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約束のFRONTIER 改訂版  作者: 三山春菜
第一章~ハイスクール
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第八話~“EMERGENCY”コード

 鷹灘は派手に飛ばされ、校庭を10メートルも転がった。誰もが驚き固まる中、鷹灘は体を起こすと背後の少女を睨み付ける。

「おまっ……入江、このやろう……」

「ごめ~ん。勢い余っちゃった」

 睨みながら悪態をつく鷹灘に対し、なぜか汗をかいている少女――入江由貴は、語尾にハートマークが付きそうな調子で謝った。顔の前で拝むポーズをしながらウィンクなんてしている。

「なんだっけ、エディスンは脳震盪だって?」

「うん。安静にしてれば大丈夫だって」

「そうか……」

 言いつつ鷹灘は、じろりと由貴を睨んだ。

「それだけで済んだから良いものを。口から心臓が飛び出すかと思ったぞ」

「でも、あのくらいじゃないと止まらなかったと思うよ? 先生も知ってるじゃん。生身ならともかく、モビルフレームに乗ってたら止め方限られて……」

「そういやお前、検査はどうだった?」

「えっ!?」

 ぶちぶちと言い訳のように文句を並べる由貴を見ていてふと、戻ってくるには早すぎるなと鷹灘は思った。まさかと思いつつ聞くと、案の定由貴はギクッと身を強張らせた。

「お前……ちゃんと受けろって言ったよなぁ?」

「あ、あのね、ちゃんと受けるつもりだったんだよ? でも、あの、麗緒が……」

 状況についていけず、呆然とするランセたちを置き去りに、鷹灘が狼狽える由貴に詰め寄ろうとした直後、


「入江さぁん!!」


 びりびりと空気が震えるような怒声が響き、由貴は「ひえっ」っと首を縮めた。

 見ると、白衣を身につけた女性が生徒玄関から出てきたところだった。その姿を確認した途端、

「ヤバッ……」

「ちょっと待て」

 由貴は焦った声を出し、玄関とは反対方向に駆け出そうとする。そうはさせじと鷹灘は由貴の首根っこを掴み、逃亡を阻止する。

「おい、なんで逃げる? 念のための検査だろ?」

「ち、違うって……」

 がっちりとヘッドロックを極められて、由貴は焦る。

「あー! いたー!!」

「あ゛~、見つかった……」

 さらに、つなぎ姿の少年が生徒玄関に現れると今度こそ諦めたのか、もがいていた由貴は力を抜いて項垂れた。

「た、鷹灘先生……」

 そこへ、息も絶え絶えな女性教師がたどり着く。

「あ、ありがとうございます。入江さん、足が速いから……」

 確かに、300メートルの距離を1分もかからず一気に走りきっていた。汗はかいていたものの――逃げていたからだろう――息一つ乱していないところをみると、体力面でも優れていると言える。

「唐守先生……」

 そんな意味を含むであろう言葉に対して鷹灘は、


「相変わらず体力ないですね」

「余計なお世話ですよっ」


 なかなか辛辣であった。唐守という教師も自覚があるのか、即座に反駁している。

「鷹灘先生、あんがと!」

「お前もちょっと待て」

「ぐえっ」

 そこへ、猛然と走ってきた少女――少年ではなかった――が脇に抱える由貴に近付こうとすると、そちらの襟首も掴み引き離す。

「な、なんで!?」

「なあ、ぼく言ったはずだけど? 入江には念のための検査が必要だって」

「あっ……」

 その言葉につなぎ姿の少女はパッと唐守の方を向き、途端に申し訳なさそうな表情になった。その空気を察してか、由貴が正当性を主張するように声をあげた。

「わたし、検査はちゃんと受けるつもりだったよ」

「それって、検査受けたら逃げるつもりだったって事だろ!? 一号機以外は足腰のアクチュエーター未調整だって()()()()()()()!」

「それだってさっき謝ったじゃん!」

「ターミナル越しだったら意味ないだろ! それに謝れば済む問題じゃない!」

「お前ら……ケンカすんならあとにしてくれ……」

 両脇で始まった姦しい舌戦に、鷹灘は既視感(デジャヴ)を感じながら辟易として言った。

 その言葉に全面的に同意したランセは、思いきって声をかけた。

「あのぉ~」

「「なに!?」」

 女子二人の勢いに尻込みしつつも遠慮がちに声をかけると、鷹灘を挟んで言い合っていた二人が噛みつくように振り向いた。

「あれ? なんで防衛軍がここにいるんですか?」

 今まで気付かなかったのか、唐守が疑問符を浮かべた。同時に振り向いた鷹灘は、二人の存在を忘れていたようで、「あっ」と声を出して狼狽えだした。

「自分は“エンバット”防衛軍所属のランセ曹長です。あまり時間はないので返事を急いで頂きたいのですが……」

 前半は唐守に向けて、後半は鷹灘に向けての言葉だ。

「あ、どうも」

 唐守は反射的にぺこりと会釈したあと、「なんの話ですか?」と鷹灘を仰いだ。だが、二人を忘れていた事実がショックだったのか、鷹灘に答える余裕はなかった。

「そ、そうですよね! とりあえず上に打診しますんで!」

「お願いします」

 鷹灘はどうにかそれだけ言うと、脇によけていたホロモニターを目の前に移動させ、指を走らせた。

 いつの間にか拘束を抜け出していた由貴が、訳知り顔で佇んでいるのがランセの印象に残った。


 ――★☆★――


 先にも述べたが、生徒会は日頃から迷子の捜索をしている。それはこの非常時でも同じで、通常業務を完全に停止して空いた労力を捜索と情報収集にまわしていた。が、生徒会長は別であった。

「――そうか、良かった。それで頼むよ。……え? 忘れ物ぉ!? 今取りに行けば死ぬぞ!? 大人しくしていろと言え、バカモノッ!」

 それぞれのコースの主任教師たちに混ざって情報を処理しているのはライカ・アルビリオ。軍事科コマンダーコースの三年生で、ハイスクールの生徒たちをまとめる生徒会長である。

 付属高校(ハイスクール)は辺境のコロニーにあるが、生徒数は1000人を超えるマンモス校だ。これは、コロニー外からの新入生も受け入れているから――もちろん身元のチェックは入学前から厳重に行われる――なのだが、それに合わせて生徒会も変化している。

 まず生徒会長が指名・選出されると、それぞれの科の代表者が選ばれ、副会長として生徒会に所属する事になる。生徒会長は、下地のない者が選ばれる事はなく、前年度で生徒会に所属し、なおかつ信頼のある者に限られる。

 ライカは前年度の生徒会書記で、臆せず意見を述べたり活動したりする姿勢が評価され、本人は乗り気でない中、選出されたのだ。



 そんな彼だが、あまりに多すぎる情報と状況を理解していない生徒を相手にして、どっと疲れが押し寄せていた。

 ――なんだよ忘れ物って。大事なもの、必要なものは肌身離さず持ち歩くのが常識だろう? それが出来なきゃ諦める、って一年の時に言われるはずなんだがなぁ……。

 一度手を止めて目頭を揉んでいると、パブリックコースの主任教師であるエミー・マートンが声をかけてきた。

「アルビリオ君、疲れているわね」

「マートン先生……はい、さすがにこの量は……」

 苦笑しながら見上げた先には、視界を埋め尽くす程のホロモニターの数々。改めてみると、とんでもない量だ。会長とはいえ生徒一人にこの量を任せるのは申し訳なかったのか、ライカが恐縮する中、マートンはいくつかのモニターを自身の方へと引き寄せた。

「あ、それより。何か用があったのでは?」

「あら、いけない。忘れるところだったわ」

 幾ばくか少なくなったモニターの群れに満足していたマートンは、ライカの問いかけで本来の目的を思い出した。

「えーっと、そうそう。避難した生徒の中で、戦える者がどれだけいるのか知りたくて」

「何かあったんですか? ……いや、もう“何か”は起こってますけど」

 マートンの言葉に、ホロモニターを操作しながらライカは苦笑を浮かべた。

「確かにね」

 マートンもくすりと笑いながら言う。しかし、すぐに表情を改めると、

「防衛軍が力を貸してほしいと言っているそうよ」

「防衛軍が?」

 おうむ返しに聞き返したライカに頷いてみせる。

「ええ。港が制圧されたのは聞いたでしょ? その奪還作戦にあたって戦力が不足しているそうなの」

「待って下さい。どのくらいの規模になるのか、それにもよりますけど…………ああ、一年生の避難はほぼ完了してますね。ですが彼らは除外でしょう」

「そうね。まだ本格的な訓練はまだまだ先だもの」

 いくつものセキュリティをあっさりと突破し、生徒たちの活動状況を見る。マートンもライカの肩越しにモニターを覗き込む。

「二、三年生は半数程が避難していますが、ほとんどが情報科と機械科です。そもそも戦える生徒は皆、自己判断で動いていると思うんですが……」

「まあ、そうよねぇ。まさかハイスクール自体が襲撃されるとは思っていなかったけど、()()()()()()も視野に入れて訓練していたんだものね」

 マートンは顎に手をあてて考えた。

 ――今、生徒たちを無理やり引き戻せば、その戦線が崩れかねない。かといって避難した生徒たちから集ったところで、大した数にならないのはわかっている。

 そもそも、ハイスクールで本格的な戦闘・実戦訓練が受けられるのは、軍事科で一年生の後期から、情報科・機械科で希望者を(つの)り二年生から、となる。総数は全校生徒の約1/3(さんぶんのいち)程度で400人に少し届かない。さらに、その半数程がすでに戦場に立っていると予想される今、果たして防衛軍に貸し出せる戦力はあるのか。

 ――さて、この問題をどう解決する?

「なぜそんな事に……」

 考え込んでいたマートンは、ライカの困惑した声に意識を引き戻した。

「どうしたの?」

 覗き込むと、当初は困惑の表情を浮かべていたライカだが、みるみる険しくなっていく。何かあったのだと、口を開きかけたその時、

「「!」」

 甲高い警報音が響き、()()のモニターが赤く染まった。一つ一つのモニターで明滅するのは“EMERGENCY”の文字。それが意味する事――

 弾かれたようにモニターの一つを操作し始めたライカに、教師たちは矢継ぎ早に質問した。

「発信者は?」

「場所は」

「内容は」

「発信者は一年の佐々木信良とハルナ・マドロアーナ。場所は()()()()()。内容は――」

 口々に発せられる問いに淀みなく答えていくライカだが、「孤児院」の名前が出た途端、教師陣がざわめいた。

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