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プロローグ:下

「……どういう意味かしら」


 少年の言葉に第七車両内は凍りついていた。いくら第七車両内には見張りが居ないとはいえ(余程魔封じの手錠を信頼しているらしい)、冗談でも言わないような言葉だ。

 エルフェリアの内面では困惑が隠せない。しかし、いち王族として鍛えたポーカーフェイスで、目の前の黒髪の少年に聞き返した。本気か、と問う意味で。


「文字通りの意味さ」


 肩を竦めながら少年は答える。


「 エルフェリア=E=アルフォース・オールノイズ第四王女に、カルアド=ヴェルナー伯爵」

「────っ!? 何故私たちの名前を……!!」


 眼を見開くエルフェリアを無視しながら少年は続ける。


「二人とも最低限の魔術の心得はある筈だ、あとはこの手錠さえどうにか出来れば俺たちの勝ちは確定する」

「何を言ってるの!? 魔封じの手錠の鍵は奴らが持ってるのよ、これをどうやって外すというの!?」


 エルフェリアの言葉に、少年は視線を自らの手を戒める手錠に目を向ける。

 白銀に煌めくそれは、まるで手錠型の宝石だ。細窓から差し込む光を反射し輝く手錠は、生半可な衝撃では壊れるイメージすらない。


 少年はエルフェリアの横で静かに佇む初老の老人に目を移す。質の良さそうな外套は埃で汚れ、頬に青あざをつくり、白髪混じりのブロンドの短髪を乱した姿。

 しかし──赤銅色の瞳の奥、目だけは死んでいない。


 まるでこの絶望的な状況を打破できるかのような──。


「……やっぱり隣の伯爵は気づいてるようだな。 というより知っていたと言った方が正確か」


 ニヤリと嗤い、ヴェルナー伯爵の方に向き合う漆黒の少年。


「伯爵……どういうことですか?」

「………………」


 ヴェルナー伯爵は俯いたまま何も話さない。エルフェリアの疑惑はより深くなっていく。


「伯爵、言っておいた方が身のためだ。 この先のことを考えたら、情報共有をしておいた方がいい」

「……………………はぁ。 さて君はこの事を何処で知ったのか、まぁ聞かんでおこう」


 ため息をつきながら、埃で薄汚れた床にゆっくりと腰を落とす。そしてエルフェリアの方に目を向け、再びため息をつく。


「まずは少し聞きたいことが。 王女様、貴女は知らぬ存ぜぬを貫いて、此処に捕まらずに済む選択をとることも出来た筈じゃ。 それなのになにゆえ私などの為に立ち上がりなさったのか?」


 確かにリスクはあるが、人畜無害な一般人を装って捕まらずに済む方法もあった。手錠さえ掛けられなければ、自分一人の身の安全を守るくらい王族の魔術師なら確実にできる。


(私が立ち上がった理由……)


「……理由は特にないわ。 目の前で虐げられている人を見て体が勝手に動いた、理由はこれで駄目かしら?」


 三人の間に流れた奇妙な静寂。

 その静寂を破ったのは黒色の少年。


「……ククッ」

「…………………………何が可笑しいのよ」


 肩を揺らす少年に対し、ジト目で睨むエルフェリア。


「いや、ご大層な理由かと思いきや、そんな理由だったとはな。 確かに噂で聞いた通りだ、魔術師らしくない」

「人を助けたいと思う気持ちがそんなにいけない?」

「いいや悪くない。 誰かを助けたいという気持ちは、イメージが重要な魔術師にとって、十二分に力を発揮するトリガーになる。 ………………ただな」


 今までの可笑しそうな様子とは一転、鋭い瞳でエルフェリアを睨む少年。漆黒の瞳は奥まで影が差し、その感情を窺い知ることはできない。


「動いていい盤面と動くべきではない盤面を見極めろ。 感情に流されてしまったら、出来ることも出来なくなる。 現在だけでない、未来を視て考えろ」

「……未来を、視る」


 少年の言葉は、不思議とエルフェリアの中にすとんと落ちた。


「…………君は只者ではないな。 ただの一般人を気取る気はもう無いのか?」

「見張りが聞き耳を立ててないか心配したんだ。 元々一般人を気取る気はないよ。 作戦にも協力してもらう為にな」

「………………、さて、 情報共有だったな。 王女様、その前にもう一つだけ聞いておきたい」

「まだあるのか……しつこい老人は孫に嫌われるぞ?」


 飽き飽きとした様子で、野次を飛ばす少年を無視し、ヴェルナー伯爵は再びエルフェリアに向き合う。


「貴女は、これからの『殺し合い』に身を投じる覚悟はあるのか?」


 ヴェルナー伯爵は包み隠さず『殺し合い』と言った。その言葉の意味は深く考えるまでもなくわかるだろう。

 あそこまで大規模なテロの首謀者達を、全員無力化する事は難しい。人質の命とを天秤にかけ、命を奪わなければならない瞬間もある。


「私は………………」










「なにッ!? ヴェルナー領は金を出す気が無いだと!?」


 怒声。色黒の中年男の拳が踊り、報告をした部下の頭を強く弾く。


 第三車両内部。

 そこには、手枷と猿轡をされた乗客乗員が集められていた。人質である彼らの周りには、抜き身の剣を翳して脅すチンピラ達。車両前方にはリーダー格の中年男と、崩れ落ちる部下。


「どういうことだッ!! 説明しろッ!!!」


 うずくまる部下の胸ぐらを掴み、怒声を上げる中年男。


「ヴェルナー家の跡継ぎ、つまり捕らえたカルアド=ヴェルナーの息子は、父と人質を見捨てる判断をしたという事ですッ!!!!」


 顔左半分を赤く腫らしながらも、叫ぶように告げる報告役の部下。


「クッソォッ!!! カス領地がァ!!! 伯爵の父親を見捨ててまでも家の財産を守るか!!!」

「お(かしら)……この際王女を人質に取ったと言って帝国政府を脅すのは……」

「馬鹿野郎がッ!!! 救出の為に宮廷魔術師が動いたらどうするんだッ!! 奴らは人の皮を被ったバケモノだッ!!! たった一人相手取るだけでも俺たちが全滅するッ!!!」


 苛立ち窓を強く叩く中年男。余程強く打ったのか、蜘蛛の巣状のヒビが入る。

 その様子を見ていた乗客たちは、自らの身の安全を心配し啜り泣く。


「クッソッ!!! ここまで動いちまったらもう後戻りは出来ねぇ、ヴェルナー家と親しい貴族を脅すしか……」


 淀んだ目を爛々と光らせ、伯爵と王女、そして自称貴族の少年たちが居る最後尾へと足を傾ける中年男。


「そういや自称貴族と言って自ら捕まったガキがいたな……。 見るからに業物の刀剣を持っていたから、一応拘束しておいたが……」


 独り言をボヤきながら、車両を進む中年男。


「ヴェルナーの野郎が逃げる事を心配して、名前を聞くことなく拘束したことが仇となったな……最終手段としては奴を人質に取るしか……」


 各車両に残しておいた部下から黙礼を受けながら、中年男は進む。


 最後尾第七車両へと繋ぐ木製の無骨な扉。

 男はその前を塞ぐように立っている二人の部下に声をかける。


「どうだ? 奴らは抜け出していないだろうな」


 威圧的に睨む中年男。その視線に怯えながらも、二人の部下は報告する。


「はっ! 奴らは確かに此処に拘束されています!」

「よし、それなら良い。 お前ら、()()を渡せ」

「了解です! しかしお頭、これ妙でっせ。 これはただの剣じゃあない。 何か魔術的なモノだと思われます」


 そう言って、部下は簡易的に設置された鑑定台から、ある物を取り出す。


 それは、片刃の剣だった。刀身は白銀、なにかの魔力を帯びたような不気味な雰囲気を纏っている。刃渡り70センチほどで、少し反ったような形状のソレは、東洋の刀のようだ。


 部下から慎重に渡された刀を、中年男は手に取って眺める。


「明らかに業物なこの剣を、自称貴族のあのガキが持っていたという事実……。 奴の家もそこそこ大きめの家だと思うが……」


 刀身を鞘に戻し、鑑定台に戻す中年男。再び部下に向き直り、問う。


「万が一の為の、毒ガス注入装置は完成したか?」

「はい、簡易的なものでしたら。 我々技術部の渾身の出来です」

「そうか……最悪の事態になった場合はこれを使うしかなくなるからな……」


 内部に見張りを立てずに、第七車両の外に見張りを置いた理由。それは計画失敗した際の逃走時に、証拠を残さず人質の抹殺をする為。

 手練は、殺人手段や切り裂き後の傷の様子から、犯人の情報を入手できる。それを防ぐためのものだ。

 ましては標的のヴェルナー伯爵は魔術師。下手な手段では殺せない。だからこそ()()()から戴いた、白氷水晶で出来た魔封じの手錠を用いるという徹底した手際。


「とりあえずここに入る。 鍵を開けてくれ」

「了解です」


 部下の男が念じるように扉に手をかざす。刹那、ガチャンと音がして、扉の鍵が開いた。


 それを確認してから、中年男はドアノブに手を掛ける。

 そして────


「………………は?」


 扉を開くと、そこには人っ子一人居なかった。


 拘束されていた筈の三人の人質。彼らは忽然と消えていた。魔術を封じられた身で押し込まれた、完全な密室から。


 否。違う。


 そこは密室では無かった。


「大穴、だと……!?」


 元・密室。

 第七車両には、人が簡単に通り抜けられそうな2メートル四方の大穴が空けられていた。


「何をしたんだ奴らはァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!」


 そして床には────壊された三つの魔封じの手錠。


「手錠は白氷水晶制製なんだぞッ!!!? 鋼鉄よりも硬いんだぞッ!?? それをあいつら魔術無しでどう破ったって言うんだよッ!!!!!!」


 大穴に駆け寄り、穴の外を眺める。

 ここは大陸でも有数の大河、エルワーズに架かる橋の上。高さ30メートル下には大河が流れている陸の孤島。


 万が一にも脱出できない。


 筈だった。


「この使えねぇ糞共がッ!!! こんな大穴が空く音すら聞き逃したのかッ!!!!」


 背後で驚愕に顎を外す部下たちに詰め寄り、胸ぐらを掴む。


「い、いえッ!!! そんな音我々には聞こえませんでしたッ!!」

「チッ、この無能共がァッ!!!!!」


 部下を投げ捨て、中年男は前車両を目指して駆け出す。


(とりあえず奴らを探さねぇ事には……ッ!!!)


 第六車両、第五車両、第四車両。


 そこまで辿り着いた中年男は、奇妙な事に気づく。


「俺の部下共が……居ねぇ……?」


 各車両に配置した筈の合計17人の部下。第六車両の2人と、第三車両以前に配置した9人を除いても、あと6人。


 彼等の姿が、見えない。


「どういうことだ……?」


 疑惑を感じながらも、第三車両へと繋ぐ扉に手を掛ける。硝子が貴重であるこの世界では、扉に硝子窓を設置する余裕はない。だからこそ、木製扉の向こう側である第三車両の様子を、ここ第四車両からは見る事ができない。


 中年男の呟きは誰にも聞かれないまま空に消える、筈だった。


「どういうことだと思う?」


 背後から聞こえた少年の声。


「な──────ッ」


 中年男は勢い良く振り返る。


 そこには────


 自称貴族の黒髪の少年の姿があった。


 飄々とした姿。少し長めの短髪は、鴉の羽の如く漆黒。身長170センチ弱、細身の身体を包むのは、豹のような筋肉。その身を隠すのは、質のいい黒色のベストと、同色のスラックス。上着として羽織る灰色のハーフコート。


 先刻見た姿と全く同じ少年。


 いや、少しだけ違った。

 獲物を狙う鷹のように鋭い瞳。漆黒のそれは、中年男を完全な『敵』として認識していた。


「驚いて言葉が出ないか? ま、そうだろうな」


 首元に左手を当て、コキコキと左右に頭を揺らす少年。その様子は余裕そのもの。相手に情報戦上での絶対の有利を取った者の取れる行動だった。


「このガキッ!! 俺の部下共をどこにやったッ!!!」


 裂帛。


 轟、と音をたて、少年の足元が爆裂した。

 黒煙が立ち込め、内部の視界を完全に無くす。衝撃で床は弾け、木片が吹き飛び壁や車窓に突き刺さる。


「へぇ……座標指定での爆破術式か……。 ガスの生成と着火の複合術式かな……? 爆破距離は指定制? それとも制限が? 興味深い術式だな……」

「な…………………ッ!!?」


 黒煙の中から出てきたのは無傷の少年の姿。


 爆発で半壊した車両の中で、少年の周囲だけは、傷どころか焦げることすらしていない。


 少し煙たそうに口元を抑え、手で煙を払うようにする様子は圧倒的強者。


「クッソォ!!! 何者なんだキサマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 同時に六度の爆裂。列車の崩壊など頭に入れない、少年への無差別攻撃。


 ズドォンッ!!!


 車両の壁が吹き飛ぶ。車両は悲鳴を上げるように緩やかに傾いていく。バランスを崩した車両は、その連結部分から列車ごと巻き込み、下の大河へとゆっくりと傾いていく。


「来い、″白鷺(しらさぎ)′」


 しかし、崩壊していく列車の中でも、少年は──無傷。


「クッソォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」


 ガコンッ!


 遂に踏ん切りがつかなくなった列車が、橋の上から転落し始める。刹那、感じる浮遊感。


 黒煙を置き去るように落ちていく車両の中。


 少年の手には、美しいまでの優美な抜き身の刀が握られていた。


 身の危険を感じ、手を前へと勢い良く突き出す中年男。


「死ねぇええええええええええええッ!!!!!!」


 刹那、中年男の掌から噴き出す、指向性の爆炎。

 鉄をも溶かし、岩をも吹き飛ばす爆裂が少年へと迫る。


「お前の、負けだ」


 刀を持つ少年の手が、雷光のように閃く。

 左腰元から、カタパルトから発射されたように振り上げられる、神速──されど静かな一閃。

 落下中の無重力に支配された車内。右脚での強い踏み込みで、中年男の爆炎目掛けて飛び出す少年。


 そして──


 気づけば少年は中年男の遥か後方で残心していた。


 中年男の目の前には、分離したように真っ二つになった爆炎。中年男の右脇腹から左肩口まで、閃いた白銀の光。そしてそこから勢い良く噴き出す、朱色の鮮血。


 決着は一瞬にして着いた。








 時間を取り戻したように、大河へと落下する列車。


 それを眺める初雪のような銀髪を流す少女。


 彼女が立っているのは、橋の上──汽車のレール上。少し離れた位置には、解放された涙で抱き合う人質たち。そして逆に拘束され、悔しそうに呻くチンピラ達。


 盛大な水飛沫を上げ、水没した七両編成の列車。ぶくぶくと水泡を上げ、深く、深く沈んでいく。


 橋下の大河に視線を向け、何かを一心に探すエルフェリア。


「──────」


 心配そうに、下を眺める。


 不意に、エルフェリアの肩が軽く叩かれる。


「──────────え」

「……最悪だ……初日からこんな面倒事が舞い込むとは……」


 そこには髪と服を湿らせ、水滴を垂らしながら佇む少年の姿があった。


「……………………って何よその肩の」

「……は? 何って、首謀者のオッサンだよ。 大変だったんだぞ、ここまで持ち上げるの」


 少年が肩に担ぐように持っているものに対して、ジト目で突っ込むエルフェリア。


「別に殺しちゃいねぇよ。 ただちょっと重傷かもしれんがな」

「…………………………え、生きてるのソレ」


 ゴミを棄てるように、レール上に気絶した中年男を投げ捨てた少年。少女は気持ち悪いものを見るようにそっと視線を向ける。


「は? 『殺す』ってワード出して一番嫌そうな顔してたお前が良くそんな事言うな……」


 心底面倒くさそうに肩を竦める少年。彼の腰には、先程まではなかった刀が差さっていた。


「え……もしかして私の為……? 脱出方法だったり、その実力だったり……貴方、本当は何者なの……?」


 アクアマリンの瞳に見つめられ、気まずそうに顔を背ける黒髪の少年。


「宮廷魔術師、特殊部隊″白雪′第七席、ルーン=ベルセルク。 エルフェリア王女、今日からお前の護衛役を勤めることになった人間だ」


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