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忌縁奇談  作者: すずなか
序開
9/12

 階段先には、開けた空間が広がっていた。朽ち果てた椅子や、割れた蛍光灯の破片、捲れ上がった床板が無惨に散らばっている。

 階段からそう遠くない場所にある、部屋を照らすやけに明るいライトは、夜間作業用のものだろうか。さっき逃げ出した男達が、設置したのだろう。

「肝試しか……?……いや」

 面白半分の肝試しに設置型のライトなんて持参するはずもないが、こんな澱んだ場所で何をしようとしたのか。ああいう人たちが考えることは、俺にはわからないがきっと良いことではないだろう。

 そんな事を考えながらふと今登ってきた階段の方を振り返ると、三階へと続く登り階段に、今まさに手のような短い突起をかけている三毛の丸いものの、黄色くてまん丸の瞳が瞬く。

「おまえ、待っ……!」

 声をかけた時には、そのふくよかな三毛柄の尻は暗い階段の上へと、消えてしまった後だった。

「くそっ、そっちは……」

 この建物に入ってからずっと感じていた、悪意のような嫌な気配。その気配が強い三階を睨んだが、そうしていても埒が開かない。スマホを握り直してから、俺は三階へと向かった。


 ◆


 三階にはかつて学生たちの住む部屋があったのだろうが、壁ももうないようなもので、個室のドアは外れてしまっている。

 朽ち果てた壁には、火事があったのだろうか煤のような真っ黒な汚れが目立つ。手形のようなものもあり、自然と眉間に力が入る。

 スマホの頼りない光では奥の方まで光が届かず、廊下の奥は暗闇に覆われていて見えないが、廊下奥から微かに隙間から吹き込む風の音が聞こえてくる。


 ーああ、アあ、アナタ、イるノ?


 スマホのライトが吸い込まれるほどの闇の中から、聞き取りづらいが、女のような声がそう言った。

 咄嗟にスマホのライトを手のひらで覆って、視界が全て闇に変わる。敏感になった耳に届く隙間風は、いつのまにか何者かの息遣いに変わっていた。

 息を潜めて様子を伺っていると、粘着質な気配と共に迫ってくるこちらへ迫ってくる。

 しかしそれは途中で止まり、息遣いだけが聞こえてくる。ゆっくり後ろに下がろうとした所で、なぜか足元にあった空き缶に足が当たったのだろうか、カランと床を転がる音がした。

『キャァ"ァ"ア!』

 まずい、と思ったのも束の間、女の悲鳴が闇の中を劈いた。窓はどこも板で塞がれているはずなのに、生臭い風が吹き付けてきて思わず数歩後ずさる。

『ン"ン"ン"ン"……』

 迫る気配が俺を捉えるよりも前に、とにかく走って逃げようと階段へと踵を返すと、足元から喧嘩前に威嚇する猫のような唸り声が聞こえた。

『ヴァアアゥゥ!』

 犬の吠え声と猫の声が混ざったような、獣の激しい声がした矢先、俺に顔のすぐ横を何かが、とんでもない勢いで通り過ぎた気配があったあと。

『ぁアあアァあああァ!!」

 酷く濁った女のけたたましい叫び声が、俺のそう遠くない背後から耳を劈いた。頭痛がするほどの絶叫に、思わず耳を塞ぐが、既にキィンと高い耳鳴りが始まる。

 とりあえず逃げないと、クラクラとぶれる頭を振って、足を踏み出す。

 そこでふくらはぎに軽い衝撃があり、足にひどく柔らかいものがぶつかると、すぐに前方へと抜けていく感覚があった。

「……っ!?」

 驚いて一瞬固まってしまったが、激しい絶叫から再び戻った静寂に澱んだ暗闇の奥から、何かを引き摺るような音がする。

 そして隙間風のような音、いや、苦しげな息遣いと喉に痰が絡んだような嗚咽だ。

 だんだん大きくなる音にハッとして我にかえり、ライトを覆っていた手を離して、階段を急いで駆け降りた。

 階段を降りて2階に戻ると、明るすぎるライトに暗闇に慣れすぎた目を焼かれるように視界を奪われて、思わず目を閉じて足を止める。

 全身が心臓になったかのように、拍動する手足を押さえ、耳鳴がじんわりと消えていくのに併せて、ゆっくり目を開けると、辺りはさっき見た2階のままだった。

 こうしてみると、ここには食堂でもあったのだろうか、大きい長机だったと思われるものや、椅子が辺りに散乱している。

 しかし今はそれはどうでもいいことだ、とにかく一度外へ出る方法を……、そう考えていた俺の耳に、微かな声が届く。

『ン"ニィ"……』

 ネコの声のようでもあり、人間の声のようにも聞こえるそれは、どこか力ない様子だ。

 かすかに響いた声を辿るとコンクリートが剥き出しの柱の影に、丸いシルエットを見つけた。驚かせないよう慎重に近づくと、シルエットには三毛猫柄がぼんやり浮かび、ぴぃぴぃと鼻の鳴る音が聞こえてくる。

 近づいてしゃがむとようやく、近づいた俺に気がついたのか、黄色い目がまんまるく見開かれた。

「まってくれ」

 ぶわりと毛が逆立ったのを見て、思わず声をかける。

「お前を傷つけようと思ってない、俺はただ……」

 しゃがんで優しく話しかけているうちに、その丸い目が俺を見ていない事に気がついた。

 この視線は、俺の後ろを。

 それに気づいた時、ほぼ反射的に震えている丸い体を抱き上げて、思いきり体ごと横へと跳んだが、近くに落ちていた椅子に足を取られて、派手な音を立て転がってしまう。

 抱えた球体を庇うようにしながら受け身を取り、ついさっきまで俺がしゃがみ込んでいた場所を振り返ると、異様に長い闇の中でもやけにはっきりと見える、青白い腕が置かれていた。

 いや、置かれていたのではない、異常に大きく鋭く長い獣のような赤黒い爪が揃う手の爪が、古くなった床板を壊して突き刺さっていた。

 ーーーモ、どって、キてクレた、の?

 そう、声が聞こえた方向には、異様なほどに長い首の先、垂れ下がった頭部の上唇から上が見当たらなかった。

 強烈な見た目、強い攻撃性、こんなモノが居るなんて。

「……とんでもない大学だな」

 知れず、ため息が漏れた。

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