表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバースプロキシ  作者: 如月いさみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/124

真実を知る人

その来客は思わぬ客であった。

「…夏月春彦…さん?」

それに

「君は松野宮伽羅君」


彼女は驚いた表情で言い笑みを浮かべた。

「その節はお世話になりました」


春彦も伽羅も驚いたものの笑顔で

「「元気になられて良かったです」」

と答えた。


平水万里江。

数か月前に伽羅が彼女の関わる夢を見て解決したことが彼女との縁であった。


春彦は不思議そうに

「それで、平水さんはどうして島津家に?」

と問いかけた。


島津家の応接室での話であった。


リバースプロキシ


その答えを口にしたのは彼女を春彦と伽羅に紹介した三歳上の兄の春馬であった。

「俺の仕事だ」

カメラの方のな


それに春彦は驚いて

「え!?本当にカメラマンだったんだ!!」

と思わず声を漏らした。


春馬は顔をしかめると

「あぁ!?カメラの知識なしでどうして九州コミュニティー放送局のロケハンにカメラマンでいけるんだ!?」

ざけんな

と怒った。


万里江はくすくす笑いながら

「でも、夏月さんと松野宮君はどうしてこちらに?」

と聞いた。


それには春馬が腕を組んで

「…ユーチューブの撮りのときに平水が俺に凄く似ている子に助けられたって話をしただろ」

写真を見せて

と告げた。


万里江は頷いて

「ええ、島津くんと凄く似ていたから」

でも島津君の方が乱暴者だけど

と小さく笑った。


春馬は罰が悪そうに頬を染めながら

「まあ…こいつの方が表面は確かに大人しそうだがな」

けど突拍子もねぇのは春彦だからな

と告げた。

「それで、俺に行方不明の弟がいたから調べさせたら…こいつがその弟だったって分かってな」


万里江は驚いて

「…そう、だったの」

と春彦を見た。


春彦は頷いて

「そうでした」

と答えた。


万里江は戸惑いながら

「その、私…」

と言い淀んだ。

自らの言動と行動で春彦の境遇を大きく変えてしまったことに気付いたからである。


彼が東京での家族を凄く大切にしていたことも赤阪瑠貴や神守勇を通じて知っていたからである。


春彦はそれに笑顔を浮かべると

「気にしないでください」

俺は自分のルーツを知れて良かったと思っているし

「勇ちゃんとも連絡取り合っているし」

場所や周りが変わっても

「俺は俺だから…直兄の弟であることは変わらない」

本当の家族が分って家族が増えたってことだから

と告げた。


万里江は微笑むと

「強いのね」

と告げた。


春彦は首を振ると

「助けてくれる…引っ張ってくれる友達がいるから」

前を向いていられるだけです

と返した。


春馬はふっと笑って

「少し前まではホームシックで部屋でワンワン泣いていたが」

まあ強くなってもらわねぇとな

とぼやいた。


春彦と伽羅は同時に

「「見抜かれてたんだ」」

と思った。


春彦は二人を見て

「じゃあ、俺達はこれで」

頑張ってください

と部屋を出た。


人の繋がりとはどこで結ばれているのか。

分からないものである。


伽羅は春彦と共に春彦の部屋に入ると

「びっくりだよな」

と告げた。


春彦も頷いて

「だよな、まさか平水さんと春馬さんが…」

確かに平水さんはユーチューブで流す映像をプロに頼んでるって感じだったからな

とぼやいた。

「春馬さんはフリーカメラマンだし」


二人は顔を見合わせて笑うとベッドに転がった。

二人が西海道学院大学付属高校に通い出して一か月が過ぎ、10月最初の土曜日であった。


9月の騒ぎから伊藤朔と田中悠真と4人で会うときは島津家を利用することになり、今日も午後から二人が遊びに来ることになっている。


母親の更紗はその方向で落ち着いたことに安堵し悠真のホテルに関しても島津の関連の人間に利用するように指示を出していた。


平水万里江に関してもKyuoホテルに春馬が部屋をとったのである。


秋の心地よい日差しが窓から射し込み寝ころぶ二人の身体を温かく包み込んでいる。

春彦も伽羅も小さく欠伸をするとウトウトと眠りに落ちた。


その眠りの中で伽羅は一つの光景を見つめていた。


騒めく木々の梢の音に色づき始めた葉が風に舞って落ちてくる。

一枚。

二枚。

空は薄暗く何処かで遠雷の音が聞こえていた。


その中を一人の人物が土を掘っていた。

その背後に人影が現れ振り返って笑みを浮かべた人物を…。


伽羅はカッと目を開けると

「うぎゃぁ!」

と声を上げた。


横で寝ていた春彦は驚いて飛びのくと

「伽羅…心臓に悪い」

と訴えた。


伽羅はコクコクと頷き

「ごめん、俺…すげぇ怖いの見た」

とガクブルと震えた。


春彦は固唾を飲みこみ

「わかった」

取り敢えず落ち着いて話してくれ

と言った時に背後でノックの音が響いた。


武藤譲であった。

「春彦さま、伊藤朔さまと田中悠真さまがご到着されてました」


固まったまま数秒の間を開けて春彦は寝起きの頭で

「…あ、分った、迎えに行くので」

と伽羅を見ると携帯を渡し

「俺は二人を玄関まで迎えに行って部屋に連れてくるから」

伽羅は描いててくれ

「話はあとで聞く」

と告げた。


伽羅は携帯を受け取りコクコクと頷いた。

春彦は頷いて踵を返すと武藤譲と共に友人の二人を出迎えるために玄関へと向かったのである。


リバースプロキシ


母親の更紗は春彦が友達を家に招く形にしたことで言葉通りに丁寧におもてなしをするように家政婦や執事に指示を出した。


それは春馬の客人と何ら変わりのないもので春彦の部屋に入るとお茶と菓子が必ず準備されていた。


勿論有名店の一級品である。


朔は春彦の部屋のソファに座り

「いつも悪いね」

俺が次男じゃなかったら

と小さくつぶやいた。


悠真はあっさり

「いつもホテルのご利用ありがとうございます」

とどこの営業マンだという具合に言い

「島津と伊藤のお陰でホテル経営も安定してるって親父が喜んでいた」

と告げた。


そして、ベッドに座って懸命に携帯に絵を描いている伽羅を見ると

「もしかして、松野宮」

例の何の得にもならない夢見たのか?

と聞いた。


何の得にもならないって…と伽羅と春彦は同時に心で突っ込んだ。

が、朔は小さく笑みを浮かべ

「けど、俺は松野宮君の夢のお陰で今こうして元気だし」

みんなと楽しくできてるから

「感謝してるかな」

と告げた。


悠真はそれに

「まー、俺もそうだな」

と告げた。


伽羅は二人の言葉に笑みを浮かべると

「そう言ってもらえると俺すげぇほっとする」

ありがとうな

と言い

「そう言う風にもっていってくれる春彦にはすげぇ感謝してる」

と答えた。


春彦は首を振り

「助かってるのは俺の方だから」

と言い

「それで描けたのか?」

と聞いた。


伽羅は頷いた。


春彦は「わかった」と答え

「後で見るな」

と告げた。


それに朔が

「今、見ようよ」

俺も悠真も九州の事だったら島津君や松野宮君より詳しいから力になれるかもしれないし

と悠真を見た。


悠真はへーへーと言いながら

「また、俺の家のホテルをピンチにしないでくれよ」

暴走してさ

と告げた。


春彦はフムッと考え

「暴走…」

と考えた。


悠真はハッと思いついたように

「なぁ、いっそのこと」

探偵になったらどうだ?

「金になるかもな」

と言い

「松野宮は専属絵師だ!」

どうだ?

とビシッと指を向けた。


朔がそれに

「事件前だし…依頼じゃないから仕事として成立しない気がするけど」

でも松野宮君は確かに絵が上手だし悪くないんじゃないかな?

と答えた。


悠真は「なるほど」と納得すると

「夏月はアウトで松野宮は画家な」

とあっさり方向転換した。


伽羅は悠真の転身の早さに

「はやっ!変わり身はやっ」

と叫んだ。


春彦は苦笑を零しつつ

「じゃあ、伽羅頼む」

と告げた。


お茶と菓子が置かれたテーブルを挟んで伽羅が中央に春彦の携帯を置いた。


伽羅は一枚目を見せて

「これ」

と指を差した。


それに朔が顔をしかめて

「一色一颯…」

と呟いた。

悠真は腕を組むと

「あれから静かだと思っていたら、とうとう…」

と呟いた。

が、伽羅は首を振ると

「この一色君が何処か掘っててそこへ」

と指を動かして二枚目を出すと

「この人が現れて一色君が笑って振り返ったらガツンってこの人が叩いて…その後…」

と小さく震えた。


「夜で月が出てその下でだったし、すっごく怖かった」


悠真はそれに驚いたように

「あ、ちょっと待てくれ」

と言う事は

「つまり、一色は被害者か?」

と問いかけた。


伽羅は頷いた。

「そう」


朔は視線を伏せつつ

「そうなんだ」

と呟いた。


春彦は考えながら

「問題は幾つかあるよな」

犯人の顔に見覚えが無いから調べないといけないってことと

「一色君が掘っていたのは何か?どこか?」

それと犯人との関係だよな

と腕を組んだ。


伽羅は春彦を見ると

「それな」

と言い三枚目を出した。

「こんなところ」


…。

…。


三人とも絵を見て目を点にした。


朔は冷静に

「どこかの岩?崖?の下ってことは分かるけど」

特徴的な感じじゃないから

と呟いた。


悠真はムムと

「山探索か?」

と呟いた。


春彦はジーと見つめ

「恐らく湾曲している崖だと思う」

と告げた。

「しかも高さありそうだよな」


人物との対比からそう告げたのである。


悠真はじっと見つめ

「確かにそうだな」

人物が小さいけど崖の上は描かれていないからな

と告げた。


朔は息を吸い込むと

「本音を言えば僕は一色を助けたいとは思わないけど」

と言った。

「だけど、三人は助けるつもりだろ?」


悠真は「まあ」と言い

「性格悪いけど…見殺しにはなぁ」

と呟いた。


伽羅も「俺も、そのために夢を見ていると思うんだ」と告げた。


春彦は朔を見て

「俺も心配なのは心配だ」

彼がしてきたことを考えると助けたことで

「嫌がらせされたりする人が出ると思うと」

だけど

「助けないともっと後悔する気がする」

だから彼を助けて彼が誰かに嫌がらせをしようとしていたら

「それも食い止める」

と告げた。

「伊藤君は、嫌か?」


朔は三人に見られて

「あの時までの俺だったら嫌だって言ってたけど」

今は三人がいるから大丈夫

「協力するよ」

と答えた。

「許せないことは許せないけど…見殺しにしたら俺は一色以上の嫌な奴になる」

それに

「これを切っ掛けに神宮寺と一色を分かつ手立てになればいいし」


それに三人ともが頷いた。


春彦は彼らを見ると

「先ずは一色君が何を掘ろうとしているのか探るところからだな」

と告げた。


「素直に聞いても話してくれないだろうし」

絡めてを考えないとな

「一色君が言う事を聞きそうな相手だな」


悠真はあっさり

「そりゃ、神宮寺凛だな」

一色は神宮寺には逆らわないさ

と告げた。


朔は頷き

「そうだね、一色は神宮寺家の盾があるから存続しているようなものだからね」

と告げた。


春彦はフムッと考えて

「神宮寺凛か」

そこからだな

と呟いて、そっと窓の外を見た。


「問題は何時の夜か…だよな」


今日か。

明日か。

それとも、何か月も先か。


春彦は伽羅の描いた絵を見つめ「ん?」と顔をしかめた。

そして、絵を指差し

「そう言えば、一色君は制服着てるけど…俺、彼がこの靴履いているの見たことないな」

と呟いた。


それに悠真は覗き込み目を見開いた。

「おお!これ10月10日に発売予定のアンダススーパーの靴だ」

かっこいいから俺チェックしてた


春彦はそれに

「だとしたら、10日以降ってことになるな」

と言い

「後一週間少しか」

それまでに突き止めないといけないってことだな

と告げた。


朔は春彦を見て

「じゃあ、俺は神宮寺に声をかけて見る」

上手くいったら三人を紹介するよ

「一応、特別な家の幼馴染にはなるからね」

と告げた。


春彦は頷くと

「ありがとう、伊藤君」

と告げた。


朔は笑顔で

「いいよ、協力するって決めた以上はするよ」

と答えた。


悠真は携帯を手に

「じゃあ、俺は少しこういう風景のところ探してみるか」

ホテルだから観光地情報は集まっているからな

と告げた。


春彦は頷いて

「田中、ありがとう」

と言い、伽羅と顔を見合わせて

「じゃあ、俺たちはこの知らない人を探してみる」

と告げた。


悠真はふぅと息を吐き出すと

「それでGoだな」

と告げた。


4人はそのご菓子を食べながら他愛無い話をして夕方に解散した。


春彦と伽羅も朔と悠真が帰ると更紗と三人で夕食をとった。

春馬は万里江と食事をするために護衛を連れて島津家のレストランへと出かけたのである。


幾ら伽羅と春彦と知り合っていたとしても一緒に食事をするというわけにはいかなかった。


その後、春馬と島津家へ寄った万里江は春彦と伽羅に

「東京へ戻って神守さんにあったら二人とも元気だったと伝えておくわ」

と笑顔で去って行った。


10月にもなると日暮れも早く彼女が去った時には街は真っ暗になっていた。

春彦は自室で一人になると携帯を手にした。


万里江と会ったからというわけではないが、神守勇にLINEを入れたのである。

『お久しぶり。勇ちゃんは元気にしてる?俺は元気にしてるよ。今日平水さんと会ったんだ』

『東京に帰ったら会おうな。飛んでいくからな』


春彦はLINEの画面を見て

「元気にしてるかなぁ」

と頬を染めながら考えていた。


神守勇からの返事は早かった。

『春彦さん、先月偶然に白露允華さんと会いました。その後に直彦さんに呼ばれてお邪魔しました』

『そうそう、春彦さんが帰ったらレンジがレベルアップしているよ(*´ω`)』

『直彦さんの食事は允華さんのお友達の泉谷晟さんと茂由さんが作ってます』

『私も春彦さんが東京に帰ったら会いに飛んでいきます☆彡待ってるよ』


春彦はふわりと笑って

「俺も飛んで会いに行くからな」

と呟いた。


そして、直彦へと連絡を入れた。

直彦は着信音にパソコンの手を止めて携帯を手に取った。

「どうした?春彦」


呼ばれ春彦は笑みを浮かべると

「ん、勇ちゃんから直兄がちゃんとご飯食べてるって聞いて安心してた」

と告げた。


直彦はふぅと溜息を零すと

「こっちは大丈夫だ」

お前はどうなんだ?

と聞いた。


春彦はそれに

「うん、あのさ。夜にわざわざ掘りに行くものって…隠しているモノだよな」

と聞いた。


直彦はフムッと考え

「伽羅君の夢か」

と呟き

「そうだな、人に知られると都合が悪いものだな」

本人のモノなら不正をして手に入れた金とかそう言うものとか

「他人のモノなら脅しのネタとかかもしれないな」

と返した。


春彦は「そうだよな、確かに」と呟き、目を細めると

「そうか、そう言う事かもしれないな」

というと

「ありがとう、直兄」

と言い、不意に

「そう言えば、園に貰われる前の俺たちの苗字って野坂だったよな」

と聞いた。


直彦は「ん?」と聞き返し

「ああ、そうだな」

母さんの名前が野坂由以だったからな

「まあ、育ての親だったけどな」

と返した。


春彦は目を見開くと

「育ての親?」

直兄の本当のお母さんじゃなかったのか?

と聞いた。


直彦は机の本当の両親の写真を見ると

「ああ、戸籍上は俺の本当の親になっているし俺もそう思っていたが…園長の手紙で」

お前に渡した写真と一緒に俺の本当の両親の写真も入っていたんだ

と告げた。

「写真だけで名前も何もわからないから今更だがな」


春彦は思わず携帯を落として直ぐに拾うと

「ごめん、直兄…あのさ」

直兄の本当の両親の写真を写メで送ってくれないか?

と告げた。


直彦は「ああ、分った」と言い

「更紗さんは俺の出生に興味があるみたいだからな」

何か言われたのか?

と返した。


春彦は首を振ると

「いや、違うんだけど」

と返し

「ちゃんと確認したら話す」

と告げた。


直彦は頷くと

「わかった」

と返し

「春彦、ちゃんと先の事も考えるんだぞ」

将来どう生きていきたいかをな

と告げた。


春彦はバタバタして忘れかけていたことを思い出し

「うん、わかった」

ありがとうな、直兄

と言って通話を切った。


直彦からLINE経由で写真が届いたのは直ぐであった。


赤子の直彦を抱いている女性と笑顔で写っている男性は伊藤朔が以前に見せた写真に写っていた人物であった。


春彦は携帯を机に置くと窓際に立ち空を見上げた。

「直兄…」

春彦の中で全てが一本の糸でつながったのである。


しかし、27年前に起きたことを考える全てを無防備に明らかにする危険を考えずにはいられなかったのである。


その時、伽羅が姿を見せた。

「春彦」


呼ばれ振り向くと

「伽羅、どうかしたのか?」

と聞いた。


伽羅は春彦の顔を見て

「今日見た夢のことが気になって」

と言い

「それより、何かあった?」

と聞いた。


春彦は頷き

「うん」

と答え

「直兄に電話して事件の事を聞いたんだ」

と言い

「…それで」

と言葉を止めると目を見開いた。


「そうか、その恐れがあるかも」


春彦は伽羅を見ると

「悪い、そこで待っててくれ」

というと携帯を手に伊藤朔に電話を入れた。


朔は着信に応答ボタンを押すと

「島津君どうしたの?」

と聞いた。

春彦は横目で伽羅を見ながら

「神宮寺君に一色君の探りを入れるのを待って欲しいんだ」

と告げた。


朔は不思議そうに

「何故?」

と聞いた。


春彦は息を吸い込むと

「実は」

と言葉を続けた。


そして、最後に春彦は

「この前に見せてもらった伊藤君のお父さんの写真をもう一度見せてもらいたいんだけどいいかな?」

と付け加えた。


朔はあっさり

「構わないよ」

と答え

「今度、島津家へ行くときにもっていく」

と告げた。


春彦は頷いて

「ごめんな、ありがとう」

と答えて、通話を切った。


そして、座って待っていた伽羅を見ると

「直兄と話をしてて…一色一颯が掘っていたものが誰かに都合の悪いものとして」

それは誰かって考えたんだ

と告げた。


伽羅は頷いた。


春彦は窓を見て空に浮かぶ月に目を向けると

「俺を蹴った翌日休んでから一色君ずっと静かだっただろ」

恐らく神宮寺から話があったんだと思うんだ

と告げた。

「つまり、一色と神宮寺家の間に溝があるって状態だと考えたら」

一色がその都合の悪いものを掘り脅す相手が神宮寺の可能性もあると思うんだ


伽羅は考えながら

「確かに、そうかも」

と呟いた。

「だとしたら、そんな話持ち掛けたら…反対に一色君が危なくなるってことになるよな」


春彦は頷き

「そうなんだ」

と言い

「そうじゃないかもしれないけど…危険が伴う以上は避けておいた方が良いと思って」

と告げた。


そして、ベッドに腰を下ろすと

「問題は…それをどう突き止めるかってなるんだよな」

このままじゃ八方ふさがりになる

と呟いた。


伽羅も顔をしかめると

「俺が見たのは夜で一色君が何かを湾曲した崖の下を掘ってて…後でやってきた人に振り返って笑みを浮かべるとガツンって叩かれるってところだけだからな」

と呟いた。


春彦は頷き

「何を掘っていたのか。後でやってきた人は誰なのか。場所は何処なのか」

と呟いた。

「一色君が後でやってきた人を脅すために掘っていたんだろうことは想像できる」

それは一色君が相手を言いなりにさせるため

「つまり今までのようにやりたいようにやるため」

そういう都合の悪い秘密を持っているのは

「俺が知っている範囲では神宮寺家なんだよな」


伽羅は春彦を見て

「それは?」

と聞いた。


春彦はそれにはあっさりと

「元々、一色家が神宮寺家に保護されていたのは神宮寺家の次男が秋月家を断絶させた後始末をしたってはなしからだって伊藤君が言ってただろ?」

それが全て本当だと仮定したら

「一色家は次男が断絶させた秋月家の最後の人…つまり秋月直樹の遺体をどうしたかって話にならない?」

と告げた。


伽羅は大きく目を見開くと

「あ…それ」

と呟いた。


春彦は腕を組んで

「一般的にその話は全く出回っていない」

もしかしたら秋月直樹が死んだ事実すら警察も人々も知らない…そう、神宮寺、一色…伊藤家と…もしかしたら島津家もかもしれないけどその僅かな人々の間だけの秘密で遺体が明るみになると神宮寺の次男のしたことが他の陸奥家や世間に知られることになる」

大変なことになると思うんだ

と告げた。

「警察も黙っちゃいないだろ?」


春彦はう~むと考え

「もしかしたら、他にも色々隠されたそう言うのがあるのかもしれないけど」

と呟いた。


春彦は伽羅を見ると

「だから、方針を変えようと思って」

と告げた。

「一つは一色君を張り込む」

それとやはり場所の探索


伽羅は頷きかけて

「でも一色君を張り込むって」

と聞いた。


春彦はあっさり

「それは学校で休憩時間とか…帰りに一色君が通る道とか」

と告げた。


伽羅は目を見開くと

「…待って、それまた春馬さんと春彦のお母さんの逆鱗に触れる」

と告げた。


春彦は腕を組むと

「帰るまでの寄り道だから泊まらないし大丈夫だろ」

とにっこり笑った。


伽羅がガクガク震えると

「俺、夢見る体質が悪いって東京直送されたらどうしよう」

と呟いた。


春彦は笑い

「大丈夫だって」

というと

「取り合えず、明日伊藤君と田中に話してみる」

と告げた。


翌日、昼休みに誰もいない屋上の扉の前で弁当を食べながら春彦が昨夜考えたことを告げた。

殆どの生徒が教室か食堂へ行くので校舎の最上階のドンツキになる屋上の扉の前は意外と死角だったのである。


朔はそれを聞き

「確かにそうだね」

と答え

「考えたら俺も何処に秋月直樹の遺体を隠したかまでは考えてなかった」

と告げた。

「万が一、それだったら神宮寺君に話を振ったら…逆効果だったね」


悠真も腕を組んで

「確かに」

と言ったうえで

「伊藤はこの近隣に詳しいからその崖がありそうな場所を探してくれ」

俺が一色の行動を見張る

と告げた。


春彦は悠真の言葉に

「え!?」

と顔を向けた。


悠真は眉間にしわを寄せて

「夏月~お前が好きなように動くと大騒ぎになるだろ?」

せっかく島津家と伊藤家の後ろ盾で上手くいっているホテル運営が危うくなる

とビシッと指を差した。

「だから、一色の帰宅時の行動は俺が見張る」

俺が一番動きやすいからな


朔は頷き

「そうだね」

ありがとう、田中君

と告げた。


春彦は少し考え

「…わかった」

と答えた。

そして、春彦は朔を見ると

「じゃあ、俺は伊藤君の手伝いをする」

その時にその…特別な家系の話を詳しく聞きたい

と告げた。

「帰りに寄ってもらうって駄目かな?」


朔は首を振ると

「構わないよ」

と答え

「あ、そうだ」

言われてた写真も持ってきたし今日の帰りに渡すよ

と告げた。


伽羅も「じゃ、俺も二人の手伝いするな」と告げた。


春彦は悠真を見ると

「田中に大変なこと押し付けるけど、悪いな」

と告げた。


悠真は首を振ると

「俺が言いだしたことだし」

その方が100万倍良い

と返した。


話が纏まると4人は教室へと戻った。

そこで朔は一人の人物に声を掛けられたのである。


「伊藤君、最近、島津家の彼と仲が良いね」

学校抜けだしたり

「今までの君から想像も付かないけど」

4人で何をしているんだい?


神宮寺凛であった。

彼は横目で席に座った春彦を一瞥して告げた。


朔は春彦を見て

「友達になったんだ」

島津君は今まで東京で暮らしていてこっちの事何も知らないって言うから話をしたりしてるんだ

と告げた。


凜は「そう」と肩越しに春彦を見た。


春彦は立ち上がると二人の側に行って

「初めまして…って言っても同じクラスだけど」

と言い

「俺、今まで東京で孤児として育ってたからこっちのこと…島津の事とか全然わからないから伊藤君に教えてもらっていたんだ」

神宮寺凛君だろ?

「よろしく」

と手を差し出した。


凜はじっと春彦を見て差し出された手に視線を落とすと

「君は、変わっているな」

と呟いた。

「孤児で育っていたとか普通は隠さない?」

特にこんな学校だと


春彦はそれに

「別に俺は俺が今まで育ってきた環境を隠さなければならない気持ちは持ってない」

兄に大切に育ててもらったし

「自分に恥じないように生きてきたつもりだから」

まあ、最近は暴走するタイプだとか言われてむ~んと思ったりもするけど

と答えた。


凜は手を握り返さないまま

「世間知らずなのか…お気楽なのか…」

と呟き、自分たちを見ているクラスメイトをすーと一瞥すると春彦に背中を向けて立ち去った。


春彦は差し出した手を見て

「…ま、いいか」

というと朔を見て笑みを浮かべた。

「俺は俺だから」


朔はにっこり笑うと

「俺もそう思うよ」

君は君だ

「だから、俺は友達になったんだ」

と返した。


凛は席に戻り教室に入ってきた一色一颯を一瞥し、更に自分の右隣に座っている羽田野大翔と春彦の前に座っている陸奥樹を見た。


「ただのお気楽世間知らずか…どうか」

暫くは様子を見るしかないな


それが神宮寺凛の出した答えであった。

神宮寺家は権勢を誇っている家系であるが内情は酷い有様であった。


27年前に罪を犯した静祢…その静祢を今も屋敷の中で匿い続けている理由を凜は知っている。

自らの父が犯した失態を知っているのである。


その上で自分の味方になってくれる存在を元々探してはいた。

しかし、羽田野家や陸奥家は論外であった。


一色卓史を凜は深く信用していたので一色家の一颯と考えたが一颯は卓史とは真逆な性格であった。


欲深く権力欲が強く…そのくせ何かの傘の下で権勢をふるうくらいしか考えられない小者である。

ろくなことをしない。


先月、島津の次男であるあの島津春彦を怪我させたことで凜の父親から注意を受けた。

静かにしていたと思ったら先日になって態度が変わり始めたのだ。


何があったのか。

それも調べたかったが早々動くことも出来なかった。


色々な意味で協力者が欲しかった。

唯一信用できそうな伊藤朔は気弱過ぎて前々から頼りにならないと判断していた。


教室の片隅でひっそりとしているだけで誰とも交わろうともしない。

声も小さくオドオドして…九州伊藤の次男だとしても気弱過ぎると思っていたのである。


しかし、近頃の彼は変わった。

そう感じたのである。

その理由が島津家の突然現れた春彦にあると思ってはいるが…どこまでの人間かがまだ見えていなかったのである。


凜は沈黙を守り始まった昼からの授業に集中したのである。


春彦は神宮寺家の事も知らなければならないと思いつつ授業が終わると悠真に

「じゃあ、気を付けて」

と有体な挨拶をして伽羅と朔の三人で島津家へと戻った。


更紗は事前に伊藤家の次男が来ることを譲から聞いて

「わかりました」

と答えると

「ちゃんと丁重にお出迎えを」

と告げた。


春彦は伽羅と朔と三人で自室へと入ると口火を切った。

「じゃあ、九州のこの近隣で崖がありそうな場所を探そう」

一色君は制服だったから

「そんなに遠くじゃないと思うんだ」


伽羅は頷いて

「確かに」

と答えた。


朔も頷いて

「わかった」

と答えた。


春彦はパソコンのコンセントを抜いてテーブルの上に移動させると起動させてマップソフトで福岡一帯の地図を出した。

「山だからと言って崖があるわけでもないし」

海沿いでも崖はあるからな


朔は頷いて

「その上で綺麗な円形を描いているんだよね」

と告げた。


春彦たちが場所の特定を急いでいる頃、悠真は一色一颯が教室を出るまで時間を潰して彼が出た後にそれとなく自分も教室を出た。

一色一颯の車の後を送迎車で追いかけさせたが意外なことに一颯はそのまま自宅へと戻ったのである。


つまり一色家の屋敷に、である。


悠真は運転手に

「あ、家に戻って」

と指示を出して帰宅し、その事を春彦に連絡を入れた。


春彦は連絡を受けると

「そうなんだ、どこにも寄らなかったんだ」

と言い

「ありがとう」

と答え

「明日も、うん、よろしく」

と告げた。


春彦たちも崖の候補を印刷し

「俺たちはどこの崖か調べていくか」

と告げた。


既にあの夢から二日が経っている。

問題の靴が売り出されるまで一週間を切ったのだ。


時間があるわけではなかった。


山の方は朔が調べることになり海の方を春彦が調べることになった。

春彦は最後に朔の持ってきた伊藤家の庭で撮った写真を写メで撮らせてもらって解散した。


翌日、朝食を終えると春彦は

「今日から少し帰宅が遅くなります」

と告げた。


春馬は平水万里江の画像の調整を昨日からしているのか少し目を腫れぼったくしながら

「は?また病気か!?」

何処か行きたい病になったのか!?

とギンッと睨んだ。

「あのホテルだったらもう潰すぞ!」


伽羅は心で

「田中君ピンチ!」

と叫んだ。


春彦は首を振り

「そうじゃなくて…海を見たいなぁと思って海岸巡りを」

と告げた。


更紗はふぅと息を吐き出すと

「わかりました、では今週末に島津の海の別荘へ参りましょうか」

春彦はまだ行ったことがありませんから

「温泉もありますし」

と告げた。


春彦は蒼褪めると

「ちがー」

と心で叫んだ。


…。

…。


「あー、自由に海岸を散策したいので」

今日から一週間くらい帰宅時に海に寄るとか

「な、伽羅」

とシドロモドロと言い最後に伽羅に笑みを向けた。


伽羅は「そこー俺か―!俺がピンチじゃん!」と心で叫び

「うん」

と頷いた。


瞬間に春馬が凶悪な笑みを浮かべると

「まーだ、てめーには島津家の次男の自覚が足りないってことかぁ?」

というと

「それから、松野宮のお前…俺の弟を誑かしてんじゃねぇだろうな!?」

と立ち上がった。


春彦は慌てて

「伽羅は関係ない」

俺が海を見たいと思って

と告げた。


更紗は「春馬」と声をかけて座らせると春彦を見て

「春彦、貴方が東京で探偵まがいの事をしていたことは知っています」

先日平水さんからも聞きました

「今回の海岸を散歩もそれですか?」

と聞いた。


春彦はハァ~と息を吐き出し

「はい」

と答えた。

「こう…円を描いた湾曲した崖を探しています」

と手で円を描きながら告げた。


春馬は「この前のホテルもそれか」とハァと息を吐き出した。

「九州にきてもやってたのか」


更紗は冷静に

「わかりました、調べさせましょう」

と告げた。

「調べたいと思っている場所の目星はついているのでしょ?」

地図で印をつけなさい

「調べさせます」


…。

…。


春彦は数秒間固まった後に

「大がかりは困るので」

一人くらいでお願いします

と告げ

「すみません、ありがとうございます

と答えた。

「出来れば写真か動画を撮ってきてください」


更紗は安堵の息を吐き出し

「わかりました」

と答えた。


春彦は頭を下げた。

自由に動けないのが辛い所である。


しかし、詮索を深くされて伽羅の夢のことがわかると東京へ送り返されてしまうかもしれない。

それは避けたかったのである。


更紗は控えていた譲に

「譲、春彦から調べるところを聞き写真と動画を用意いたしなさい」

と告げた。


譲は頭を下げると

「かしこまりました」

と答えた。


そして、学校へ行き昼休みに屋上の戸の前でお弁当を食べながらそのことを告げると朔は驚いたように

「え?島津君は自分で行くつもりだったの?」

と告げた。


反対に春彦は

「え?伊藤君はどうするつもりだったんだ?」

と聞いた。


朔はあっさり

「執事に頼んでおいたけど」

大ぴらでなく極秘でって

と告げた。


悠真はハハッと笑い

「普通はそうだろ」

と告げた。


春彦はふぅと息を吐き出すと

「そうなんだ」

とぼやいた。


その頃、更紗は譲に

「この先も春彦はそう言う事をすると思います」

それ専属の人間を用意しておきなさい

と告げた。


譲は頷き

「既に厳選しております」

と答え

「ご安心ください」

と告げた。


更紗は頷き窓から外を見ると

「東京へ向かった肇は…少し手間取っているようですが」

仕方ありませんね

と呟いた。

「けれど、必ず突き止めてくるでしょう」


譲は頷くと

「はい」

兄なら必ず

と答えた。


悠真は翌日もその翌日も一色一颯の帰宅時の後を追ったが真っ直ぐ帰っていく彼を見送るだけであった。

土日でそれぞれ伊藤と島津で集めた写真や動画を見ても同じ場所は見つからなかったのである。


翌日の月曜日は10月10日で靴の販売日だったが祝日であった。

つまり、もう何時Xデーとなってもおかしくなかったのである。


翌日の火曜日に春彦はいつもの屋上の扉の前で集まり伸びをすると

「そう言えば、屋上に上がれるの?」

と聞いた。


朔は頷いて

「まあ、出る人いないけど」

と言いカギを捻ると

「開くのは開くよ」

と告げた。


春彦は「ちょっとリセット」と言い外へ出ると大きく伸びをした。


秋の空が頭上に広がり心地よい風が駆け抜けていく。

春彦は学校の周囲を見回し不意に海岸の先端の方にあるこんもりと木々が茂った場所を指差した。


「あそこは?」


伽羅は指の示す木々の茂る場所を見て

「神社とか?寺とか?」

と聞いた。


それに悠真と朔は首を振り

「湖」

と同時に言った。


春彦は目を瞬かせて

「湖?」

と聞いた。


悠真は笑顔で

「そうそう、クレーターみたいになっててその中央に汽水湖があるんだ」

ちょっと不思議な雰囲気がする場所なんだ

と告げた。

「まあ、観光地にはならないけどな」


伽羅は「何故?そんな不思議雰囲気な場所なら観光地化できそうな気がするけど」と告げた。


朔がそれに

「あそこが観光地になると西海道学院の近くを多くの人が行き交うようになるからね」

学校のセキュリティーに関係するから知る人が知る場所って感じ

「伊藤と島津と神宮寺と陸奥が権利を持っていて自由に中に入れるようにはしているけど観光地として公にはしていないんだ」

と説明した。


春彦と伽羅は同時に

「なるほど」

と呟いた。


4人はノンビリと海から流れる風に当たり屋上で身体を伸ばした。


春彦は寝ころび不意に

「そう言えば、伊藤君と神宮寺君って仲良かったの?」

と聞いた。

「この前話してきただろ?」


朔は座りながら眩しい陽光に手を翳し

「んー…まあ、仲は悪くないけどね」

彼も俺も家のつながりがあるからね

と言い

「でも、ずっと相手にされてない感じだった」

と呟いた。

「俺が話しかけようと思ったのは一色の事でどうしても知りたい情報があったからでそうでなかったら話はしないかなぁ」


春彦は目を閉じると

「でも神宮寺君も話しかけてきた」

と言い、身体を起こすと

「あたってみようか、彼に」

と告げた。


「一色君が何を掘り出して誰を脅そうとしているかは分からない」

けど伊藤君と同じようにこれまで話をしてこなかった彼が話しかけてきたというのは逆なことが起きている可能性もある

「どちらにしてももう何時夢が現実になってもおかしくない状態だし…場所を特定することも出来ていないし…外れなら外れで他をどんどん当たっていくしかない」


悠真はそれに

「確かにそうだな」

外れていても

「プラスにもマイナスにもならないな」

と告げた。

「今日がXデーでもおかしくないからな」

やれることはやらないとな


春彦は朔を見ると

「やってくれる?」

と聞いた。


朔は笑むと

「もちろん」

と答えた。


伽羅は立ち上がると

「再々チャレンジだな」

と告げた。


4人は屋上から戻ると授業を受けて、午後の授業が終わると朔が神宮寺凛に近寄った。

「神宮寺君」

呼びかけ鞄を持った彼に

「実は大切な話があるんだ」

今日、一緒に帰らないか?

と告げた。


神宮寺凛は前の席で鞄を手にしている春彦と伽羅をそれとなく見た。


悠真は一色一颯が早々に帰宅したのに合わせて今日も追っかけであった。

そこは手を抜くわけにはいかなかったのだ。

万が一今日だとしたら現場を押さえてもらわないといけないからだ。


教室に残っていた面々は朔と凜が伊藤家と神宮寺家なのでそれほど気にした様子もなくバラバラと帰っていた。


凛は少し考えたものの

「わかった」

伊藤家の誘いを無下に断るわけにはいかないからな

と言い、朔と一緒に教室を後にした。


春彦と伽羅も顔を見合わせると頷いて教室を出た。


朔は凜に

「この前、どうして俺に話しかけてきたの?」

と言い

「今まで俺のこと相手にしてなかったのに」

と告げた。

そして、立ち止まり振り向くと

「…俺に言いたいことがあった」

と言い

「一色のことで」

と告げた。


凜は僅かに目を見開いたものの

「何故?」

と聞いた。


朔は固唾を飲みこみ

「勘?」

と少し曖昧に答えた。


凛はプッと笑うと

「いいだろ」

話を聞こう

「後ろからついてきている…二人も交えて」

と告げた。

「どこで話を聞けばいい?」


朔はふぅと息を吐き出し

「伊藤家の車に乗って」

と自分の送迎車に乗せた。

そして

「島津家へ」

と告げた。


春彦と伽羅も譲の車に乗り込み

「今から家で伊藤君と神宮寺君と話する」

と告げた。


譲は深く大きな溜息を零し

「かしこまりました」

とアクセルを踏み込んだ。


更紗はその報告を聞き

「今度は神宮寺ですか」

と言い

「構いません、これまで通りに丁寧におもてなしを」

と告げた。

「…誰に似たのか」

けれど

「あの子は決して島津の名に恥じない子のようですし…身の危険がない限りは好きにさせておきましょう」

と呟いた。


島津家へと到着すると春彦は自室へと彼らを連れて行った。


凜はソファに座り出された紅茶を飲んで正面に座る春彦を見た。

「それで、話があるのは君の方だろ?」


春彦は頷いて

「ああ、その通りだ」

と答えた。

「伊藤君に聞いたら君は伊藤君にこれまで話しかけていなかった」

けれど

「この前、急に話しかけてきた」


凜は冷静に

「確かに」

別に家同士が関係あるのだから殊更おかしなことじゃない

と返した。


春彦は凜を見つめ

「俺は、何故…君が今伊藤君に話しかけなければならなかったのかを考えたんだ」

と告げた。

「実は俺達も君にあの時話しかけようと思う事があった」

だから

「もしかしたら同じようなことで互いに同じ行動をとろうとしたのではないかと思った」


凜はじっと春彦を見た。


春彦は彼を見て

「一色君が最近何かしようとしている」

と言い、凜の表情や身体の動きを見た。

「俺は彼が誰かに不利益となるモノを手に入れようとしているか、脅そうとしていると思っている」

その対象となる可能性が高いのが

「神宮寺家ではないかと思っている」


凛は僅かに手を握りしめた。


春彦は息を整え

「俺は神宮寺家を脅すつもりも何かするつもりもない」

ただそれによって一色君が殺されてしまうかもしれない

「いや、それによって彼を殺してしまうかもしれない人がいる」

それを止めたいと思っている

と告げた。


凛は「何故だ?」と聞いた。

「それを止めて君に利益があるのか?」

止めない事で不利益があるのか?


春彦は首を振ると

「どちらにしても利益も不利益もない」

だけど

「目の前で…あるいは知っているのに…犯罪を止めないことは俺にはできない」

と告げた。

「それを知ってしまうという事は、何かが、誰かが、止めてほしいというメッセージを送ってきたんだと思う」

誰かが殺される不幸を

誰かを殺してしまう不幸を

「俺は見過ごしたくはないと思っている…人として」


凛は視線を伏せると

「誰かが殺される不幸」

誰かを殺してしてしまう不幸、か

と呟いた。


それは正に27年前から続く神宮寺家の事だ。

あの家の誰もがあの日から泥沼の中にいる。


凜は春彦を見ると

「確かに、俺も一色の事で…伊藤君に力を借りたいと思って声をかけた」

と告げた。


朔は驚いて

「神宮寺君」

と名を呼んだ。


凜は三人を見て

「一色が一か月前に君を怪我させたことで卓史さんと父が注意をしたんだ」

いい加減にしないとこれ以上ことを起こしたら庇いきれないと

「それで大人しくなってはいたんだが…数日前に卓史さんに『俺はもうあんたの力なんか必要ない。神宮寺を俺自身に逆らえなくさせる』と言ったんだ」

俺はそれを聞いて

「何か確かめようと思っていたんだ」

と告げた。


春彦は凜を見つめ

「思い当たることは?」

と聞いた。


凛は首を振ると

「27年前のこと以外は」

と答えた。

「叔父が…秋月直樹を殺して…それを卓史さんが隠したこと以外は」


朔は顔を顰め

「やっぱりそれで一色家は神宮寺家を利用していたんだ」

と呟いた。

「神宮寺家は一色卓史にはめられたんじゃないの?」

なのに

「どうして手を切らないの?」


それに凜は冷静に

「卓史さんは神宮寺家に叔父がしようとしていることを止めに駆け込んできてくれたと父が言っていた」

叔父に秋月直樹を殺すように言ったのは父と祖父だった

「父も祖父も島津家の長男と秋月直樹が家系を守っているモノを破壊しようと動いていると聞いて叔父に…命令したんだ」

神宮寺家の長男以外は長男が無事に成人したら…戸籍を抹消される

「だから叔父に全ての罪を押し付けようとしたんだ」

と告げた。

「卓史さんはその情報は誤解だと父に訴えに来て止めるために叔父を探したんだ」

だけど

「見つけた時には」


朔は目を見開いて

「俺がお父さんから聞いた話とは違う」

と呟いた。


凛は視線を伏せて

「卓史さんは弁明をしない人だ」

俺はあの人だけは信用できる人だと思っている

と告げた。

「だから、27年前のこと以外で神宮寺が一色や、いや、他のモノに脅されるものなど何一つない」


春彦は「だったら」と言い

「一色君がもし一色家の中にある何かで秋月直樹の遺体の場所を知ってしまったとしたら?」

と告げた。

「27年前に君の叔父が殺してしまい、一色卓史さんがどこかへ隠ぺいしたその遺体の場所を突き止めたとしたら?」


凜は目を見開いた。


春彦は目を細め

「それで誰を脅すのか」

と呟いた。


伽羅はハッとすると

「春彦!携帯、携帯!!」

と叫んだ。


春彦は「そうか」と言い、携帯を取り出すと彼を殴る人物の絵を見せた。

「この人物、見覚えある?」


凛は驚きながら

「この絵は?」

と聞いた。


伽羅が「俺が書いた」と告げた。


凜は彼らを真っ直ぐ見て

「卓史さんだ」

と告げた。

「これ以上神宮寺家が脅されないようにするために…だ。きっと」


春彦は立ち上がると

「止めよう」

こんな悲しいこと現実にしたらダメだ

と凜に手を伸ばした。

「君の力が必要だ」

力を貸してくれ


凛は春彦の手を掴むと

「俺は、どうすれば良いんだ?」

と聞いた。


春彦は笑顔で

「卓史さんに秋月直樹の遺体を隠した場所を聞いてくれ」

と告げた。

「そして、ちゃんと葬ってあげるように言ってくれ」


…27年前の事件の時効はもう過ぎている…


「だけど、君が言う卓史さんならきっとどうすれば良いか分かってくれると思う」

それを止めようと動いてくれた人だから


伽羅も頷いて

「そんな人にまた罪を犯させちゃだめだ」

と告げた。


朔も彼を見ると

「俺も…本当のことを一色卓史から聞きたい」

父の事も伝えたい

と告げた。


凜は春彦の手を強く握りしめた。

「わかった」


その時、悠真から着信が入った。

「一色が家に帰ったけど」

そっちは?


春彦は携帯を手に

「今から神宮寺家へいく」

と言い

「後で事情を話すから田中はもう少し見張っててくれ」

と告げた。


悠真は驚くと

「え!?ええ!?」

お前大丈夫かよ!

と叫んだ。


春彦は走りながら

「止めるしかないから」

と驚く譲に

「神宮寺家に行ってくる」

と伊藤家の車に全員が乗り込んで出発させた。


譲は慌てて

「まったく…本当に突拍子もない」

と車を回して追いかけた。


春彦は神宮寺家に着くと輪の先導で静祢と卓史のいる建物へと入った。

が、そこには誰もおらず凜はそこにいた家政婦に聞いた。

「卓史さんと叔父さんは?」


彼女は考えながら

「お電話があって慌てて出ていかれましたけど…」

あの、百道浜の湖がなんとかかんとか

と告げた。


朔がハッとすると

「あそこだ!」

確かにあそこも崖風になってる

と言い

「急ごう」

学校の方だ

と告げた。


太陽は西へと沈み闇が広がり始めていた。


一色一颯を見張っていた悠真は彼が一度は家に帰ったものの再び外出するとその後をつけた。

たどり着いた場所は百道浜の湖であった。


周囲に木々が生え抜けるとクレーターのような大きな穴があり、最初の数段の階段を降りると1mほど下の柵のある見学通路になっている。

更に海の方からの階段を降りると底へとたどり着いて中央へ歩いていくと汽水湖がある。

その汽水湖の湖底には綺麗な山成りの形をした湖底の丘がある不思議な光景の場所であった。


悠真は林から抜けて漸く気付いたのである。

「ここじゃないか」

そうだ

「ここだ」


風が闇の中を流れ空には月が皓々と輝いていた。

彼はこれから起きるかもしれないことを理解し

「マジかー」

と心で叫んだ。

「は、早く来てくれよ」


穴の底へ一色一颯は降り立ちニヤリと笑った。

「まさか、卓史叔父さんの日記にお宝が書いているとは思ってもなかった」

これからは俺がこれで神宮寺家を

言って、足音に振り返った。


「一颯、お前はどこまで…」


一颯は振り返り笑みを深めると

「俺はなぁ親父やあんたみたいに燻りたくないんだ」

やりたいことはやる

「神宮寺の力があれば逆らう奴はいない」

そして、神宮寺を逆らえなくさせてやる

と言い、笑いかけた。


その時、声が響いた。

「そんなことをして何になるんだ!」


悠真と合流した春彦たちは卓史と静祢の後から姿を見せた。


春彦は彼らの前に進み

「君がそれを掘り出したとしても」

もう罪に問われることはない

「脅しのネタには使えない」

それどころか

「君は、殺されるところだったんだ」

今この場で

と告げた。


驚いて振り向く卓史に凜が駆け寄って抱きついた。

「卓史さん!もうこれ以上不幸を生まないでくれ」

俺は卓史さんが好きだから

「罪を犯してほしくない」


そして、呆然と立っている静祢の手を掴むと

「叔父さん、俺の父を許してくれ」

祖父と父がしたことを

「ごめん、本当にごめん」

と叫んだ。


朔もまた

「俺も、貴方の話が聞きたい」

父が俺に伝えたことの本当の真実を

と告げた。


卓史は天を仰いで俯いた。

「俺は、誰も救えなかった」

あの頃の仲間誰一人


静祢は握られた凜の手をフワリと握り返した。

瞳は虚を見たままだったが。


春彦は呆然とする一颯に

「君がしようとしていることは君自身の首を絞めることだ」

誰かを脅して手にする力は何れ君自身を陥れ死へと追いやる

と言い

「人を傷つけて誰かを追い落として幸せになれるわけがない」

君自身も不幸になるだけだ

と告げた。


一颯は手を払うと

「うるさい!」

綺麗ごとなんか聞く気にもならねぇんだよ

「神宮寺の後ろ盾があれば逆らう奴はいない」

やりたい放題だ

と笑った。


春彦は彼を見つめ

「それで?君は何をしたいんだ?」

と聞いた。


一颯はムッと言葉を詰まらせた。


春彦は「やりたい放題で何がしたいんだ?」と聞き

「君がしたいことは何なんだ?」

君が本当にしたいことは?

「きっとこんな事じゃないはずだ」

とシャベルと奪い、卓史に渡した。


「ちゃんと、葬ってあげてください」

貴方の手で


卓史は泣きながらその場所を掘り出てきた遺体に指先を伸ばした。

「ごめんな、秋月」

ごめんな


静祢はフラフラとその場に座ると

「…俺は終わる運命だった」

お前は続く運命だった

「逆転してしまったんだな」

と抱きしめた。


その後、一色家は卓史を残して九州を出ることになった。

九州を出た一色家はもう誰かに守られることはない。


それが一颯の父のけじめのつけ方であった。


秋月直樹はきっちりと葬られ、卓史は一瞬我を取り戻したが再び我を失ったままになった静祢と共に生きて、直樹を弔っていくと告げた。

同時に落ち着いたら27年前の真実を話すと約束したのである。


春彦は伽羅と共にその後、譲に連れられて帰宅し待ち構えていた春馬と更紗の前で頭を下げた。

「すみませんでした」


…。

…。


恐ろしい静寂が玄関口で暫く流れた。


春彦は額にいくつもの汗を浮かべ

「ほ、んとうに…申し訳ありませんでした!」

と再度告げた。


春馬は春彦の襟首をつかんで引き寄せると

「今度やったらホテルを潰す」

その次はこいつを東京送りだ

「その次やったら…てめーを屋敷に閉じ込める」

いいか

「もう理由はきかねぇーぞ」

と告げた。


更紗はフワリと笑い

「そうですね、そういたしましょう」

それくらいしないと

「春彦には伝わらないみたいですし」

と告げた。

そして、手を伸ばして抱き締めると

「春彦、私も何時か貴方に知っていることを話しましょう」

だから

「貴方自身の命を大切になさい」

貴方が誰かを思うように

「貴方も誰かから思われているのです」

それを忘れていけません

と告げた。


春彦は目を見開くと小さく頷いて

「……ごめんなさい…お母さん、春馬兄さん」

と抱きしめた。


誰かに思われている幸せ。

そして、その幸せを見過ごしてはいけないのだと春彦は感じたのである。


その同じ月の下で一人の美しい女性が日本家屋の縁側で笑顔を浮かべて少女の髪の毛を切っていた。


「なおひこ、暫くの間どこにいっていたの?」

心配していたのよ

「もうすぐ直樹さんが帰ってくるわ」

ようやく見つけてもらったもの

「私と貴方の元に帰ってくるわ」


きっと、もうすぐ


「寂しい思いをさせて来たけど」

貴方は私と直樹さんが愛し合って生まれてきたの

「愛しい私たちの子供よ」

もう少しで三人一緒に暮らせるわ


ね、なおひこ

「愛しているわ」


少女は俯いたまま唇を噛みしめ強く強く拳を握りしめていた。

「私…詩音だよ」

お母さん

「私もお母さんの子供だよ」


…陸奥詩音だよ…


声は何処にも届くことなく消え去り、月は何も語らずただ黙って仄かな光を地上に薙げるだけであった。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ