「あ、俺のことは伽羅で良いよ」
伽羅お兄さんでも太陽ちゃん可愛いからOK!
とV字を出した。
瞬間に横手から春彦の小さな声が響いた。
「伽羅、直兄の娘で俺の姪っ子だからな」
その意味。
伽羅は直ぐにビシッと敬礼すると
「太陽ちゃん、俺のことは伽羅お兄さんで宜しくお願い致します」
と頭を下げた。
太陽はくすくす笑うと
「はい、伽羅お兄さま、よろしくお願いします」
と答えた。
直彦は春彦と伽羅を見ると
「それから、向こうが白露允華君に隣が月君だ」
お前が前に会った白露の弟君と息子だ
と告げた。
白露允華は立ち上がると
「初めまして白露允華です。俺のことは白露でも允華でも」
と告げた。
白露月も席を立つと
「初めまして白露月です。よろしくお願いします」
とお辞儀をした。
太陽は席に戻ると月の隣に戻って顔を見合わせると笑みを交した。
直彦は席に行きながら
「允華君には俺の仕事のアルバイトをしてもらうから、時々、家に出入りするようになるので頼むな」
と告げた。
春彦は目を見開きながら
「わかった」
と答え
「よろしくお願いします」
と告げた。
隆は一瞬どうなるかと思ったが無事に挨拶が済んだことに安堵の息を吐きだした。
食事の後に春彦は允華と伽羅の三人で他愛無い話に花を咲かせた。
そう、允華は大学生で春彦と伽羅は高校生だ。
春彦は允華を見ると
「允華さんは東都付属大学なんですよね?」
大学ってどういう感じですか?
と聞いた。
「俺、工学部を専攻しようと思っているんですけど」
允華は「そうなのか」と言い
「だったら、俺の親友の晟に聞いた方が良いと思う」
晟は大学で情報処理工学を専攻しているから詳しく聞けると思う
と告げた。
「今日から6日までいるから話し聞いてみる?」
春彦は伽羅と顔を見合わせると大きく頷いた。
「ご迷惑でなければ」
允華は笑顔で
「明日は一緒に海水浴する予定があるからその時に紹介する」
と告げた。
隆はその様子を見ながら
「若者は若者同士だな」
と笑った。
直彦も笑顔で見つめ太陽と月の方を見ると立ち上がった。
「そろそろ、迎えが来る頃だな」
と告げた。
隆も立ち上がり
「そうだな」
と允華たちの元へ行き
「太陽の迎えが来るから…話があるなら月君と允華君は部屋に来るか?」
と聞いた。
允華は月を見ると
「いえ、大丈夫です」
と答え、春彦と伽羅を見ると
「じゃあ、明日の朝に一階のカフェスペースで」
と告げた。
春彦は頷き
「よろしくお願いします」
と答えた。
部屋に戻ると春彦は伽羅の描いた絵を見て
「確かに直兄…だけど…右腕の腕章…って…本当につけてた?」
と聞いた。
伽羅は考えながら
「付けてた…」
とはっきり答えた。
春彦は考えながら
「直兄が腕章って…変だよな」
と呟くと
「腕章を細かく覚えていたら書いてくれる?」
何でもいいんだ
「文字とかマークとか」
と告げた。
伽羅は唸りながら
「確か…九州…コミ…ってこう見えた」
と書いた。
春彦は腕を組むと
「九州コミ…か」
と呟き
「明日それとなく直兄に聞いてみるか」
と告げた。
外では夜の闇の中で波音が響き、人々のざわめきも静寂へと切り替わり始めていた。
リバースプロキシ
翌日は朝食を終えると春彦は伽羅と共に一階のカフェスペースへと向かう予定であった。
が、朝食の席で予定の変更を直彦から告げられたのである。
直彦はコーヒーを口に運びながら
「春彦、允華君たちと会うときに他にも合わせたい人がいるから一階のカフェスペースに一緒に行くことになった」
そう告げた。
春彦はパンを飲み込むと
「わかった」
と答えた。
そして、例の疑問を聞いたのである。
「そう言えば、直兄の仕事に九州関連ってある?」
直彦はパンを食べながら春彦に顔を向けると
「九州?…ないがどうした?」
と聞いた。
春彦は「うん」と答え、ちらりと伽羅を見た。
全てを話すべきか、黙っているべきか。
恐らく兄が自分を海に沈めて殺そうとすることはない。
事故ならば別だが。
直彦は考えに耽る春彦に
「言いたくないなら言わなくていい」
言いたいなら言え
ときっぱり告げた。
「言わないなら先の言葉は忘れる」
春彦はその言葉に意を決すると
「実は伽羅の夢で俺が海に沈められるところを見たらしい」
と言い
「その時直兄が九州コミって書いている腕章をつけていたって聞いたから」
と説明した。
隣でコーヒーを飲んでいた隆はちらりと直彦を見た。
直彦は冷静に
「なるほど」
と答え
「難しい問題だな」
と告げた。
「伽羅君の夢は通常ならほぼほぼ起こりえるものだが、現時点において俺にお前を殺す理由も気持ちもない」
春彦は冷静に
「だよな」
と返した。
直彦は春彦を見つめ
「だが、偶発的か何かの理由でそういう事になってしまう可能性までは否定できない」
と告げた。
春彦は頷き
「確かに」
と理解を示した。
伽羅と隆は思わず
「「お前ら冷静過ぎるだろ!!」」
そう心で叫んだのである。
直彦はふむっと息を吐きだすと
「取り合えず、俺は九州こみの腕章をしないように気を付ける」
と言い
「お前は俺が腕章をつけていたら理由を尋ねろ」
と告げた。
春彦は腕を組み
「わかった」
直兄が俺を殺すわけないし
「海に沈めようとするのに理由があるかもしれないからその時は聞いてどうするか相談する」
と呟いた。
「今回は奇妙な夢の解決方法になるよな」
直彦も腕を組み
「そうだな」
と告げた。
隆は二人の相談が済むと
「そろそろ行かないと到着するぞ」
と告げた。
直彦はそれに
「そうだな」
と答えた。
春彦は「あ」と言うと
「そうだ、伽羅と大学の事を聞く予定だったんだけど…時間あるかな?」
と聞いた。
直彦も「ああ、再来年は大学だったな」と言い、不意に
「だが春彦…お前はお前の本当に行きたい道を選べ」
それが
「俺の願いだ」
と告げた。
「俺の小説が売れている間は生活の心配は必要ない」
それよりも
「俺はお前が未来であの時こうしてればよかったと思ってほしくない」
春彦は目を見開いて直彦を見た。
隆は静かに笑むと
「そうだな」
直彦にしても白露にしても俺たちの仲間は全員ほとんど選択筋がなかったからな
と言い
「春彦君も安定した生活が直彦を助けると思っているかもしれないが」
そうじゃないかもしれないな
と告げた。
春彦は戸惑いながら
「…う、ん…けど…今まで俺ずっとそう考えてきたから」
と言い視線を彷徨わせた。
ずっと。
ずっと。
安定した生活で直兄に楽をさせるのだと思っていたのだ。
だからIT関連の仕事に進もうと思っていた。
その為にプログラミングの勉強もしてきたのだ。
直彦はふっと息を吐きだすと
「ま、まだ時間はあるし、ここでゆっくりするから考えればいいだろ」
と笑んだ。
「本当に何をしていきたいか」
いい機会だ
「考えろ」
春彦は小さく頷いて
「俺、先に降りておく」
と言い、伽羅を見た。
伽羅も立ち上がると
「じゃあ、先に俺達行ってきます」
と告げて、春彦と共に部屋を後にした。
そして、部屋を出ると
「大丈夫か?春彦」
と呼びかけた。
自分が知る限り春彦はずっと『安定した生活で直兄に楽させる』がモットーだったのだ。
その為に勉強してきたことも知っている。
伽羅は足を止めるとエレベーターの手前で
「あのさ、春彦」
と呼びかけた。
春彦は振り返ると
「何?」
と聞いた。
伽羅は笑顔を見せると
「俺も一緒だからな」
と告げた。
「もし考えてやっぱりITの仕事が良いって思えば直彦さんも『そうか』って言うと思うぜ」
考えるチャンスをくれたんだ
「良かったな」
春彦は驚いて目を見開くと
「…そう、だな」
と呟いた。
伽羅は春彦の肩を叩くと
「そういうのも聞いてみようぜ」
允華さんたちに
と言った。
春彦は笑顔を見せると
「ああ」
と答えた。
「そうだよな、俺は自分でしっかりしてきたつもりだけど…」
本当はそう言うところさぼっていたのかもしれないな
「直兄を理由に自分で自分の未来を考えることをさぼっていたんだな」
春彦はそう考え、親友の伽羅の方がずっとその部分では先を行っていたのだと理解した。
一階のカフェでは白露允華と月、そして、白露元が待っていた。
春彦は伽羅と共に彼らの下に行くと
「兄と津村さんはもうすぐきます」
と告げた。
白露元は「そうか」と言い入口のフロントチェックに目を向けた。
そこに末枯野剛士と東雲夕弦と夕矢の三人が姿を見せたのである。
同時にエレベーターから直彦と隆が降りて彼らの元へと現れた。
直彦は元に目を向けると小さく頷き末枯野剛士と東雲夕弦と夕矢に目を向けた。
「久しぶりだな、末枯野に東雲」
と呼びかけた。
剛士は笑みを浮かべ
「久しぶりだな」
と言い、夕弦に目を向けた。
9年前のあの日。
自分が彼女を引き留めなければ…と、ずっとずっと後悔し続けてきた。
彼女を死へと導いたのは自分なのだ。
夕弦には紡ぐ言葉が見つからなかったのだ。
夕矢は兄の苦しむ姿に唇を噛みしめるとスッと直彦を見た。
「夏月先生…初めまして」
直彦は夕矢に目を向け
「確かに会うのは初めてだな」
夕矢君
と告げた。
夕矢は携帯を取り出すと一枚の写真を見せて
「兄貴は本当はちゃんと乗せようとしてたんだ」
先生から奪おうとしてたんじゃないんだ
と告げた。
夕弦は驚いて夕矢を見ると
「夕矢…お前」
と言い携帯を見た。
夕矢は真っ直ぐ直彦を見つめ
「これ、引き留めようとしていたら彼女の腕を握っているけど…兄貴の手は握ってない押しているんだ」
だから
「兄貴は先生の恋人を奪ってないんだ」
と訴えた。
直彦は写真を見て静かに笑むと
「確かにそうだな」
安心してくれちゃんと分かっている
と言い、隆から一枚の封筒を受け取った。
「東雲に白露…それに末枯野」
お前たちにこれを見せようと思って集まってもらったんだ
「清美が残してくれた手紙だ」
直彦はそう言って夕弦に渡した。
「この手紙を手にできたのも、お前の弟君のお陰だ」
あの場所へ行く勇気をくれた
夕弦は夕矢を見た。
夕矢は慌てて
「あー、違う。俺は頼まれただけ」
それに
「あの場所を突き止めれたのも兄貴のお陰だし」
と俯きながら告げた。
夕弦は手紙を開けるとゆっくりと目を通した。
懐かしい。
自分がかつて愛した女性の文字であった。
『直くんへ
この手紙を読む頃には私はこの世にはいなくなってるね』
その言葉から始まっていた。
彼女は親友を愛していた。
それでも自分は彼女を愛した。
だから、若気の至りで早まったことをしようとしたのだと止めに行ったのだ。
けれど
『私のお腹の中には直くんの子がいるの!産みたいの!』
結婚したら無理やり降ろされるかもしれない…そういう家なのだ。
本当の理由を知り乗せようとしたが時が遅かったのだ。
『東雲君は私をあの列車に乗せようとしてくれたの。
止めようとしたけど理由が分ったら乗せようとしてくれたの。
だから直くんはちゃんと絆を繋いでいてね』
直彦は夕弦が手紙を握りしめて涙を落とすと
「すまなかった…俺はずっとお前や白露に会わないことできっと復讐をしていたんだと思う」
清美は最後まで
「東雲君や白露君や末枯野君を呼んでみんなで会おうと言っていた…作れなかったが四人が暮らす家で」
だが
「俺は会わないことで心の折り合いをつけてきたんだ」
と夕弦の髪に手を伸ばした。
「許してくれ」
夕弦は首を振ると
「違う!俺が…あの時、引き留めようと駅に行かなかったら…朧は今もお前の横で笑っていた」
俺が朧を殺したんだ
「ごめん、夏月…ごめん」
と顔を伏せた。
直彦は夕弦を抱き留めながら元にも目を向けると
「白露、お前もずっと苦しみ続けていたのにすまなかった」
と告げた。
元は首を振ると
「俺は朧を守ってやれなかった」
お前が俺を恨むのは当然だ
と告げた。
剛士は三人が抱き合うのを見て笑みを浮かべた。
9年かかったのだ。
三人が三人とも苦しみもがき続けてきたのを見てきた。
允華は兄の元のロボットのような仮面が落ちていくのを感じて笑みを浮かべた。
やはり、最初の妻である義姉を死なせてしまったことがずっと兄を苦しめ、そして、そうさせた家の復讐へと駆り立てていたのだ。
じっと見つめる月の頭を撫でて彼が自分を見ると笑みを浮かべた。
夕矢も笑みを浮かべると零れそうになる涙を手で鼻を擦ることで抑えた。
ずっと胸の奥に残っていた伏せられたあの写真。
きっと家に帰れば兄は普通に飾って見つめるのだろう。
そう思うだけで涙が溢れそうだった。
春彦と伽羅も顔を見合わせると笑みを交して直彦と隆を見た。
知らなかった兄たちの時間を垣間見た気がしたのである。
ただ。と春彦は思うと目を細めた。
白露元が言った『俺は朧を守ってやれなかった』という言葉。
『俺が朧を殺したんだ』と言った東雲夕弦の言葉。
兄が愛した女性の死に何があったのか。
そうは思ったものの直彦が何も言わない限り足を踏み込めないと感じたのである。
一通りの挨拶が終わると春彦は允華を見て
「あの昨日言った大学の話を聞いても良いですか?」
と聞いた。
允華は頷くと
「ああ、晟も呼び出すから話を聞いてくれ」
と告げた。
それに夕矢が
「大学って、允華さんは大学生?」
と聞いた。
允華は「大学二回生だけど」と笑って答えた。
夕矢は慌てて
「おお!じゃあ、俺も話聞きたい!!」
来年受験だし
と告げた。
それに伽羅が
「ってことは、春彦と俺と同い年!!」
とスウィングした。
夕矢と春彦は顔を見合わせると
「「おお!!」」
と声を零した。
夕矢は腕を組み
「けど、俺…まだ何になりたいか決まってないんだよなぁ」
とぼやいた。
末枯野剛士は『シェフ』だ『探偵』だというが…まだ全然未来が見えていない。
春彦は笑みを浮かべると
「俺も同じだな」
と答えた。
「ずっと安定したITの仕事と思っていたけど本当にどの道を進みたいかを考え直そうと思ってる」
伽羅も「俺もテストの赤点があるからなぁ」とぼやいた。
允華は笑い
「俺も同じだよ」
今までずっと後ろを向いてきた
「だから、この夏を切っ掛けに踏み出そうと思ってるけどね」
と答えた。
「その一歩に春彦君のお兄さんの夏月先生のアルバイトにしたんだ」
春彦は笑むと
「直兄から聞きました」
宜しくお願いします
と頭を下げた。
直彦たちは個室レストランで積もる話をすると言ってレストランへ向かい、春彦たちは允華の友人の泉谷晟を交えて大学がどういうものかを聞いた。
晟は春彦と伽羅と夕矢の話を聞き
「俺はゲームが好きだから作る方に回りたいなぁと思って情報処理を取っているんだけど」
プランナーも良いかなぁとも思ってる
と告げた。
「ただ大学って単位制だから一、二年の間はとにかく単位とりだよな」
必要ないかなぁと思うのもあるけど
「単位取る為に取ってる部分もあるな」
允華、と呼びかけた。
允華は頷くと
「そうだね」
俺の場合は先を決めてじゃなかったけど
「本を読むのは好きだったから」
と告げた。
「今回、夏月先生のアルバイトが出来るのは凄く助かった」
それに晟が笑いながら
「やっぱり知り合いだったんじゃん」
と言い
「けど、確か夏月直彦って推理モノ書いているんだろ?」
お前そういうの得意だから良かったな
と告げた。
春彦は允華を見て
「そうなんだ」
と呟いた。
晟は大きく頷き
「俺なんかゲームで何時も助けられててさぁ」
この前も
「九州コミュニティー放送局ってところで事件が起きたって設定で推理クイズが始まってさぁ」
と話を続けた。
春彦は目を見開くと
「九州…コミュ…ニティー放送局…」
と小さくつぶやいた。
偶然なのだろうか。
それとも。
夕矢もまた首を傾げ
「九州…コミュニティー放送局…」
と呟いた。
先日、兄の夕弦と見ていたニュースの事件の現場も同じような名前であった。
「あれも九州コミュ…なんとかだったよな」
と小さな声で呟いた。
あの事務所を見て違和感を覚えた。
いや、行動表に『資料室』と『機材室』と『退社』は張っていたが、ぽつりぽつりと抜けて空白だった人の場所があった。
だから、『ちゃんとしていない人がいる職場なんだなぁ』と思ったのだ。
晟が事件のあらましを説明すると春彦は
「確かに、凶器が鉄製の棒状のモノなら機材の準備をしていた恩田さんなら廊下の防犯カメラに写ってても怪しい人と思われないという状況的にはそうだと思うけど」
その恩田さんって人が金森さんって人を襲った理由は何だろ?
と呟いた。
允華は不思議そうに春彦を見た。
「理由?」
春彦は頷くと
「社内の人が犯行に及ぶとしたら理由がないと襲わないと思う」
人は何かそうしなければならない理由があって行動するから
「理由が何なのかなぁって思ったんだけど」
と告げた。
「今まで伽羅が見てきた夢の事件には必ず『何故そうするのか』っていう理由があったから」
社内の人が社内の人を襲うのにも理由がないと
允華はふむっと考え
「確かにそうだよね」
俺は考えたことなかったけど
と呟いた。
晟は腕を組むと
「まあ、クイズだからな」
そこまで深く掘り下げて作らないだろ?
「トリッククイズは」
と告げた。
伽羅もポンと手を叩くと
「確かに!」
と告げた。
夕矢はぽつりと
「でも、その打ち合わせに犯人が電話したのが実は『打ち合わせが行動表に書いていなくて知らなかったせいだった』ので実は偶々じゃなかったってあるのかな?」
と呟いた。
允華と春彦は夕矢を見ると
「「なるほど」」
と同時に呟いた。
夕矢は慌てて
「あ、いや…この前見たニュースの画面でそういう行動表を見たから」
そう言うのありかなぁって
と告げた。
晟と伽羅は
「「三人とも推理談議になると饒舌だな」」
と同時に告げた。
春彦も允華も夕矢も同時に目を見開くとケタケタ笑った。
しかし。
その事件がまだ終わりを迎えていなかったことをこの時彼らは知る由もなかったのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があります。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。