2:同類
お世辞にも座り心地が良いとは言えなかった、馬車の出口に足を掛けた。御者が来る前に自分で扉を開き、外へ出る。
車内の狭苦しい雰囲気とは異なり、開放感のある野外。
山岳地帯近辺で、鬱蒼と茂る森林が近いため、心做しか空気が美味しく感じる。
手を空に伸ばし、凝り固まった身体をほぐす。
「ちょっと、貴方一人なんで先に出てるのよ」
開放感を満喫する俺の背中にかけられる声。
丁度御者の手を借りて、馬車から優雅に降り立った一人の少女。そよ風に、その長い銀髪を靡かせ、こっちへ向かって歩いてくる。
「は? 別に良いだろ俺が先に降りても」
「そういう事じゃなくて、どうして自称従者が私をエスコートするでもないのに先に行くのよ」
お貴族様、めんどくさ。
ジト目で振り返り、銀髪の少女──エルフェリアと向き合う。
「……言っとくけどな、俺はエルフェリア王女殿下の『護衛』であって『従者』じゃないからな」
「別に似たようなものじゃない」
まだたった数時間の付き合いで俺を召使い扱いかよ。
エルフェリアの話を無視しながら、俺は御者との手続きを済ませる。70にも届きそうなベテラン御者は、手続きを終えたあと、テキパキと仕事を終え、馬車を引き去って行った。
「もうこんな時間か……」
時刻は夕暮れ。東の空が朱色に染まり出した頃。
「で、今の位置はどの辺なの? 鉱山街ファルツァー近辺だとは思ってるけど」
「えーっと、あったあった」
俺は自分のトランクを漁り、一枚の厚紙を取り出す。
「それは?」
「帝国北西部、ヴァーミリオン領の地図だ」
俺は地図右下部分を指差し、話し始める。
「地図の右上から右下が知っての通りエルミア大山脈。 そして右下部分が例のファルツァー鉱山、そしてそのすぐ西3キロ地点に鉱山街ファルツァー。 そして俺たちがいるのは──」
一呼吸の間。
「────ここだ」
俺は、東のファルツァー鉱山と、鉱山街ファルツァーの中間地点。先日の″消滅″現象が起きた場から、数百メートルほど離れた地点を指差す。
「…………」
先程との雰囲気からは一転、何処か思い詰めたような表情をするエルフェリア。
春先とはいえ、まだ残る冬風が俺たちの間を走る。
「一つ、聞いていいか」
それは俺の中に残っていた疑問。
先日、義姉からこの任務を告げられた際から、喉に刺さった骨のように腑に落ちなかった点。
「なぁ、お前は″消滅″した戦場に何を求めている?」
地図上から消えた戦場に何をしに行くのか、では無い。
それは彼女の『能力』から察しはついている。
何故、王女という身分でありながら、動いたのか。
「──────」
無言。エルフェリアは沈鬱とした雰囲気を纏い、下を向きながら下唇を噛む。
理由が思いつかないのか。それとも言いたくないのか。
「……まぁいいよ、とりあえず早めに『目的地』に向かおう」
春先でまだ明るいとはいえ、ノコノコとしてると日が沈む。
王女の護衛とかいうクソ面倒くさい任務についてる状況上、暗くなる前に、宿に帰りつきたい。
俺は東へ向かって、整備された石畳の上を歩き始める。
「………………ただ、真実が知りたいの」
背中に投げかけられた言葉に、自然と足が止まった。
「戦場で何が起きたのか、本当の事を知りたい」
振り返り、エルフェリアの顔を見る。
先程とは違い、覚悟を決めたような表情。
「……知ってどうする?」
「……………………分からない。 ただ、何もしない自分では居たくない」
そうか。
まだ数時間の関わりしか無いが、エルフェリアについて少しだけ分かった事がある。
彼女は、『優しい』。生い立ちもあるのだろうが、誰かの為に自分で出来ることは必ず行動に示す人間だ。
そして、同じくらい『危うい』。
自分以外の誰かの事ばかりを考え、優先して、本当に大切なものを見失いつつある人間。自分の身を顧みず、誰かに手を差し伸べるような存在。正義の味方気取りの偽善者。まるで、昔の誰かのような────。
「……貴方、どうしたの」
頭の中の世界から、現実へと引き戻される。
傾く夕日の下。
彼女は、もしかしたら俺と同じなのかもしれない。
しかし、まだ、何も分からない。
「いや、なんでもないよ。 ところで、その『貴方』ってやめてくれないか……? ……なんかこそばゆい」
「あらそう。 ならなんて呼んで欲しいの? 豚とか?」
「……おいもっと普通の呼び方あるだろ馬鹿野郎。 出会ってまだ数時間の人間に、よくそんな呼び方しようと考えるよな……」
俺は太ってもいないし、体臭もしねぇよ。……多分。
「じゃあルーンで。 その代わり、ルーンも『王女殿下』とか呼ぶのやめてね? エルフェリアでいいから」
「あーはいそうですか、エルフェリア王女殿下」
軽口を交わし合いながら、俺たちは進む。
もしかしたら、この短い付き合いで、彼女も同じものを感じたのかもしれない。
ルーンとエルフェリア。二人が同類だという事を。
いや、正確には同類だったと言うべきか。
俺の目の前にいる彼女は、昔の俺だ。
物語の英雄を気取って、誰かを救おうと考える人間。
それは愚かだが、尊く美しい精神だ。
ここにいる俺が昔の俺なら、エルフェリアとは仲良くなれたかもしれない。自分と根本が同じで、危険を顧みず、他人に手を差し伸べる者。
ただ、それは過ちだった。
──俺はもっと周りを見るべきだった。
──本当に大切なものを見極めるべきだった。
過去に起こした、取り返しのつかない間違い。
過去は、もう戻らない。