第七話~破天荒すぎる人たち
「…………うわあ、ひっどいね」
「あっはは、こりゃひどい」
コクピットハッチを開け放ったまま言った由貴の呟きに、静哉が軽い調子で応える。有希は静哉と並んで新型MF――“ジュバンセル”一号機の手のひらに座り、心の中で同意した。
500メートル程上空で滞空する一号機の眼下にはハイスクールの校庭が広がり、そこで繰り広げられる戦闘がよく見えた。
有希は結局、同じ名を持つ少女の誘いを断り切れず、行動を共にする事にしていた。なんだか釈然としなくて、情報収集のため、秘密を探るためだと言い訳のように考え、そんな考えを持つ事自体が信じられなくて愕然とする。それを数回繰り返し、精神的にぐったりしてきたところで考えるのを諦めた。
ちなみに静哉とは一緒に手のひらに乗る際に自己紹介を交わしている。その時になって由貴という少女も名乗っていない事に気付いたのか、漢字を含めフルネームで名乗った。漢字まで同じではなかった事に、なんとなくほっとしている自分がいた。
「なあ、あれ二号機だよな? パイロットは誰だ?」
静哉が上半身を乗り出して戦闘の様子を見ていた。正直、見ているこちらがハラハラしてしまう程の身の乗り出し様だった。よく危なげなく覗けるものだ、と思いながら有希も背後から覗く。
今、二号機と思われる一機のモビルフレームが柄と棘付き鉄球の間を鎖で繋いだ形状の武器を振り回し、また増援の一機を戦闘不能に追い込んだ。周辺には、既に三機の“アルセト”の残骸があり、無事なパイロットが一人、脱出しようともがいている。
「あ~、ディアナ先輩じゃない? あの武器使うのって他にいないし。でもなんか怒ってるぽい」
「え、なんで?」
由貴の言葉に、視線を“ジュバンセル”に移す。確かに鬼神のごとき戦いぶりは、怒っていると見られておかしくない。というか――
「怒って当然じゃないのか、お前たちは?」
不思議そうに二号機を見つめる二人に問いかけた。
上空からは校庭がよく見える。倒れ伏し、動かなくなった人影の中には制服を身につけたものもある。
「お前たちは襲撃を受けた側だ。むしろ怒らない事に疑問を感じるが?」
もとより、怒りや恨みの感情を向けられる事には慣れている。彼女らはいつも、奪う側にいたから。だから淡白な彼らの反応に、つい疑問に思っていた事が口をついて出てきたのだ。
だが、二人から返ってきた言葉は、有希の期待していたものではなかった。
「う~ん。ディアナ先輩はそう簡単には怒らないんだよなぁ……」
「だねぇ。あの人、切り替え早いし」
身を乗り出していた静哉が手のひらに戻り、胡座をかいて座ると、腕を組んで首をひねりながら言う。オートパイロットに設定したらしい由貴が、コクピットから顔を出して同意する。それを聞いて、有希は信じられない気持ちだった。
学友たちが目の前でこんなに殺されたというのに、それでも怒りを感じない人がいるというのか。それに、目の前のこの二人も色々おかしい。
なぜ、こんな場所で暢気に会話などしていられるのか。眼下では壮絶な戦闘が繰り広げられているというのに。いや、ハイスクール側が有利に立った戦闘ではあるが、それでも見られる反応が有希の想像したものと違う。
「まあ、まず間違いなく何かしら言われたんだろうね。先輩、めちゃくちゃ荒れてるもん」
あっけらかんとした由貴が、また気になる言葉を口にした。さっきから疑問ばかりだな、と思いながら口を開こうとした時。
<一号機! 無事だったか!>
通信機から、驚きと安堵が入りまじった男性の声が聞こえてきた。改めて三人で眼下を覗くと、通信機を手にした教師の一人がこちらを見上げて手を振っていた。
「あ。鷹灘先生だ。お~い!」
静哉が驚異の視力で相手を判別すると、大きく手を振り返した。
<及川!? 一緒だったのか。パイロットは誰だ? 出来るならエディスンを止めてほしいんだが……>
「やっぱり、ディアナ先輩だぁ」
ケラケラ笑いながら由貴が言う。
<その声は入江か? そうか、及川がいるから当たり前か。ならもう状況は掴めているんだな。頼めるか?>
「大丈夫だよ~。その前にしずたち下ろすね」
<わかった。四号機の後ろがちょうど開けてる。そこに降りてくれ>
「りょ~か~い♪」
トントン拍子に進んでいく話に有希は目を白黒させる。が、由貴は言うが早いか、コクピットに収まり一号機を降下させる。驚く程滑らかに着地すると、膝を曲げて有希と静哉を下ろす。下りてきた有希の顔を見てざわつく生徒がいたが、それは静哉が一睨みするだけでおさまった。
<じゃ、行ってきまーす!>
「ああ、頼んだ!」
そうこうしてる間に、ハッチを閉めた一号機が待機姿勢を解除して立ち上がった。
<あ~、ごめん。先に謝っとく>
四号機の前まで一号機を歩かせると、突然スピーカー越しに謝った。何をする気だ、と敵味方関係なく注目する中、
「まさか……」
「おいおいおいおい」
静哉と鷹灘という教師が顔を引き攣らせた直後、一号機はバーニアスラスターを吹かして一気に加速した。突然の突風に踏ん張れず、転倒する生徒が数名出た程だ。ようやく顔を上げると、
<先輩ーー! 落・ち・着・けーーー!!>
由貴は大音量で叫びながら、二号機へと全力のドロップキックをかましていた。
「うわああああっ!?」
グワッシャーン!! という派手な破壊音とともに、一機のモビルフレームが目の前に現れた。吹っ飛ばされたようで、奥に同系統と思しき機体が悠然と佇んでいた。しかし、あの飛ばされ様では中のパイロットも無事では済むまい。一体何があったのか。
“エンバット”の防衛軍に所属するランセ・レイガン曹長は、目の前で沈黙するモビルフレームを見上げ、バクバクと痛い程鳴る心臓をそっと押さえた。
「そ、曹長、大丈夫ですか……?」
「……なんとかな……」
連れてきていた部下が、自身も顔色を悪くしながら気遣わしげに聞いてきた。ランセの一歩後ろにいたとて、巻き込まれる可能性の方が高かったのだ。二人は互いの無事を確認し合うと、ほっと安堵の息をもらした。
「さて、行くか」
「はい」
とにかく事情を聞こう。こちらも伝えなければいけない情報がある。
――そして、可能ならば文句を言ってやるんだ。
ランセは秘かに誓い、ハイスクールに向けて歩みを再開した。
――★☆★――
「え? 港が制圧された?」
「はい。防衛軍だけで奪還するのは、残存の兵力を考えるとかなり厳しいものになります」
「なるほど。それでうちの生徒を借りたいと……」
鷹灘は防衛軍の若い兵士――レイガン曹長の言葉に、難しい顔で考え込んだ。
由貴が二号機を無力化すると、攻め込んできていたナウロティア兵たちは一目散に撤退して行った。二号機だけでも手を焼いていたのに、その二号機を無力化し得る――方法の是非はともかく――一号機の登場に、いたずらに兵力を消耗するだけだと気付いたのだろう。由貴が選択を迫ったのもあって、撤退を決断するのは早かった。というよりも、二号機の猛攻を前に撤退しようにも出来なかったのではないだろうか。
散乱する王国軍機の残骸を見て、ランセはそう思った。
「どうなのですか。候補生と言えど、訓練されているのでしょう?」
部下の軍曹が、黙り込んでしまった鷹灘に再度問いかけた。
「まあ……そうですね。可能ではあると思います」
促されてようやく応えたものの、歯切れの悪さにランセと軍曹は顔を見合わせた。
「ご覧の通り、うちはかなりの規模ですから、二個中隊くらいは揃えられると思いますよ」
「本当ですか!?」
「ええ。あとは、そこにいる彼らとか」
そう言って示した方向には疲労の色こそ見えるものの、今回の戦闘をくぐり抜けた十数人の生徒の姿があった。
「ただ、彼らや三年生は良いとしても、ほとんどの生徒が実戦経験無しの訓練生止まりです。卒業までに実戦カリキュラムがありますが、それをこなした三年生でさえも今回の戦闘で犠牲ゼロとはいきませんでしたし……」
「あ……」
若干の悔しさが滲んだ言葉に、はっとなってランセは視線を転じた。
王国兵の死体に混ざって、まだ若く成熟しきっていない学生服姿のものもあった。彼らは三年生だと言う。ならば、彼らは早ければ来年にでも軍に入隊し、ランセたちと肩を並べて戦う未来があったはずだ。
そんな彼らの末路にランセは言葉を失い、沈痛な表情を隠すように俯いた。
「でもそれはっ……!」
ここの卒業生だと言う軍曹が否定しようと口を開いたその時、
「せーんせー!」
「うん?」
重苦しい空気を吹き飛ばすような明るい声が響いた。
「先生ー! ディアナ先輩、軽い脳震盪だってー! 安静にしてれば大丈夫って唐守先生が」
300メートル程離れている生徒玄関から一人の女子生徒が飛び出してきた。少女は叫びながら物凄い勢いで走ってくると、
「ちょ、おい入江……」
「言ってたよー!」
「ぐふぅ!?」
勢いを殺す事なく、鷹灘へと突撃した。
ありがとうございました