第五話~生まれる確執
時は少し遡り、爆発が起きた直後。
レナは、混乱の渦中にあるハイスクール内からの脱出を図っていた。爆弾を仕掛けた後、好奇心からすぐには脱出せず、混乱する様を見ていたのだ。
ひとしきり堪能して満足すると、避難する生徒の流れから外れて予定の脱出ポイントへ向かう、その背中に声がかかった。
「ちょっと、どこへ行くんですか?」
見ると、生徒会の腕章を着けた少女だった。
「そっちは非常口ですよ。避難場所はこっちにあります。わたしが案内しますから心配ないですよ」
正義感と義務ゆえの行動だろう。少女は笑顔を浮かべて言った。
複雑な校内の為、このような非常時でも迷子になる生徒は出る。そんな生徒がいないか生徒会が危険を承知で校内を見回っているのだが、声をかけた相手が悪かった。
ナウロティアのスパイであるレナには無用な心配であり、むしろ殺したくなる程大嫌いであった。
レナはふと、二人の周りに誰もいない事に気付いた。
――これはチャ~ンス♪。
レナは思った。
ここで消してしまえば問題はない。
恐ろしい事を考えているというのに、レナの口角は凶悪な角度へとつり上がっていった。今なら襲撃のどさくさに紛れさせられる。
そんなレナの様子に違和感を覚えたようだがもう遅い。レナの行動は早かった。
「あは♪ 恨むんなら自分の行動を恨むのね!!」
「きゃあ!?」
ナイフを取り出し、一気に少女に飛びかかった。
「きゃあ!?」
野々村莉子は、飛びかかってきた少女に悲鳴を上げた。だが体は、勝手に回避行動をとって身をひねっていた。情報科オペレーターコースの一年生といえど――というよりハイスクールの生徒は、一年生の上半期で基礎の格闘術を叩き込まれる。
どんな状況下でも最低限自分の身を守る為で、今回それが活かされた形になるのだが、いかんせん地力が違う。あっという間にマウントを取られ、首を押さえつけられてしまった。頭上にナイフの切っ先が掲げられ、獲物を前にした獣のようなギラギラ光る瞳が莉子を見ている。せめて目は閉じまいと、力を入れた時。
一発の銃声。
と共に弾き飛ばされるナイフ。
「なに!?」
少女が右手を押さえ、銃声がした方へと視線を向けた。その刹那、莉子の手は胸ポケットのペンにのびており、同時に一つの授業を思い出していた。
『――武器は一つでも持っときゃ損はねぇ。意味はわかるな?』
そう語るのは黒間一樹。散々生徒たちを扱いた後、授業の締めとして座り込む生徒たちの前で語り出したのだ。
『だが当然、武器もなしに丸腰で挑まなきゃいけない時もある』
みんなへばっていても、体を起こして真面目に聞いていた。
『そういう時は何でもいい。側にある物を掴め。その辺の木の棒でも自分のペンでも。突き刺せば充分攻撃力のある武器になる――』
莉子はその言葉に従い、手にしたペンを振りかぶって思い切り突き刺す。狙いなど全く考えなかった莉子のペンは、少女の右目に深々と突き刺さった。
「ああああああああああ!!」
思わぬ反撃に、少女は崩れ落ちるように床に蹲った。解放されたにも関わらず、突き刺した感触と少女の叫びに竦んで動けなくなった莉子の体を、逞しい腕が抱え上げた。
――★☆★――
「――ったくレナの奴。なんで私がわざわざ探してやらないといけないのよっ」
澪は、なかなか合流ポイントに現れないレナを探してハイスクール校舎に戻っていた。
澪自身は、既に与えられた任務を完了し、有希のサポートをしようとチェックポイントを調べていた。それなのに――
「もおおお、せっかく有希へのアピールチャンスだっていうのにー! レナなんてどうでもいいっての」
レナに対する恨みごとをぶつぶつ呟きながらこそこそ探す事十数分。
「――ああああああああああ!!」
「! レナ!?」
聞こえてきた叫びに、慌てて駆け出した。
定めていた脱出ポイントの一つにさしかかると、そこには蹲るレナと腰を抜かした少女に駆け寄る野戦服の男がいた。男は突然現れた澪に驚く事なく発砲すると、少女を軽々と抱え上げて去っていった。
頬を掠める銃弾に慌てるが、それ以上の攻撃をせず去っていった事にホッと息をつき、うずくまるレナの元に駆け寄った。
「いたい…………いたいぃ………」
「ちょっとレナ? だいじょう…………うわぁ……」
ひどい有り様だった。
右目を押さえた指の隙間から、ペンがのびていた。滴る血の量からさほど深く刺さっている訳ではなさそうだが、失明は覚悟した方がいいと思われる。
「まったく! 命令通りに動かないから!」
痛みに呻くレナの体を支えると、ディオたちと合流すべく今度こそ脱出していった。
黒間は港の様子を探るべく、校長室から出てきたばかりだった。
近くに非常口があるなぁ、と思いながらその一つに差し掛かった時。
「恨むんなら自分の行動を恨むのね!!」
「きゃあ!?」
つい最近授業で会ったばかりの野々村莉子に襲いかかる少女を見るや、腰のホルスターから銃を引き抜き発砲した。さほど狙いを定める間はなくほとんど反射だったが、銃弾は過たず少女のナイフを弾き飛ばす。
「なに!?」
少女がこちらを睨んだ隙をついた莉子の動きには、さしもの黒間も驚きを禁じ得なかった。良くて捕獲、せめて戦闘不能状態には持っていきたかった為、引き金を半ばまで引いていた。
「ああああああああああ!!」
右目を押さえて床に崩折れ、隙をさらす今が少女を始末――あるいは捕獲――する好機ではあった。しかし黒間のホロモニターに、急速に近付いてくる“unknown”の表示があり、ナウロティア兵だと直感した黒間は竦んだ莉子の体を抱え上げた。ギョッと見上げる莉子を安心させるように笑みを向けると、現れた少女に一発の銃弾を撃ち込み、その場を後にした。
――★☆★――
――ちっ、浅いか!
黒髪の少女を切りつけた手応えから、有希は致命傷には程遠いと思った。とどめを刺したいと思いつつ、視界に入った足にサッと身を屈める。必然、倒れた少女から遠ざかってしまったが、
――動けないならいい。こいつを片付けてから落ち着いて殺ればいい。
即座に思考を切り替え、対象を当初の狙いであった少年に変更する。仕切り直しの為に一度距離を取り、その目を見た時。
「!?」
有希の全身に怖気が走った。
最初は猫目かと思った。いや、猫目の時点でおかしいが、それでも何か違う。通常の生き物の目にはない模様……のようなものがあるのだ。
縦に割れた瞳孔の真ん中がくびれのように細くなり、その周りに四点の、放射線状に散った何かがある。
「シッ」
「っ!」
有希の慄きとは関係なく、少年は鋭い蹴りや手刀を繰り出してくる。そのどれもが的確に急所を狙ったものであり、その速さと相まって有希は次第に追い詰められていくのを感じた。だが、そんな自分の思考に気付くと同時に愕然とする。
――追い詰められる? 私が? まさか!
だが事実、有希は懸命に攻撃を躱している。反撃を試みるも、相手はひらひら躱し、その合間に鋭い反撃を挟む。手刀を躱したと思えばその勢いを体の回転に利用し、回し蹴りを放つ。
無駄の無い、息つく間もない攻撃に、いつの間にか有希のナイフは少年の手におちていた。マズイ、と思う暇もなく、ナイフが首筋に当たる――
「しずダメ! 殺しちゃダメェ!!」
寸前、響いた少女の声に、少年は惑う事なく反応した。殺気を収めると同時にクルリとナイフを逆手に持ち変え、有希の首筋に叩き込む。急な展開についていけなかった有希は、それだけを認識すると意識を手放した。
ありがとうございます