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5:祝福にして、呪い

『──″過去を視る″ってどんな事なのかって?』


 耳元に充てた通信用魔導器(白氷水晶)から、垢抜けた声が聴こえてくる。


「……あぁ、術式付与された通常の魔眼じゃここまでの疲労困憊は無いはずだからな」


 ガタン、ガタン。

 高速で後ろへ通り過ぎてゆく、のどかな田園風景。昇ったばかりの朱色の朝日が、車窓より差し込む。


『うーん、そんなこと言っても、私が知ってる事はそんなに多くはないけど? まぁ少し思う所はあるんだけどね……』


 定められたレールを進行する車両は、時より俺たち身体を揺らしながら目的地へと向かっていく。


「別に大丈夫だよ。 とりあえずその一般的な知識だけでも耳に入れておきたい」

『こんな時間に義姉を起こしてまで聞くような内容じゃないとは思うんだけど……』


 ああ言えばこういうな、クソ姉貴。


 こめかみに青筋を立て、無意識に水晶を強く握る。


 鉱山都市ファルツァー発、帝都オールノイズ着の始発の列車。

 一日前の列車ジャックからまだほとんど時間が経っていないのにも関わらず、昨晩から運行を再開しているらしい。


 列車丸ごと川に沈むとかいう大事件だったのにな……。

 我が国の魔術師は優秀だ。既に隠蔽工作を終えてるのか。


 俺は個室(コンパートメント)式の車内を見渡す。

 というか見渡すも何も、この部屋以外は見えないのだが。


 俺の向かいの席に座るエルフェリアの意識は、まだ回復していない。と言ってもそこまで酷いものではなく、ただの疲労困憊だそうだ。


 今はまだ早朝5時過ぎ。襲撃を受けるという、余程の急用があった俺たち以外にこの列車に乗るものはほとんど居ない。


 移り変わる窓の外の風景は、夜が明けたばかりだということをはっきりと示していた。


「そうは言ってもな……彼女が企んでいるのは、過去視による″消滅″現象の解明だ。 当事者であって、付き合わされる俺の身にもなって欲しいぞ」

『えぇ……? 起きてから王女様に聞けばいいじゃないの。 身の危険があるワケでもあるまいし、まだ汽車に乗る時間は長いでしょ? その時にでもゆっくりと聞けばいいじゃない』


 情報伝達のズレがあるな。(一応)上司にして、家族である義姉(アルフィーヌ)には最初に知らせておくべきだったか


「……襲撃ならもう受けた」

『…………………………は?』

「昨晩、鉱山都市内で俺たち二人は襲われた」

『……………………………………………………………………は??』

「だからもう身の危険が生じる域まで来てるんだよ、この案件はっ! クソ姉貴が、さっさと情報寄越しやがれ!」


 つい感情的になって、立ち上がってしまった。


 車内にほぼ人はいないとはいえ、声を上げすぎたか。

 エルフェリアは……まだ寝てるな、大丈夫だ。


「……すまん、言いすぎた……」

『──いいえ、構わないわ。 それよりも″第七席″、手短に当時の状況を説明しなさい』

「…………! あぁ了解だ……」


 アルフィーヌに仕事用スイッチが入ったようだ。先程とは雰囲気も声色も変わっている。


 それから数分。


 俺の状況説明を聞いたアルフィーヌは、通信先で数瞬、口を閉ざした。


「……あー、どこか説明が足りない所があったか……? 言って貰えるともう一度詳細に話すが……」


 無音の通信に耐えかね、俺はそう告げた。

 しかし、流石は一組織の長にして、宮廷魔術師。心配は無用だったようだ。


『──いいえ、状況は把握出来たわ。 貴方が言っていた道化仮面の魔導師達……少し心当たりがあるわ』

「……どういう事だ?」

『多分彼等は、暗部の魔導師組織″天の杖(スカイ・ロッド)″の最下層構成員──俗に言う″塵掃除屋(オッド・スイーパー)″ね』

「……塵掃除屋(オッド・スイーパー)?」


 曰く、彼等は、暗部にて犯罪行為やテロ行為を繰り返す魔導師組織、″天の杖(スカイ・ロッド)″の使い捨て用の構成員らしい。彼等は全員が道化の仮面を付けており、顔を判別させることはないと言う。

 曰く、彼等は幼い時に組織に捕まり、魔導師育成の実験体として育った者ら。任務を遂行し、生き残った数少ない者たちだけが可能な「昇進」の為に身を投げ打つ捨て駒。

 幼い頃に契約した″呪い(カース)″の仕業で、裏切る事も逃走すら許されない、文字通り塵ゴミ達。


 立場が違えば、俺と同類だったかもしれない者たち。


 そんな彼等を、俺は躊躇なく──


『──とりあえず理解出来た?』

「────っ、あぁ」


 義姉によって、思考の泥沼から引きずり出される。


「″天の杖(スカイ・ロッド)″とは何度か事を構えたけど、そんな奴等を見た事は無かったんだがな……」

『……それもその筈よ。 彼等が駆り出されるのは、達成不可能に近い、「使い捨て任務」だけだもの。 貴方が以前紙一重で阻止したような暗部の案件には絡んでくる筈が無いわ』


 実験され、呪われ、逃げ場を失い、命令に従わざるを得ない者。


 それはまるで……奴隷と同じだ。


 オールノイズ帝国で、奴隷制が廃止されてから早一世紀。

 しかし世界にはそんなものは溢れかえっている。日々使い潰され、命を失ってゆく人間とすら認められない人々。


 同情はしない。


 ただ残るのは虚しさだけだ。


『それよりも、問題は──』

「──どうして″天の杖(スカイ・ロッド)″が動いたか、だな?」

『……その通り。 もし単純に「消失現象の犯人だったから」では使い捨て部隊を使った理由に説明がつかない……』


 つまり、奴等は″消滅″とは別の、何か他の目的を抱えているという事か。

 それも、高位魔導師である幹部ではなく、使い捨て部隊を送る程度の案件を。


 いや、あの襲撃自体がミスリードの可能性すらある。


 ″天の杖(スカイ・ロッド)″はそんな組織だった。


『彼等が動いたのは偶然か……それとも必然か……。 王女様が、何を視たのかで話は変わってくるわね』

「あぁ……とりあえず話はエルフェリアが起きてからだな……っと」


 窓の外から、エルフェリアに視線を移す。

 すると、俺の視線に寝ながらでも気づいたのか、座席の上でモゾモゾと動き始めた。


『それよりもルー君……貴方が言った「敵対勢力は一応無力化した」の無力化って────』

「────姉さん、エルフェリアが……起きた」


「ふぁ……よく寝た………………って、何よ朝からその視線は」


 大きな欠伸をしながら、身体全体で伸びをするエルフェリア。


 腰まで伸びる、少し乱れた銀糸が揺れる、


 俺が着替えさせる訳にもいかなかったので、その身を包むのは、昨日と同じ、絹で編まれた薄めの白色上着。その下は、仕立ての良いワイシャツと、膝上丈の灰色のスカートだ。


 伸びをする度に、彼女の胸元の双丘が潰れる。大きめでも無ければ、控えめでもないそれは、寝ぼけまなこのあどけない少女の姿を、強く魅惑的に引き立てていた。


「ねぇ、その水晶から何か聴こえてくるんだけど、何をやってるのかしら?」

「────急に倒れて心配してたら、普通に寝起きなのかよ……」

「はぁ? ルーン貴方ね、私の眼を使うのがどれほど疲れるのか分かってて言ってるの?」

「分からないし、倒れる様な事態になるなら早めに言っててくれよ……」


「一週間以内」という″過去視″の魔眼の時間制限があったとはいえ、急に倒れるという事態になるのなら、白雪他メンバー(同僚の奴ら)を連れて来てでも、全力でサポートしたものを。


『…………………………あの、そろそろいいかしら』

「………、誰の声?」

「…………………………一応俺の上司で義姉の、アルフィーヌ=ロンギヌス。 馬鹿で子供っぽいけど、やる時はやる……と思う」


 何この雰囲気、気まずっ!


 なんで気の強い(?)両者が、こんな借りてきた猫みたいになってんの?


 浮気現場を見られた修羅場かな?


「………………あー、ルーンの義姉さんですか……一応名乗らせて頂きます、わたくしエルフェリア=E=アルフォース=オールノイズと申しますわ」


 王女オーラ出てる、貴族っぽい雰囲気出てる!


「………………あー、一応ルーンの姉で、王室直属特殊魔術師組織″白雪″、″第一席″アルフィーヌ=ロンギヌスでございます。 …………………えーっと、えーっと、あっ! 『アルフィーヌ』と『アルフォース』って似ているね!」

「えぇっと、それミドルネームですので一族代々同じ名を使っているんですけど……」


 馬鹿が出てる、馬鹿っぷりが滲み出てる!


 家族と組織内以外にまともに友達がいないこのコミュ障が!


「はぁ……もういいよ、姉さんにエルフェリア」

『はぁ? ルー君こそ、私の友達作り邪魔しないでよ!』

「貴方、寝起きに急に話しかけて何を言ってるの?」


 俺への当たりが厳しいっ!


 頭を抱え、深い溜息をつく。そのままゆっくりと息を吸い込み、再び吐き出す。

 よし、少しは落ち着いてきたな。


「もういいよ、とりあえず本題に入ろう」


 場の空気が変わる。


 エルフェリアの表情は沈鬱なものに変わり、通信の向こうのアルフィーヌは仕事モードにリセットする。


『待って、その前に「過去視とは何か」だったわね』

「いや、その件は本人に今から聞けば……」


 少し目を見開くエルフェリア。

 アルフィーヌは、その空気を察したのか、少し声のトーンを下げる。


 俺は認識する。″過去視の魔眼″のプロセスは、使用者本人であるエルフェリア自身でも説明が出来ないような感覚的なものなのだと。


『先に補足しておくけど、これは私の解釈よ。 エルフェリア王女様の主観とは異なる事を言ってしまうかもしれない、それだけは理解して』

「……えっ? あ、ああ……」


かなり念を押すように、アルフィーヌは事を進める。


『この考察は、少しエルフェリア様を傷つけてしまうかもしれない、だけど、これは貴方達が目的を達成する為に必要な事実確認よ』


俺の手に持つ通信用水晶からの声を聞き、二人の間に緊張感が現れる。


『もう一度言うわ、覚悟して聞きなさい』

「──あぁ、分かったよ」


 一旦の、静寂。

 そして時はゆっくりと動きだし、アルフィーヌの語りが始まる。


『″魔眼″とは、元来魔術式を刻まれた特殊な瞳の事を言うわ。 通常、体外魔力である魔素(マナ)と体内魔力である精素(オド)の両方を使用し式を成立させ、()()()()()技術。


 しかし、″魔眼″と″祝福″の二つは、この法則から外れるもの。 ″魔法″は例外だから、今回は省かせて貰うわね。


 ″魔眼″の本質は、「()()()()()()()()()()」こと。

  術式が元々刻まれているということもあって、精素(オド)しか使用しないという特徴もあるわ。


 その中でも″過去視″というのは、魔眼の中でも一線を画する。


 ″魔眼″の特徴である、「事象の観測」というものから、かなり脇道へと逸れている。

 それもそうね。

 通常の魔眼──例で言えば、オーソドックスな″魔力視の魔眼″とかかしら──は、「現在から自己を中心として、視界のものを観測する」というもの。

 ″魔眼″と言っても、普通の瞳とは本質的に変わらないわ。


 だけど、″過去視の魔眼″は違う。


 まず、彼女の魔眼は場所を制限しない。

 聞いた話によると、それは「自己を中心として、視界に入る過去の事象」を観測するもの。


 普通に考えて、矛盾が生じるわよね。


「現在視界に入っている範囲内の過去の事象」。その時視た「過去」は、その当時の自分の視界には入っていないじゃない。


 ″過去視の魔眼″は、「術式効果が付随された瞳」として考えたら、魔眼の一種なのだろうけど、正確には″魔眼″とは全くの別物よ。

 ″魔眼″の定義を、「術式効果を持つ特殊な瞳」と「視界に入る何かを観測する」というものだとしたら、彼女の魔眼は後者には当てはまらない。


 時を越えて、一切関係の無い過去の事象を、未来で観測する。


 これは、俗っぽく言えば″神の瞳″────、小説で言う三人称、「神の視点」よ。


 これは″魔眼″と呼ぶには、あまりにも逸脱しすぎている。


「疲労困憊で倒れた」という性質上、敢えてその瞳を定義し直すとするなら────神に与えられたという特殊技能こと、″祝福″だと思うわ。』



 ″祝福″。


 其れはこの世界を創成したとされる、『神』から与えられた特殊な技能。

 それを受けた者は、文字通り神の祝福を授かり、自分の体内魔力″精素(オド)″だけで、事象改変が可能だと言う。


魔術のようでありながら、魔術とは一線を画すもの。



なんとなく、察した。



「──────────」

『私の考察、否定はしないのね』


 エルフェリアは席に座ったまま俯き、その表情は伺い知れない。

 しかしその長い銀髪だけは、陰りが生じ始めた陽光を反射し、煌めいている。


 俺は知っている。彼女、エルフェリア第4王女の噂を。


 何故王女である彼女が動いたというのに、護衛や従者すら連れなかったのか。

 一応王室直属であるものの、一切の接点すらない我々″白雪″に護衛任務が回ってきたのか。


「──側室の娘であり、尚且つ特殊な瞳の関係上、王族相伝の″創聖魔術″を使用出来ない『無能王女』」


 ビクリ、とエルフェリアの肩が震える。


 しかし、俺は言葉を紡ぐのを辞めない。


「″創聖魔術″を使えない原因である、その″魔眼″は、この国が代々信仰していた『神』の祝福が原因、か」


 俺は彼女を利用し、目的を達成させる。


 その為には、彼女には現実を知り、しかし強く、強靭な精神を持って貰わなければならない。


「皮肉なものだな、自らが信仰していた『神』によって一族から疎まれるのか」

『ちょっとルー君!?』


 俺は止まらない。

 俺は今回の任務の概要を聞いてから、彼女を利用すると決めた。


 そして目的を達成する為に、俺は彼女に利用されると決めた。


 このまま塞ぎ込んでは、彼女が『視た』光景を知れない。


 彼女自身は、″消滅″の真相を、知ることが出来ない。


「俺たちはパートナーだ。 真相に迫り、目的を達成するには、足を止めるとこは許されない」

「………………ルーン?」


 そして。

 目的抜きにしても、俺は彼女に折れて欲しくない。


『神』の祝福(呪い)などに負けて欲しくない。


「君は『視た』。 俺は『動いた』。 もう俺たちは一蓮托生だ。俺は俺の、君は君の目的の為に動く」

「…………一蓮、托生」

「まだ出会って一日さ、互いの事は何も分からない。 だけど俺たちは両者を互いの目的の為に利用出来る。 その為には、今動かなければいけないんだ」


 俺の発言が苦しい事は理解している。

 これは計画外の行動だ。


 俺は俺の感情をそのまま吐露する。


「神の祝福なんかクソ喰らえだ、俺たちは俺たちの為に動こう。なぁ、エルフェリアッ!」


 雲から太陽が再び顔を出し、差し込んだ陽気が、俺たちの間を鋭くされど明るく照らす。


「─────────────────うんッ!」



 その日、歪な二人を繋ぐ歯車が動き出した。


 互いは互いの目的の為に動く。

 全く別の目的を持つ二人だが、何故か信頼し合い、歩む。



「──────アルフィーヌさん、私が『過去』の駅を視て、不審に思った人物は全部で三人居たわ。


 一人は、金髪の小洒落た騎士服の若い男。


 一人は、紅の長髪を雑に括り、槍を持った冒険者風の女。


 最後の一人は、黒いフードを被った魔術師風の人物。



 私は確信している、この中の誰か──ないし全員が、″消滅″現象に関係していると」









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