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9-3:楽しい?朝食

 入学試練五日目。

 九年目にして再会した相手は、朝からテンションが少し高かった。


「食堂で朝食を用意してもらったんだ。さあ、一緒に食べよう」


 封じられていた扉が開いたとき、彼は二人分の食事を乗せたトレイを持っていた。

 後ろにはやや諦め気味の表情をしたノアが、飲み物を乗せたトレイを持っている。聞けば寮の食堂に二人で出向いて、特別に作ってもらったらしい。


 一応そんな状況も予想して支度をして待ってはいたけど、どこから突っ込めばいいか迷う。


「食堂に他に入学試練生はいたわよね」

「結構いました。私は一応、ハル様を止めましたよ。悪目立ちしますよって」

「みんな規則正しい……」


 五日目の今日は、入学試練生は寮に引きこもっていなくてはならない日だ。講義はなく、一日一回義務付けられている散策も今日はしてはいけない。

 昨日講義でも説明されたが、精霊との契約を誤って結んでしまわないよう決められた慣例だ。

 七日間、両方が贈り物を渡し続けすべて受け取ることで成立するという「七日間の契約」を避けるため。

 一日予定がない日だから、皆遅く起きていないかと期待した。でもそんなことはなかったらしい。


 にこにこしたままのハルの勢いに圧されるように、私は食事用に解放されている隣室に向かい、朝食の席につく。

 ノアにも食事をとるようハルが申し付けたので、心配そうにしながら彼は一人食堂へと向かってしまった。

 部屋には、私とハルの二人だ。


「昨日はよく眠れた?」

「……驚くくらいに」

「よかった」


 ――君はノアと繋がっているね。


 昨日の言葉が蘇る。

 ノアの態度からして、彼はまだ何も言っていないらしい。私の正体の告白のことも、彼がノアと私のことを気付いていることも。


 ――君はあのときの少女と同じ温度がする。ノアが僕の元にきたときも、ほんのりとそう感じた。僕の知る者の気配がするとね。


 温度ってなんだろう。何かの比喩だろうが、意味がわからない。

 音に色を感じる人間がいるという話は聞いたことがある。それと似たようなものだろうか。でも人を見て感じる温度って何。


 いや、それよりもっと考えなきゃいけないことがある。

 彼は言ったのだ。「あの時の少女と同じ温度」だと。


 食事をとりながら、私は前置きなしに切り出す。


「九年前のこと……あなたは覚えていたの?」

「忘れるなんてこと、できるわけがない」


 返事は早かった。


「あのときの君の献身が、僕を今日までハル・キタシラカワとして生かしたんだよ。今朝はまるであの時の逆みたいで不思議な気持ちだった。君を守るために僕が鍵をかけ、そして食べ物と飲み物を持って戻ってくる」


 テンションがおかしいのは、そのせいか。


「あなたは当時のことを覚えていないと聞いていたわ……」

「毒で体が弱っていて朦朧としていたから、うまく返事ができなかったのは本当。そのうちに、覚えていないことにしたほうが賢明だと周りの大人達を見て判断した」

「私が名乗った名前も憶えていた?」

「うん」


 あまりにあっさり頷かれる。悩みながら事情を隠していた自分が、いっそ可哀そうじゃないかと思う。


「ユリアだなんて名乗って、滑稽だったでしょ」

「事情があるんだろうというのは察してるよ。それに僕は、君の正体がなんであろうと、君の傍で君のために何かできるのならそれでいい」

「ノアのことはどうして気付けたの? バレるようなヘマ、私もノアもしてないと思う」

「言っただろう? ノアと初めて会ったとき、君の温度を少し感じたんだ。人にはそれぞれ温度がある。例えばそれは夜の雪山のしんと冷えた空間に感じるものかもしれないし、風の柔らかな明るい春の草原で感じるものかもしれないし――」

「ごめん、そんな詩的な表現で人を評したことない……」


 手をあげて語りを遮る。

 申し訳ないけど、どれだけ例をあげられてもちゃんとわかることはできなさそうだ。音に色を感じるとか、やっぱりそういう特殊な感覚と似たようなものなんだろう。どこまでいっても想像にしかならないが。

 それより、こうしてさらけ出してしまったからには言っておかなくてはならない。


「ノアは、あなたを裏切ろうとしていたわけじゃないわ。彼があなたの付き人になったのは、たしかに私の差し金よ。正確には私の家の力を使ってのね。でもただあなたの……なんていうかその」

「味方を作りたかった?」

「率直にいえばそう。関わった少年がどうしているか気になって調べたら、あまりいい報告が上がってこなかったから」

「あの頃の僕は、家の中で捨て置かれた存在だったからね。そもそもあの誘拐だって、ハル・キタシラカワを後継者から外したかった父と義母の差し金だ」


 秘密裏に調べた当時の記録から、その疑いがあったことは知っていた。あまり信じたくはなかったけど。


「僕が精霊の愛し子だとわかって、彼らは堂々と僕を後継者から外せることになった。おかげで、命を狙われる危険だけはなかったな」

「それだけじゃ足りないわよ。明確な味方が一人くらい傍にいたっていい」

「そういう君だったから、僕に味方ができたんだね」


 ノアに命じた「ハル・キタシラカワが健やかに過ごせるように」という言葉に裏はなく、本当に本心から私の望みだ。

 かつて彼を助けようとして自力では完遂できなかった心残りを、そうすることで払拭できる気がしていた。


「ノアには助けられたな。彼が来る前は、面倒な人間関係のさばき方を知る方法がなくて、ただ存在しているだけの毎日でね。キタシラカワ家の狭い世界にも飽いて、このまま生きるべきか考えていたくらいだ」

「さ、さらっと重いこと言わないでよ……」

「でもノアという話し相手ができたおかげで、コツを掴むきっかけになった。感謝してる」


 なんでもないことのように言うけど、結構追い詰められていたのだ。あのときノアを彼の元にやって本当によかった。


「……王女の絵姿を見たことがあるなんて、聞いてなかったわ」

「ああ、ロベルトが昨日ごちゃごちゃ僕にも言ってたやつか」


 一瞬、ハルの声が冷たくなる。

 しかしすぐに優しく苦笑気味で説明された。


「記憶にある君の面影がある気がしたんだ。君じゃないのに君のようにも見えるのが気になって、しっかり確認したかっただけ。王女様に興味があったわけじゃないよ」

「でもあのとき、あなたは目が――」

「絵姿の話をすると、僕と君の昔話もすることになりそうだろ? 君がどういう考えなのかわからならかったし、こちらも慎重になってたんだ。わざと言わないでいるのなら理由を知りたいし、まさか気付いていないなら思い出すのを待ちたかった」


 なぜだろう。さっきまでと違って、彼の饒舌さは何かを誤魔化そうとしているように感じる。


「私を見たのは子供のときの誘拐事件のときだけよ。曖昧な記憶でしょう。それなのに面影があるとか、似てるけど別人だとか判断できるものかしら」

「僕は結構、記憶力がいいみたいだね」


 でもハルはあのとき、毒で視力を奪われていたはずだ。最初の部屋で彼を助けたとき、陽の光に気付けず夜だと言ってたんだから。

 最後に彼に会ったのは、次の日の朝。一晩で視力が多少回復したとしても、かなり薄暗い物置の中で、どのくらい見えたのだろう。少なくとも、私は彼の顔なんてほとんどよく見えなかった。

 どうにも腑に落ちない……。


「そうだ。君に今日の予定を話しておくね」

「予定?」

「代筆者とは、今日の午後にここで会えるように計らったよ」


 それは私を監視塔から突き落とし、毒を盛った可能性を持つ者の一人だ。

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