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忌縁奇談  作者: すずなか
序開
8/12

 ―――蒼だ

 ―――青だ

 ―――アオだ

 暗闇の奥、密やかな声と息づかいが生じた。

 ―――私のものだ

 ―――私のものだ

 ―――私のものだ

 床に壁に天井に、染みついたような暗闇の奥から、浅く早い息づかいが聞こえてくる。声は息づかいとともに広がり、息づかいと声は音叉のように闇を広げていく。

 何者かが潜む闇の中、二つの靴音が響いていた。

「なあ、本当にここで撮るんかよ」

「ホラー系はウケ良いんだって。前の肝試しの動画も再生回数伸びてるし」

 明るい髪の男と気の弱そうな男が、そんな話をしながら機材を設置している。丁寧に板打ちされた雨戸が締め切られている為か建物の中は暗く、手元の懐中電灯が照らす室内は荒れ果てていた。気の弱そうな男は辺りを見回し鼻をひくつかせる。

 粘り気のある闇は、甘ったるい蜜のようなような香りと、その中に刺激のある嫌な匂いがした。

「だってなんか変な匂いするし……」

「気のせいだって、ライトこっち向けといて」

「わ、わかったよ」

 気弱そうな男は、簡易的な照明を明るい髪の男の方へと向けると、部屋の一部と男の姿が明るく照らしだされる。

「カメラチェックしてくれ、俺この辺の小さい瓦礫ちょっと片付けとくから」

「あ、ああ……」

 朽ちた天井から落ちてきたのか、細かい破片が散乱している床の、躓きそうなサイズの破片を端に避ける男の指示に従って、気が弱そうな男は小型のカメラを取り出して電源を点ける。黒かった画面に映像が映り、そこに表示された映像を確認していく、バッテリー残量を確認後、、画面のコントラストを確認するために、ライトで照らされた場所を掃除する茶髪の男にカメラを向ける。

「ヒッ!」

 そこに照らし出された男の姿をみて、カメラを向けた男の喉から引き攣ったような声が漏れた。

「は?なんだよお前、ビビリ過ぎじゃ……」

 明るい髪の男は、目の前で大きく目を見開き後退りする友人の姿に笑いながら、ちらりと肩越しに後ろを振り返る。

「へっ」

 間の抜けた声が、暗闇に響いた。

 とてつもなく柔らかいもの、形のある温かい空気のようなそれが足にまとわり付いて、さっきまで笑っていた男は、傷んだ床板に尻もちをついていた。

「いって!何だよ今、の……」

 尻餅をついた男は、自分の視界に映ったモノに目を見張る。擦り切れた白い布から伸びる、異常な程細い骨のような素足が闇の中で照らされて、浮き上がっていた。

「ヒッ、ぁぁ、あ、何……」

 男の喉が引き攣って、声にならないような音が出る。浅く早くなった呼吸が、部屋の中に大きく響くようだった。呼吸を乱しながらも、少しずつ視線を上へと上げていく。

「あ、あぁ、あ」

 裾の擦り切れた白い布は、ワンピースだった。しかし茶色い何かがこびりつき汚れていて、あちこちにほつれがあり、薄汚れている。

 血色がなさ過ぎて青くさえ見える肌、骨が浮き出た腕は細さも手伝い長く見え、手首から先が異常に大きく鋭く長い爪が揃う爪先に行くにつれ赤黒く変色していた。

 肩にかかった光を吸収するかのような黒い髪からはぽたりぽたりと、透明な雫が滴っている。

 異様なほどに長い首は蛇のようにうねり、その先についた頭部は暗闇の中に溶け、どんな顔をしているのかわからない。

 ーーーモ、どって、キてクレた、の?

 耳障りなノイズ混じりの声が「ウレシイ」と言うと、真っ赤な下唇が唇が歪な角度で吊り上がった。暗くて見えないのではない、上顎から先が、なかったのだ。

「うわあああぁ!!」

「ひぃああぁぁ!!」

 二人の悲鳴が、闇を劈いた。


 □


 飛び込んだ玄関ホールは、埃っぽい空気が充満して独特の臭いがしている。板の張られた窓からわずかに漏れる光だけが光源で、屋内は思った以上に暗い。ズボンのポケットにねじ込んでいたスマートフォンを取り出すと、慌ててライトを点灯させる。

「ッ……」

 ライトを点けた途端、視界の端を横切る黒い影に、急いで光をそちらへ向ける。そこにはただ、光に照らされた埃が嫌に綺麗に光りながら舞っているだけだった。

 小さく息を整えて、辺りを見回した。

 木造の建物は手入れがまるでされていないせいで、壁や床はぼろぼろに傷んでいる。天井も所々落ちてしまって傷んだ床には、天井の一部が散らばっていた。

 澱んだ空気に嫌な予感がしながらも、辺りを照らして逃げてしまったあの丸い生き物を探してみる。

「ぅ、わ!」

 すると一瞬目の前が真っ暗になり、また視界が開ける。驚いたが目の前を何かが横切ったんだろうとすぐに思い直して、眼の前を横切った黒い影にライトを向ける。すると、そこに現れたのは黄色い半円の目玉。ホールの隅にうずくまるようにして居るその三毛色の毛玉は、怯えるように壁に体を密着させてこちらを見上げてきていた。

「よかった、何もしないからこっちに……」

 なるべく優しく話しかけながら手を伸ばすが、毛玉は毛を逆立ててひとまわり大きくなるだけで、こちらに近寄ってくる様子はない。

 ひとまず無事であることは確認できたが、連れ出すにはどうするべきか。そう悩んでいるうちに、弾かれたように毛玉が飛び出して向かってくる。

「っあ!待て!」

 そう言った瞬間には脛の辺りをとにかく柔いものにぽやんと撫でられる感覚がして、床に尻餅をついてしまった。

「〜っ!くそ…どこへ…」

 慌てて辺りにライトを向けると、奥に階段があるのが見えて、そっちを探すかと思った時、どこからか男の悲鳴が聞こえてきた。

「うわあああぁ!!」

「ひぃああぁぁ!!」

 2人分の悲鳴が聞こえて、バタバタと大きな音を立てて走ってくる足音はどうやら階段から聞こえてきだようだ。

「っ、誰か居るのか…」

 慌てて階段へ向かうと、尋常ではない様子の男が2人、転がるように階段を駆け降りてきた。

「うわっ!あああぁぁ!!」

「ひぃぃ!!」

 そして俺の姿を見るや否や、顔を引き攣らせて悲鳴をあげる。声をかけようと手を伸ばしたら、二人とも意味不明な言葉を叫びながら文字通り転がるように玄関口へ駆け出していった。

「ちょっと……!」

 光が差し込んで、それから暗くなって、ガチャン、と錠のかかるような音がして、自然と大きなため息が出てしまった。

 つけたままにしていたスマホのライトが照らす足元では、大きく舞った埃がキラキラとライトを反射している。とりあえず、玄関から出るのはひとまず諦めて、俺は暗く澱んだ空気に呑まれているような階段へと、足を向けた。

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