0:戦場にて、消失
蒼天を突くようにそびえ立つ灰色の山脈。
視界の左から右まで、山々が途切れる事はない。
幾つも連なる山岳の標高は、その全てが雄に2000メートルを越えている。
ここは大陸を南北に縦断するエルミア大山脈地帯。
そびえる山々が分かつのは大陸だけではない。
大陸北西に位置するオールノイズ帝国と、大陸中央部北に位置するヴィヴァディール王国。
その2国を分断する『壁』の役割をも担っている。
炸裂する爆音。爆ぜる閃光。
あちこちから硝煙と鉄の臭いが立ち込める場。
そこでは怒号と悲鳴、勝鬨が響き渡り、赤黒い噴水が撒き散らされている。
倒れ伏すのは、死体、死体、死体。
そう、ここは戦場だ。
『──報告ッ!!! 右翼、A大隊第25班ッ!!! 小官を残して全滅ですッ!!!』
『──こちら中央後方補給部隊ッ! 敵魔術師5名の奇襲を受けて被害大ッ!! 誰かッ! 誰か支援をッ!!』
『──第4地下特殊戦略部隊ッ! 敵魔術師″衝奏″のエメルダムを討ち取りましたッ!! 地下支援ルートを開通しますッ!』
エルミア山脈西部、オールノイズ軍『魔術師団』最重要拠点。
そこは石造りの3階層に渡る建築物。
宣戦布告から数週間という短期間で造られた、突貫工事とは思えないほど立派な軍事拠点。
その中第2階、通信補助室には、戦場からの遠距離魔術通信がひっきりなしに届いている。
窓すらない、狭苦しい室内。天井に設置された灯りに照らされた場所。そこには数十にも及ぶ直径30センチ程の水晶体が置かれていた。
その水晶が光る度、前線で闘う兵士の声が届いてくる。
室内の水晶体の前で、忙しなく働く十数名の軍服の女性たち。
彼女らは、水晶からの通信を聞く度、自分も手持ちの宝石のような通信機器で何処かに連絡をする。そして数項の会話を終え、再び水晶に向き合い指示を出す。
オールノイズ軍からしたら、現状は芳しくない。
魔導機器の原材料にもなる『白氷水晶』。
それが多く出土する山脈直下の鉱山地帯ファルツァー。
元々帝国領であったそこは、今は隣国ヴィヴァディール王国に占拠されている。
2週間前の鉱山防衛戦。
帝国は籠城戦に敗れ、王国が鉱山に足を掛けるのを許してしまった。
今はファルツァー鉱山奪還作戦、その渦中。
帝国軍の総力を掛けた天王山の戦い。
しかし。
依然として戦況は良くはなかった。
ファルツァー鉱山へと向かう森林の中に造られた広い街道。そこを戦場として始まったそれは、完全に王国軍優勢な戦いとなっていた。
高所に陣を構え、上方から最先端技術を用いた、戦略級魔術砲火を討ち放つ王国軍。
低所からの討ち入り作戦を実行せざるを得ない帝国軍にとってそれは大きな障害だった。
魔術師団と騎士団の内部抗争により、戦力が半減している帝国軍。それに対して、大規模な侵略戦争を開始した王国軍。
一人一人の『質』は兎も角、『量』は王国軍が圧倒的だった。
『──こちら中央後方部、第36部隊ッ!! 敵魔術師″爪痕″により被害は甚大ッ!!! 鉄道駅付近を奪われましたッ!!!』
「──────ッ!!?」
とある報告によって通信補助室の空気が完全に凍った。
軍事上重要である支援物資輸送列車。
それが停る鉄道駅、その防衛戦の敗北。
戦場から数キロ後方にあともう一つ駅があるとはいえ、相当な痛手。
″帝国の敗北″。
通信室で働く、否、戦場で闘う全ての人間の脳裏に映った言葉。
しかしその場の誰もが次の言葉を発する機会はなかった。
──刹那、その戦場は地図上から『消失』した。