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2-6:彼の隠しごと

「ふうん、揉めなかったの?」


 ハルに、特に面白そうな様子はない。

 おかしいなと思いつつ、私は彼らとの出来事を話す。


「彼女の友人から、ロベルトはジェニファーと大恋愛中だからって牽制されたわ。私がロベルトに恋心を抱いていると予想したんでしょう。お似合いカップルの邪魔をしないでってことね」


 聞いた途端、ハルは機嫌を悪くした。


「失礼な誤解だ。君が彼に恋だなんて」


 笑っているのに吐き捨てるような言い方で、なんならちょっと寒気がした。列車で初めて会ったときに、ロベルト・ヴィークの名前を出したときと同じやつだ。


 そうか、彼の機嫌を左右するのはロベルト・ヴィークのほうか。


「セイレン島についたら、ロベルトにどういう風に接触するか一緒に考える? 少しずつ姿を見せるだけで焦らしてもいいし、ずばりお茶に誘ってみるのもいいわ」


 乗ってくると思って振ったのに、彼はより機嫌を降下させたようだった。


「やけにロベルトを気にするね」

「それは当然じゃない……どうかしたの?」

「君は彼のことをどう思ってる?」

「どうって、丁寧な手紙をやりとりする婚約者がいるのに、特別な事情もなく別の相手と恋人になった馬鹿――最悪な人間」


 さすがに侯爵家の次男に馬鹿はよくないかと言い直してみたけど、たいして違いはなかった。そして、聞いたハルの機嫌も変わらない。むしろ私に対して怒っているように思えてきた。なぜ。

 ノアも「ハル様、なにか怒ってます?」と小声で呟いた。


「好きの反対は無関心、っていうんだ」


 彼が笑うと、比喩でなく本当に周囲の空気がひんやりする。


「ちょ、ちょっと待ってよ。まさかあなた、私がロベルトに、その、いわゆる未練があるって言いたいの?」

「君は彼に対して、やけにご執心に見えるよ」

「やめてよ! そんなことあるわけないじゃない!」


 最悪だ。未練なんてそんなもの、絶対にない。


「彼のことを気にしているのはあなたも同じでしょ。だって恨みがあって……ともかく私達二人して彼を嫌ってる。できるなら仕返し、したいと思ってるでしょう?」


 その点で私達は利害が一致する。そういう根拠もあったから、セイレン島で彼の力を借りると最終的に決心できたのだ。

 毎日が窮屈だから面白いことに首を突っ込む、なんて曖昧な言葉だけで、さすがに協力は仰げない。


「仕返し? 君の話とごっちゃにしてない? たしかに『あいつは気に喰わないから君のやりたいことを後押しできる』とは言ったけどね」


 わざとらしく目を見開いた挙句、首を傾げられてむっとした。


「ちょっと違う。あなたは『()()()後押しする』と言ったの」

「だって、君が彼にそこまでこだわる姿を見るなんて予想してなかったから」

「どういうこと?」

「僕は実際には、君ほどロベルトなんて気にしてない。強いていうならうざい羽虫程度。君が気にするから僕も気になるだけ」

「名前を出しただけであんなに機嫌を悪くしておいて、それを言う?」

「電車でのことを言ってる? それなら、君が彼を婚約者として慕って頼るみたいな言い方をしたからだよ」

「つまり、彼が誰かに慕われてることに苛立ったわけよね」


 ロベルトやジェニファーへの恨みをなぜか認めないハルに、私は核心を突きつけた。


「ロベルトは、あなたの婚約者であるジェニファー・エーブルを奪ったのよ。しかも大勢の前であなたを断罪し、彼女の代わりに婚約破棄の宣言までした。恨んで当然だわ」


 空気が凍った。今度は比喩的な意味で。

 しばらく固まったあと、ハルが低い声を出す。


「……ノア?」

「え、私が教えたんじゃありませんよ!? そんなタイミングなかったでしょうが。というかハル様、婚約破棄のこと話してなかったんですか!?」

「そこは話したよ。少し前までジェニファーと婚約してたけど、ロベルトに心変わりしたようだったから婚約は解消されたとね。でも大勢の前でどうこうなんて言ってない」

「なかなかマイルドな説明ですが、それでも結構酷い話ですよねえ」


 一人で頷くノアは無視して、ハルは私に訊いてくる。


「どうして知ってるの。言ってないことまで」

「そんなセンセーショナルな話題、研究学校の生徒達の近くにいれば嫌でも耳に入るわ。むしろなぜ隠してたの。ロベルトとジェニファーに関することは重要な情報よ」

「別に……深い意味はないけど」


 怒りは消え、拗ねたような態度になった。

 困惑した私とノアは自然と顔を見合わせる。


「君に聞かせるほどのことじゃないかなって思っただけだ。家同士が勝手に決めた話で、いずれは婚約解消する予定だったし」

「だとしても、舞踏会で婚約破棄を告げられるなんて酷い辱めだと思うし、言わないでおくには大きすぎる出来事でしょう」


 ハルは観念したように息を吐いた。


「そんなかっこ悪いこと、君に詳しく説明したくないだろ」


 しばらく私とノアは無言だった。

 ハルはいじけたように、手元の新聞を小さく指先でとんとんと弾いた。


「変なとこで妙なピュアさを発揮しますね、ハル様……」


 棒読み気味でノアが言い、思い出したように私に「そういえばこのクッキー、チーズ味で甘くないですよ」と机におかれた皿を示す。さらに「トウカの街の店でハル様が自分で選んで買いました」と付け加える。

 メッセージに書かれていた、甘くない焼き菓子だ。


「もう他に、言っておくことはない?」


 クッキーに手を伸ばしながら、ハルに聞く。なんだかちょっと、子供を宥めるような声音になったのは仕方ない。


「君のほうこそ。言っておくことはないの」


 聞き返された。調子を取り戻すのが早い。


「ないわよ」


 ピュアな理由で隠しているようなことは、何もない。

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