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3-6:いろんな誤解

「誤解?」


 首を傾げた私に、彼は大きく頷いた。


「私は父からあなたのことを、本気で好きになるなと言われていたんですよ。王女は夫婦のフリをする相手を求めてるだけだからってね」

「まあ……」

「とてもショックだった。そのせいで、学校で共に学ぶジェニファーとの距離感を間違ってしまったのです。そうしているうちに彼女にも周囲にも期待されて断れず、つい流されてしまったんだ。お詫びいたします。イリナ」

「つまり、ジェニファーという女性のことは本気ではないと?」

「仲のいい友人です」


 きっぱり言い切るには、ちょっと無理があると思うが。

 そう心の中でだけ突っ込む。


 それにしても、彼からこうもよどみなく心変わりの言い訳が出てくることには驚いた。ロベルトのこと、見くびりすぎていただろうか。


 いや、似た内容をどこかで()()()ような。


「しかし、流されたからとはいえ、一度期待させたジェニファーを簡単に切り捨てることはできない。彼女が可哀そうですから。それに俺が急にあなたへの好意をあらわにしたら、きっと周囲はあなたを責めてしまう」


 ロベルトは私の前に跪き、左手を胸に当てると軽く頭を垂れた。

 古式ゆかしき、騎士が意中の女性にその想いを示すやり方だ。今ではまったく一般的ではないが、時と場合がうまく噛み合えばロマンチックな演出になる。


「しばらくの間、あなたが俺の一番であると示せないのを耐えていただけますか? あなたを守るためなんです。時が来れば、必ずあなたへの想いを皆に明かします」


 そう言って頭を上げると、右手を差し出す。

 私がそこに自分の右手を乗せると、誓いの証として手の甲に軽く口づけられる。そして「星があなたに微笑みますように」と詩の一節のような言葉を吐いた。


「イリナ?」


 空いているほうの手で口元を隠し横を向いた私に、ロベルトが不安そうに名を呼ぶ。震えているのは伝わってしまっているだろう。


「その……今日の歌劇のヒロインになったようで恥ずかしくて」


 笑ってしまったのを誤魔化す。

 歌劇は少し昔の時代が舞台の物語で、ヒーローがヒロインの前でこうして跪いて手の甲に口づけるシーンがあった。

 ヒーローは浮気などしておらず、セリフはまったく違うものだったけど。


 立ち上がったロベルトも恥ずかしそうに笑った。


「はは、似合わなかったでしょうか」

「いいえ。ねえロベルト。あなたの想いが本当なら一つお願いしてもいい?」

「もちろんです。なんでしょう?」


 きらきらと目を輝かせて、好きな人を想う――そんな女性の姿をイメージしながら、私は小さなお願い事を告げた。

 言われたロベルトはちょっと意外そうな顔をしたあと、にやつきそうになるのを隠せていない様子で承諾してくれた。


「もちろん、叶えましょう。それがあなたの願いなら」

「ありがとう。では入学試練が始まったら、また会いましょうね」


 今日の逢瀬はこれで終わりだと遠回しに告げる。ロベルトは力強く頷いた。


「三日後ですね。入学試練が始まったら、俺のほうから連絡いたします」

「お待ちしていますわ」

「それから、ハルにはあまり心を開かないでください。あいつは――」


 廊下の向こうを気にしながら、身を寄せて私の耳元に続きを囁くと、ロベルトは一礼して出て行った。

 入れ替わるようにしてハルが戻ってくる。

 ロベルトに聞こえないよう、彼がこの部屋から離れるのに十分な時間をとってから私から口を開いた。


「初めての話し合いは、うまくいったと思うわ」

「だろうね。出てきたときの彼の最高に調子に乗った顔を見れば、嫌でもわかったよ。まあ、調子に乗らせたのは僕の態度も一因だろうけど」


 じろりと睨まれて、ちょっと居心地が悪い。

 彼の前でロベルトを尊重する態度をとれば、彼が不機嫌になるのはわかっていた。その上であのやり取りをして、ロベルトを調子づかせた。利用したといわれればその通りだ。


「……手っ取り早いと思って」

「まあ、途中で気付いて僕も乗っかったんだけどね」

「悪かったわ、ごめん」


 謝ると、拗ねていたはずのハルはふっと緩んだ顔をする。


「いや、君の状況ならなんでも利用すべきだよ」


 わがまますべてを受け入れるよとでもいうような、全力で甘やかしにきているというような声と表情だ。


 この切り替えの早さ、ちょっと怖い。

 しかも上手い。本気で甘やかされているような錯覚を起こす。いや、本当に本気なのかもしれない。それはそれで怖い。

 ロベルトが彼みたいなタイプでなくて、なんかよかった。


「ええと、そういえばロベルトも読んでるみたいよ。今朝、あなたが読んでいた恋愛小説のシリーズ」

「わざわざ彼と二人きりになって、本の話をしてたの?」

「違うわよ。彼が本の登場人物とほぼ同じことを言ってきたの」


 登場人物の名前と言われた内容を簡単に説明すると、ハルはなんともいえない顔をした。


 今朝がた彼が読んでいた本に出てくる脇役の一人に、何人もの女性と浮名を流す男性がいる。その彼が恋人の焼きもちを宥めるのに、さっきのロベルトとほとんど同じことを言うのだ。


 第三者から恋人は自分に本気でないと聞いた。

 ショックで他の女性との距離感を誤った。

 今すぐに相手を切り捨てては哀れすぎる……云々。


 そして、あなたが一番だと示せるときが来るまで待ってほしいと告げたあと、最後には「星があなたに微笑みますように」とキザったらしいセリフを吐く。セリフの印象が強すぎてはっきり覚えている。


 まさか決め台詞まで小説のままで言ってくるとは思わず、苛立ちを通り越して笑ってしまった。

 しかも、ロベルトは最新刊を読んでいないらしい。遊び人の男性が、言い訳をして誤魔化したはずの恋人にあっさり袖にされるシーンがある。


「どうしてそのまま使うんだ。せめてもう少しアレンジとかさ」

「私もそう思う」

「こういうのも人付き合いに小説が役立った例というのかな……相手の虚偽を見抜けたという点で」


 小説のことがなくても、あの言い分で誤魔化すのはかなり厳しいと思う。

 というか小説からまるまる引用だなんて、本当にただの言い訳だと受け取っていいのだろうか?


「もしかしたらロベルトなりに何か遠回しに告げようとしたかもしれない。だって、あまりにもあんまりよね」

「まあたしかに。だけど一体何を示してる?」

「わからないけど……」


 まさか、こんな風にこちらを混乱させるのが狙い?


「遊び人の男性って、小説内で何か気になる行動してたかしら」

「覚えている限り、物語の賑やかし要員という印象しかない。ああでも、恋人の一人を『俺のお姫様』とか呼んでた気もする。王女と姫をかけた意味があるとすれば……」

「ハル様、イリナ様、馬車の手配ができました」


 廊下からひょこっと顔を出したノアがそう告げてきた。


「ロベルト様は一足先にジェニファー様と共に帰られましたので、鉢合わせする可能性はありませんよ」

「ご苦労、ノア。ロベルトに変わった様子はなかったかい?」

「上機嫌で浮かれてました。相変わらずイチャイチャしてて、ジェニファー様に『俺のお姫様』って呼びかけてそうな雰囲気でしたね」

「おい、その呼び方をどこで聞いた?」

「別の研究学校生の使用人づての情報です。最近読みだした小説の登場人物の真似で、その台詞を口にするのがマイブームらしいですよ……って、なんで二人ともそんな虚ろな目するんですか」

「なんでもない」

「無駄な心配して疲れただけよ」


 冷静になった私とハルは、ロベルトの単純さを信じようと短く確かめ合い、劇場を後にしたのだった。

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