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忌縁奇談  作者: すずなか
序開
2/12

 B棟3階、大教室。

 高い天井に大きな窓、円形状の階段教室にずらりと並んだ机と椅子。オリエンテーションが始まる前の部屋は、同じ学部の学生が既に集まっていた。入り口でやたら厚みのある封筒に入ったレジュメと、学生番号付きの名札を、神経質そうな事務局の人から少し遅れたことに対しての小言とともに手渡されドアをくぐり、教室に入った。

 少しは空席があるのだが、ざわざわとして落ち着かない教室を、入り口からすぐの所から眺めていると、不意に声をかけられる。

「あ、キミ!」

 正直こんなに早く2度も聴きたくなかった声、デジャヴュのような物を感じて、自然に眉が寄ってしまうのを直しもせずに、声の方を向く。すると頭で思い描いた通りの男が、にこにことして歩いてくる所だった。

「さっきぶり。(おんな)じ学部なんや、嬉しいわぁ」

 人懐っこそうな顔で、金髪の男がにこりと笑う。大きめの丸メガネ、結ばれて背中に届く波打つ金髪。見た目は変わっていないが、中庭で遭遇した時とは、少し印象が違う気がした。

 どこがどう違うのかとは言えないのだが。

「えーと……」

 つい先ほど見てしまった、ノイズ混じりあの不吉な物を見たくなくて、視線をずらす。()()()としていないのに、()()()しまったもの。あんなものに囚われる人間になど、なるべく関わり合いになりたくない。

「俺、きゅうじゅうきゅう、って書いて、九十九(つくも)、輪廻転生のりんね、で輪廻(りんね)って言うねん。君は?」

 しかしそんな俺の願いもむなしく、明るい声が自己紹介を始めてしまって内心でため息をついた。もしかしたら、実際肩も落としてしまったかも知れないがそれはそれだ。

雅楽代(うたしろ)蓮水(はすみ)

「ウタシロくん、かあ。カッコエエ名前やね。同じ一回やし、仲良うしてな」

 早めに解放されるために、簡潔に名前を伝えた。それにも拘らず、何がそんなに嬉しいのかにこにこと笑う男、改め九十九輪廻は、俺の手を掴んで机へと向かう。

「ちょ……!」

 慌てている俺の様子など気にもならないのか、九十九輪廻は机に向かって進んでいく。手は簡単に振り払えそうだったが、なんとなくそうするのも気が引けてしまう。なるべく穏便にここを乗り越えられないかと思案していたが、気がつけば既に階段教室の教壇からなるべく遠い場所に

「ここ空いとる?あ、ほんまぁ。ありがとう」

 4人がけの席の端から入り、隣に座る女子学生2人に、にこりと笑いかけた九十九輪廻を止める間もなく、その女子生徒たちの隣に着席することになった。

 しかし女子学生はどこか怯えた様子で、そそくさと席を離れてしまった。

「あららぁ、馴れ馴れしかったんかなあ」

 そんなふうに言って困ったような笑みで振り返るのに、じと目を返すときょとんとしてからもう一度笑う。

「馴れ馴れしい?」

 するりと細められた黒い瞳に、当然ながら中庭での件を思い出してしまい、不自然に視線を逸らしてしまった。

「そっかー、ごめんな」

 少し残念そうな声がして、不自然に逸らしてしまった視線を思わず戻すと、あまり悪いと思って居なさそうな笑顔で九十九輪廻が笑っていた。不思議と腹は立たなかったが、釈然としない気持ちになった。

「ウタシロくんって、エエ子なんやなあ」

 からかわれた気がしてしばらくジト眼で見つめていたのだが、不意にそんなことを言った九十九輪廻は、ころころと笑った。中庭での件が嘘だったかのような、朗らかな笑みを見ていると、釈然としない気持ちもなぜだかどこかへ行ってしまった。

「はい、皆さんお待たせしました」

とりあえず、ひたすらレジュメを眺めることに決めた俺が、無心で配布物の内容を目で追っていると、マイク越しの声が聞こえてきた。教壇に目を向けると、そこには先ほど自分に小言をくれた神経質そうな男が立っている。

「人文化学部の単位取得および大学生活におけるこれからについての、オリエンテーションを始めます」

その言葉で辺りは水を打ったように静まりかえり、満足そうに頷いた事務局の人がレジュメを見ながらの説明を始める。それからは何のこともない、単位取得、大学生活、施設説明、明日の日程……等々、淡々とした説明が続いていた。



「本日説明した内容について、疑問点等があれば、A棟一階事務局にて質問を受け付けています。遠慮せずにお越しください。それではこれでオリエンテーションは終了となります、お疲れ様でした」

みっちりとしたオリエンテーションが、終了時間ぴったりに終わり、再び賑やかになる教室の空気に思わずあくびが漏れそうになった所で、隣に座っていた男が大きな伸びをして、その存在を思い出した。

「んん~、案外長かったなあ」

“疲れた”と九十九輪廻は、本当に疲れた様子で首を回した。意外と静かに説明を聞いていたのか、手元のレジュメには沢山書き込みがしてあった。意外とづくしだが、綺麗な字だった。

「達筆やな」

出したペンを片付けていると、俺のレジュメを覗き込んだ九十九輪廻がそんな事を言ってきたので、無視する訳にも行かずにそっちを向く。

「ウタシロくんぽい」

一体何が楽しいのか、褒めたのか貶したのかわからないが、九十九輪廻はにこにこと笑っていた。

ここで、その言葉の意味を聞くのは間違いだ。俺は手早く荷物を纏めると、カバンを掴んで、隣のにこにこと笑っている顔を見る。

「じゃ、俺今日はもう帰るから」

そう言って愛想笑いを浮かべると、九十九輪廻は一度目を瞬かせてから、笑う。

「うん。帰り、気つけてな」

黒い瞳が俺を見た。にこりとした笑みには、中庭で感じた気味の悪さなんかは、どこにも見当たらなかった。

軽く頷いてから、俺は椅子から立ち上がる。そのまま背を向けて歩き出すと、不思議と入学式の事も、中庭の事も、何もかもが気のせいだったのでは無かったのだろうか。そんな気さえする賑やかな声に背を押し出されるように、大教室を後にした。

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