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約束のFRONTIER 改訂版  作者: 三山春菜
第一章~ハイスクール
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第六話~虎の尾

 ハイスクール側とナウロティア兵との攻防戦は、校庭に場所を移し膠着状態に陥っていた。一時は深部の地下工廠まで侵入を許していたハイスクール側だが、ナウロティア兵を校舎の外まで追い出す事に成功した。しかし、追い出されたナウロティア兵が外で待機していた本隊に合流すると、苛烈な再突入戦が開始される。その勢いに呑まれまいと実戦経験のある生徒をも集め、現在の膠着状態がある。

 状況が動いたのはナウロティア兵が一度退き、ナウロティア製モビルフレーム、NKMF-W028“アルセト”を投入してきた時だった。たった一機といえど、全長二十メートル程のモビルフレームだ。その1/10以下の人間相手では蹂躙される未来しか見えない。

 教師たちが顔面を蒼白にさせるしかなかった時、頭上に影が落ちた。

「?」

 見上げるハイスクールの面々の上を悠々と飛び越え、“アルセト”の眼前に優雅に舞い降りた鋼鉄の人影。

<すみません、遅れました!>

“アルセト”より少々小さめな機体は、ハイスクールがその技術を結集して造り上げた新型モビルフレーム、RHTF-4“ジュバンセル”四号機。ナウロティア軍が血眼になって探し、奪い去ろうとしていた機体だ。

<こいつは任せて下さい!>

 外部スピーカーで呼びかけた少年の声に、教師の一人はホッと息をついてどこかへ連絡をとった。その頭上を再び影が覆う。


<おっ待たせぇ~!!>


 そんな陽気な声と共に、RHTM-2“ジュバンセル”二号機が砂塵を巻き上げて勢い良く降り立った。ズズン……という地響きに抗議するように、オープンになっていた通信機から少女の声が聞こえてきた。

<ちょっと、ディアナ先輩!? なんですか今の地響きは! 一号機以外は足腰のアクチュエーター未調整だって言いましたよね!? 先輩も無茶な操縦はしないって言ったじゃないですかぁ!>

 その後ろから同調するような<そうだそうだ!>という男たちの声が聞こえる。地下工廠にいる“ジュバンセル”の整備チームだ。この襲撃で急ピッチでの仕上げになったため、未調整の部分が多々あるのだろう。

 だがそれを聞いた四号機のパイロットが、呆れと諦めが入り交じったため息をこぼす。

<麗緒、ムダだ。ディアナ先輩は希代のフレームクラッシャーなんだから>

<はいはいそうでしたねっ。まったく…………一号機は一番攻撃が激しくて緊急射出せざるを得なかったし。三号機は落ちてきた瓦礫の下敷きになっちゃうし。先輩はアタシら整備士泣かせだしぃ! もうやだぁ!>

<わかるよ麗緒。()()はひどい>

<ちょっとぉ。麗緒もライトもひどくなぁい!? そんな言い方しないでよぉ! だいたい、飛行能力持ってるの一号機と四号機だけでしょぉ!? それ以外の機体に急げって言う方がおかしいと思いまぁす!>

「もう、なんでもいいから……お前ら、敵はどうしたんだ……?」

 突如始まった(かしま)しい舌戦に、この戦場の指揮を執っていた教師がやや呆然とした様子で呟く。だがその言葉とは裏腹に、二人のパイロットはしっかりと自分たちの仕事をこなしていた。すなわちナウロティア兵の排除である。

 軍事科パイロットコース二年の森野ライトが操縦する四号機は、高速機動をコンセプトにした機体だ。背面に翼を模した大きな推進部があり、高速機動だけでなく、重力下での飛行も可能にしている。今は、背後の教師や有志の生徒を巻き込まないために得意の高速機動は封じられているが、ライフルや胸部バルカンのみでも歩兵の牽制にはなる。

 対してパイロットコース三年のディアナ・エディスン操る二号機は、中距離戦(ミドルレンジ)に特化した機体だ。ライフルのみでなく、伸縮自在の電気鞭やビームスピアなどを装備し、格闘戦にも対応している。のだが、ディアナはなぜか武器が好みではないと、彼女専用の装備を作らせてしまった。

 それが今、二号機が手にしているモーニングスターと呼ばれる、柄と棘付き鉄球の間を鎖で繋いだ形状の武器である。その明るく陽気な言動に似つかわしくない凶悪な武器は、敵だけでなくハイスクール陣にも恐怖を与えた。

<もう知らないっ>

 ディアナがふて腐れた声を出した。ジャラと鎖を鳴らし、二号機が“アルセト”の前に出る。


<もぉ~、こうなったら憂さ晴らしだぁ~!>


 可愛らしい声のまま言い、モーニングスターを振り回し始める。ブンブンという風切り音が強くなっていく。元々しっかりと距離をとっていたハイスクール陣は、慌ててさらに距離をとるべく校舎に向かって走りだした。不機嫌な彼女は何をやらかすかわかったものではない。見境なく暴れられれば彼らに抵抗する術はない。そんな彼らの心境を正確にくみ取ったライトは、四号機を彼らを庇う位置取りにつける。

<さぁ~、覚悟なさぁい侵入者たち!>

 モーニングスターを振り回しながら、ディアナはゆっくりと二号機を歩かせる。その迫力に気圧されるナウロティア兵だったが、

「なめるなよ、ガキどもがっ!」

 指揮官らしき男が、恐怖を振り払うように叫んだ。叫んでしまった。

「相手は実戦も経験していないひよっこだ! ()()()()()に遅れを取る事など、我ら特務隊にあってはならん! 捻り潰せっ!」

 言ってはならない事だった。それはしっかり二号機のコクピットまで届き、ディアナの逆鱗に触れた。

<……ふ~ん。()()()()()、ね>

 ディアナの口調が、それまでの陽気なものから一変した。ハイスクール陣は、地下工廠で戦闘をモニタリングしていた整備チームまでもが、信じられない思いで沈黙した。


<特務隊だかなんだか知らないけど。あたしの大事な仲間を侮辱するのだけは許さない>


 地を這うような声で言ったディアナの目は、怒りの色とは別に、怪しげな模様が光っていた。


 ――★☆★――


 目を覚ますと青空が見えた。有希も慣れ親しんだコロニーの人工の空だ。どうやら草原らしき場所で横になっているらしい。目覚め特有の寝ぼけた思考で考え、なぜ草原で横になるに至ったかを思いだそうとして首筋に痛みを感じた。それによって直前の記憶がよみがえり、慌てて体を起こそうとして、

「んぅ…………」

「!?」

 横で身動ぎする人影にギョッとする。

 もぞもぞ体を動かしながらもすやすやと穏やかな寝息をたてているのは、先ほど襲い、癪だが有希の命を救った黒髪の少女だ。有希がつけた傷はすでに手当てが済んでいるらしく、ブラウスの隙間から包帯が見える。

 そんな観察が出来るほど有希の横で無防備に寝る少女に、信じられない思いを抱いていると、

「あ、起きた?」

「!!!?」

 頭上からかけられた声に、不覚にも飛び上がってしまった。見ると、あの不思議な目を持つ少年が、新型モビルフレームのコクピットから顔を出していた。

「気分はどう? って良い訳ないか」

 少年はケラケラ笑いながら、待機状態とはいえそこそこ高さのあるコクピットから身軽に飛びおりる。思わず臨戦態勢になって手を伸ばした先の頼もしい感触の喪失に、らしくなく狼狽えてしまう。

「あ、武器は全部回収させてもらったよ」

 狼狽える有希を見て、少年は回収した武器の一部をちらと見せた。驚いた事に、ブレザーの下や太ももに隠していた武器も全て回収されていた。少年の抜け目ない様子に、敵ながら感服した気持ちでその動向を見守る。少年の目に、あの不思議な模様はなかった。

 少年はそのまま有希の隣で眠る少女の元へ行き、柔らかい頬をつついて起こす。

「お~い、()()? 起きろ~」

「んむぅ…………」

 ()()

 その名前に、僅かながら驚く。

「おい由貴、起きろって」

「ほぇ?」

 何度目かの少年の呼びかけに、「ゆき」と呼ばれた少女は気の抜けた声を出して目を覚ました。

「お~い、女の子起きたぞー」

「……………ふぁっ!?」

 続く言葉に状況を思い出したのか、勢い良く起き上がり…………胸の傷に障って悶絶した。

「~~~~~~!!」

 胸元を押さえ無言で呻く少女に、少年はやれやれと肩をすくめた。



「で、こいつどうすんの? 殺しちゃダメなんだろ?」

 少女が落ち着きを取り戻したところで、少年が問いかけた。わざわざここで話すか、と思いながら少女に視線を向ける。「殺しちゃダメ」と叫んだのには相応の理由があるはずだ。

 知らず、有希の体に力が入る。一体どんな待遇が待っているのか。自分にどんな利用価値があるというのか――


「え? どうもしないよ?」


 しかし、少女の答えは予想外のものだった。

「は……」

「えぇ?」

 二人揃ってポカンとしていると、少女が有希に向かってズリズリ這ってきた。ギョッと身を引くと、ニコニコ笑って口を開いた。

「だって、()()()()()()()()尋問とか拷問とか嫌でしょ? ()()()()さん」

「お前…………!?」

 有希は愕然とする思いだった。

 潜入期間にこの少女と接触した覚えはない。当然、今まで少女に名乗った事はなかったはずだ。有希は警戒のレベルを最大まで引き上げると、ゆっくり少女から距離を取った。

「しず、一樹に連絡して」

「ほいよ~」

 そんな有希から視線を外す事なく少年へ指示を出し、なおも這って近付いてくる。「しず」と呼ばれた少年は、のほほんと返事をすると、耳に手をあてながら空中に指を走らせる。まるで世間話をするような二人の様子に、訳も分からず不気味なものを感じとった有希は、元々最大レベルだった警戒度をさらに上げる。

「母艦は一隻のみ。今のところ増援はなし。まぁ、港の奪還は難しくても外とは連絡の取りようはあるね」

「!?」

 少女が話す内容にも驚いたが、何より少女の瞳の変化に気付いて、有希は問い質す事が出来なかった。

「ああ、三上のおっさんかぁ。こっちには純もいるしな」

「うんうん。だから心配ないよって。私たちの力は充分通用するから」

 にっこりと笑う少女の目は、先ほど有希を圧倒した少年同様に変化していた。

「お前は!」

「?」

 気付けば、有希は叫んでいた。


「お前たちは、いったい何なんだ! なぜそんなにも落ち着いている!? 落ち着いていられる!? お前たちの何がそうさせるんだ!!」


 すでに目の前まで迫ってきた少女に叫ぶ。吐息がかかる程近くにある顔は、小揺るぎもせず見つめてくる。体ものしかかる形で密着しており、身動きは取れなかった。

「何が? ふふっ、そうだねぇ。不思議だねぇ」

 クスクス笑いながら少女は言う。

「私たちのそばにいればわかるかもよ?」

「な、に……?」

 まるで悪魔のような囁きだった。考えようとするが、思考がまとまらない。少女から目をそらす事も出来なかった。

「私は入江由貴。さあ、どうする?」

 再度の問いかけ。


 有希には、少女の浮かべる笑みが、悪魔の微笑みに見えた。

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