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忌縁奇談  作者: すずなか
序開
7/12

「旧学生寮?」

「ああ。なんでも、妙なものが出るらしいぜ」

「やめておけよ、どうせ行ったって無駄だろ」

「どういう意味だァ?あぁ?」

「そのあぁ?っていうのやめなさい、ガラが悪いぞ」

 テラス席で向かい合う、目つきの悪い銀髪の男性と、黒い短髪の眼鏡の男性の、そんな会話を聞いてしまったのは、構内カフェでガイダンス疲れを濃い目のコーヒーで癒していた時の事だった。

 人の会話を盗み聞きする趣味なんか無かったが、真後ろの席で割と大きな声でしゃべられてしまえば聞きたくなくても聞こえてしまうものである。

 全くどうなっているのか、どうやらこの大学は何かにつけて曰くありげらしい。ふうと溜息をつくと、コーヒーから立ち上った湯気が揺れた。

 それから間もなく立ち去った、後ろの席の二人組の会話の内容を思い返して、更に大きい溜息をついていると、水のペットボトルのキャップ部分を、指で器用に挟んだ輪廻がやってきて首を傾げる。

「どないしたん、蓮水くん。物憂げな顔してても、様になってカッコエエなぁ」

「やめろよ、人が落ち込んでるのに」

「え、そうなん?ごめんな」

 この泥のような気持ちにさせてくれた本人の登場を、心底恨めしい気持ちを込めて見上げると、一応驚いたような顔をしながら、輪廻は向かい合った席に座って笑った。さっきあった事なんて無かったような朗らかな態度を見せてくるのに、感情が追いついてこない。

「何に落ち込んでたん?」

 冗談めかした空気をしまった輪廻が、そう問いかけてくるのに、俺は一瞬口を開くのを躊躇ったが、疑問になったままでは気持ちも悪いので、腹をくくって聞いてみることにした。

「輪廻、お前ってさ、その……」

 腹をくくったはずが、言葉がうまく出てこない俺の様子に片眉を上げた輪廻は、眼鏡の奥で眼をすっと細めてこちらを見つめてくる。

「……何が?っていう雰囲気やないね」

 少しの沈黙が間に落ちて、それからすぐに輪廻が口を開いた。

「入学式のとき、びっくりしたよな」

 机の上に置いた水のペットボトルを指先で弄びながら、その指先に視線を落としている。

「校長の回りの、アレやっぱ蓮水くんも見えてたんやな」

「怨霊……だよな」

 俺からの確信の言葉を避けているような輪廻に同意すると、頷いてこちらを見つめてきた。

「幽霊って言わへん辺り、本格的なんやなあ」

「お前だってそうだろ」

「そうやけど」と苦笑いするのを、少し複雑な気分で見つめていると首を傾げて返されてしまった。

「見える人なんて今まで()うたこと無いから、びっくりしたわ」

「あぁ、それは俺も」

 お前の容姿と、急にぐいぐい来る感じの態度と、あの意味深な言葉に最大限警戒していたということは一応伏せておいた。

「それで、さっきのは何だったんだ」

「……さっきの?」

 俺の一番重要な確信について、心底不思議そうな顔で返されるとは思わなかったが、兎に角これは譲れない。全力で頷いてみせると、納得していないようだったがやがて何かに思い当たったように「あ」と返ってきた。

「み、見てた?」

 なぜだかちょっと恥ずかしそうに赤らめた顔を伏せて、上目遣いにこちらを見てくるのに、少し絆されそうになった自分を内心で叱咤して続きを待つ。言いづらそうにしていた輪廻は、小さく「よし」と言って向き直った。

「俺の、この舌な」

 話を始めた輪廻がぺろりと舌を出して指をさす、そこの中心部分に銀色の丸いものが見えた。そんなところにもピアスをしてるのか、と思ったときには舌は口の中に戻っていった。

「実は、俺の舌やなくて、神様の舌なん」

「は?」

 突然、何を言い出すのかと思いきや。あまりにも突拍子も無い話に、思わず気の抜けた声が出た。誰にだって、言えない秘密がある。俺も例外じゃ無い、輪廻にも、言えない秘密の一つもあるんだろう。

「やから……」

「はいはい、わかった。正直に言う気無いならそれでいい」

 輪廻が言いたくない事を、無理に聞き出す必要はない。

「え、やから、俺の舌は……」

「悪かったよ、触れられたくない話だってあるよな」

 無粋だったことを謝ると、なぜか輪廻は首を傾げていたが、とりあえずさっきのことは、俺が見なかったことにしておけばいい。

「とりあえず、帰ろう」

「え、あ、うん」

 俺が立ち上がると、輪廻も慌てて席を立つ。学内カフェのテラス席を後にすると、二人で並んで歩き出す。何度かチラチラとこちらを窺ってきているのは気配でわかったが、あえてその視線には応えずに大学の門への道を歩き続けた。

 そのはずだった。

「……ここ、どこなん蓮水くん」

「……知らない」

 門へ向かって歩いたはずが、俺たちの前にあるのは見たこともない古びた建物。明らかに使われていない様子の、2階建てのその建物は、外からでも異様な雰囲気をまとっていた。

「『學生寮・卯月館』……ここになんかあるの?」

 敷地入り口にある古い看板の文字を読み上げた輪廻が、不安げな視線を向けてくる。学生寮、と聞いて目眩がする思いだった。

「いや悪い、道を間違えただけだ」

 言い終わらないうちに、戸惑っている輪廻を連れて元来た道を引き返す。学内カフェの横を通り、本棟の間を抜け、大学入り口の門へ。

「な、なあ蓮水くん」

「わかってる、輪廻、言うな」

 門へ向かって歩いているはずが、今目の前にあるのはさっき迷って着いてしまった、使われていない学生寮だ。

 ここまでくれば俺たちのように、視ることができる人でなくても、異様なことが起こっているとわかるだろう。

「蓮水くんさては、方向のやつの音痴さんやな……?」

 真面目な顔でキリッと言われてしまったが、決してそう言うわけではない。輪廻も分かっていて、言っているんだろう。

 目の前の寂れた建物から漂う異様な空気に、甘ったるくどこか不快な刺激のある香りが漂ってきてハッとする。

慌てて建物を見ると、2階の窓に過去見たことのあるシルエットが見えた気がした。

「先に帰ってくれ」

 後ろで「何でや?」と何度も疑問符を浮かべている輪廻に、背を向けたままそう伝える。

「え、やけど……」

 輪廻が何か言いかけたが、振り返ることはしない。

「いいから」

 ーー俺は、この中にいるモノを知っている。

 いつかは対峙しないといけないモノ。いつかは、解決しないといけなかったもの。

「あっ、蓮水くん」

 覚悟を持って、寂れた建物へと足を踏み出した。

(ぎゅぁ)

 そしてとてつもなく柔らかいものを踏んづけたと思ったと同時に、潰れた悲鳴のようなものを聞いた気がする。

 あ、と思った時には、足にまとわりつく柔らかい感触、それからものすごい速さで建物入り口へと走り去っていく球体。

「あっ!あれ...もしかして」

 今朝、俺の背中にくっついていたすねこすりが、建物内へ走っていってしまった。輪廻が何かを言っていた気がする、気がついた時には俺はあの丸いものを追いかけて走ってしまっていた。

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