1:エリートな俺に下された面倒臭い重要任務
深夜。
螺旋状に続く回廊を、俺は一人登っていく。
数メートル間隔で配置されている窓。その外は真っ暗、闇に閉ざされている。
窓の外、この『塔』近辺に建つ荘厳な建物も、流石にこの時間には灯りは付いていないようだ。
まずはこの『塔』が何処に建っているかを説明しなきゃいけないな。
大陸北西に位置する我らがオールノイズ帝国。
その中では中央部。いや、少し西よりか。
大陸有数の大河エルワーズ。クソでかいその河川は、帝国北部から南東部に股がって流れている。
ちなみに北部が下流。南東のエルミア大山脈から流れているとのことだ。
ちょっと話が逸れたな。
まぁその大河が、丁度帝国の東部、ヴァーミリオン領の大都市フェルン辺りで分かれているってわけ。
ヴァーミリオン領って何かって?まぁそのうち分かるさ。
そんで、その分流──レルシ川って呼ばれてるそれは、帝国東部から南西部まで流れてる。
その川沿いにこの街、我らが帝都オールノイズはあるって事だ。
まぁ国土西部にあるこの国の首都って覚えればいいよ。
その首都の中でも最中心。
我らが国王陛下がおわしませる荘厳な宮殿!有り体に言うと城!
城壁に囲まれたその城の中にちんまり(?)と建ってるのが、この『叡智の塔』だ。
ここは特殊魔術師部隊″白雪″、その本部になっている。
そんなこんなで、塔を何周もぐるりと回る螺旋階段を登り、七階。俺の目的地へと辿り着いた。
叡智の塔は7階建て。屋上を除けばここは最上階だ。
「……いつ見ても思うが、なんて扉だよ」
月明かりに照らされて見えるのは、そこそこ大きめの扉。全長3メートルくらいの両開きの扉。それは白氷水晶をはじめとする貴金属で、荘厳に飾り付けられている。
見て分かる国宝級の逸品。
部屋主の趣味が滲み出ている。ほんと悪趣味だよ。
ため息をつきながら、俺は扉に手をかけ、開く。
開く瞬間、両開き扉の真ん中につけられた、赤色の宝珠が鈍く光る。
純金製のノブに手をかける両手に、ほんの少しの痺れるような感触。例えるなら静電気のような。
一応これは、入室しようとする人の精素を検査して、入室許可を下す魔術的システムらしい。知らんけど。
再三言わせて貰うが、ほんと悪趣味だよ。
俺ら部下を部屋主の秘密基地ごっこに付き合わせんなよ。
入室許可が下ったらしい。
ゴゴゴゴ、と凄そうな演出を掛けながら、ひとりでに扉が開く。
自動ドアなら触れずに開けや、不審者来たとしても部屋主なら返り討ちに合わせられるだろ。
呆れながら、俺は部屋に入る。
7階全面を占める巨大な部屋。しかしその中に、物は恐ろしく少ない。
横面にある少しの本棚と、部屋後方に備えられた執務用の机。漆が輝く木製のそれらは、両者共に超高級品だということを物語っている。
そして扉側に背を向ける、木製の椅子。
それに腰掛ける、フード付きの黒革のコートに身を包む人物。
身体を包み込むそれは、着用者のボディーラインを隠し、扉側の俺には正体悟らせない。
ゴゴゴゴ、とまた大層な音をたて、後ろの扉が閉まる。
闇に包まれた室内。
扉の対面にある、巨大な硝子窓。そこから射し込む月光だけが、この部屋を薄鈍に灯している。
月を向き、逆光に照らされながら、椅子に座る人物が口を開く。
「さて……″第七席″よ……。 貴公に重要任務を授けよう……」
「……………………いやいいから。 普通に話せよ、姉さん」
俺の言葉が響き、広い室内に沈黙が流れる。
「……えーいいじゃん、この正に強キャラ集いし秘密組織! って感じの雰囲気ぃー」
「良くねぇよ、お前の自己満に俺ら部下を巻き込むんじゃねぇ!」
「えぇ〜? そんな事言うのはルー君だけだよ? みんな楽しんでくるてると思うけどなぁ…」
「うっせぇッ! 一応″第一席″で実力もある姉さんに誰も意見出来ないだけだよッ! お前″白雪″古株の方々にもやってんの? この謎演出ッ!」
ぐるりと椅子を回し、俺と向き合う黒コートの人物。フードを頭から取り、コートを脱ぎ捨て、椅子にかける。
次の瞬間、部屋に灯りが灯り、室内を明るく照らす。
いや灯りつけるなら最初からつけてろや。
椅子に座り、笑いながら俺と言い合う人物は。
特殊魔術師部隊″白雪″の第一席、一応この組織を率いる人物。俺の四つ上の義姉にして、宮廷魔術師。
その名は──アルフィーヌ=ロンギヌス。
「なんだよこのクソ姉貴、お前俺をこんなことに付き合わせる為に呼んだのか!?」
「こんなことって何よ、こんなことも何も私たちそんな感じの組織じゃない!」
「そしてなんだよそのクソ高そうな黒コート! 演出する為だけに買ったのかよっ!」
肩口で揃えられた、黄金の美しい髪をサラリと揺らし、自慢げにふんぞり返る姉さん。エメラルドの瞳は、楽しそうに揺れている。
ふふんと言いながら張った胸は、見に包む純白のシャツごと大きく押し上げて……
……いやよそう。義姉にそんな事求めても仕様がない。
「はぁ……もういいよ……。 姉さんはここで一生俺たちを困らせててていい……疲れた……」
「疲れたって私まだ何も──」
話を遮るように、姉さんの前に歩み寄り、口元に人差し指を添える。これが俺流の口を閉じろの合図だ。今決めた。
「で、俺に直轄の任務なんだろ? どんなものなのか、何故俺向けなのか、気になることは多いけどまずは説明してくれよ」
はぁ、と深くため息をつき、姉さんは執務机に頬杖をつく。
よく見ると机の上には大量の書類が残されており、一応仕事はしているようだ。それもどれも機密文書並。
無駄に有能なんだよな、無駄に。大事な事なので2回言いました。
姉さんは机の上に無造作に置かれていた書類の一枚を手に取って、見せてくる。どうやら帝国地図のようだ。
地図上の、右端。エルミア大山脈地帯、ファルツァー鉱山。先日大規模な戦闘があったそこを指差しながら、姉さんは語り始める。
「二週間前のファルツァー鉱山奪還作戦、あの件絡みね。
「終始不利だったその作戦の最終段階、原因不明の現象で……ルー君も知ってるわよね、戦場が消失した。
「例え話なんかじゃない、鉄道駅を中心として、直径1キロメートルの消失。
「この現象で、鉱山を不法占拠していた王国軍は大損害。 撤退して、我々帝国は勝利。 奪還作戦は一応の成功……。
「それだけなら良かったのだけれどね。 問題は、広範囲消滅現象の損害を受けたのは王国軍だけじゃないって事。
「奪還作戦の成功にしては、大きすぎる損害。 一部兵士の間では、この事件は戦略級の魔術師が行ったのだと見る者もいる。 疑心暗鬼ね。 生け贄に捧げられたのではないか、と誰もがこの現象を恐れた。
「このことを隠す為、軍部は消失現象の報道を制限。 箝口令が敷かれ、一応この事件はここで収まる筈だった。
「──王女が、動いた。 王立ハデス魔術学院、通称″黒冥宮″に通う第4王女エルフェリア=E=アルフォース=オールノイズ。 彼女が真相究明に乗り出したわ
「多分これには、彼女の持つある特殊な能力が関係してる。
「軍部は彼女の当面の護衛を白雪に委ねたわ。 王室直属の組織である私たちに。
「つまり、任務は簡単。 『彼女を彼女が飽きるまで護衛する』これが貴方──ルーン=ロンギヌス第七席へ与える当面の任務よ」
王女の、護衛。
それが俺へと与えられる任務。
「勿論、何故俺なのか、とか聞かないでしょうね? 『貴方が最適だから』その理由は貴方の能力を考えたらわかるでしょう?」
「………………あー、わかったよ上官」
「あらそう、ならルー君、頑張りなさいよ。 王女護衛に失敗とかなったら多分即処刑だからね」
敢えて口にせずにいたが、心の中だけでも言おう。
──姉さん雰囲気変わりすぎだろっ!
再び、深く息を吐く姉さん。
他の書類をも見比べながら、窓の外を見た。俺もつられて視線を其方へ向ける。
そこは漆黒の闇。
その中を優雅に、されど不気味に飛び回る梟。
害獣である鼠を掴み、飛び去っていく。
「……面倒な事になったわね」
「……あぁ、そうだな」
闇夜に、俺たちの夜は更けていく。
暗闇に何かを暗示しながら。