第四話~二人の“ゆき”
ハイスクール内は、蜂の巣をつついたような有り様だった。爆発と同時になだれ込んできたナウロティア兵によって、既に数十人の死傷者が出ている。教師だけでなく、学生にも多数の被害が出ており、事態の早期終結と目的を明らかにする為に教師たちは奔走していた。
しかし、敵の目的については思わぬ所からもたらされた。
「なに!? 奴らの目的は地下工廠だと!?」
校長のアンドレア・アレクセイは、上がってきた報告に思わず相手を怒鳴り付けてしまった。
「うわ、びっくりした。んなデカイ声出さなくたっていいっすよ……」
「うぬぅ…………」
怒鳴り付けられた黒間は、わざとらしく耳に指を突っこみ顔をしかめてみせた。さすがに理不尽だと思ったのか、アレクセイは申し訳なさそうな顔をするが、すぐに表情を改める。
校長室には報告の為に多くの教師たちがいたが、彼らは報告すると生徒たちの指揮や負傷者の手当ての為にすぐに退室してしまい、今はアレクセイと野戦服姿の黒間のみであった。
「その情報源は信頼できるのか?」
「当たり前っすよ。純からなんですから」
「ああ、あの子か」
アレクセイは少年の顔を思い出そうとして失敗した。どこにでもいるような顔立ちの少年はなるほど、情報収集の任にはうってつけである。
乏しい知識で疑問を解消すると、今度は別の疑問が浮かんできた。
「しかし、何故そこにあると? 情報統制はしっかり行われていたはずだろう」
アレクセイの疑問に、黒間はホロモニターを見ながら答えた。
「こいつも純からなんですがね。どうも半年前に来た転入生が怪しいらしいすよ」
「あの五人か?」
アレクセイは転入手続きの際、面会した五人の少年少女を思い出す。クセは強そうではあったが、ごく普通の子供たちに思えた。
しかし。
「よーく思い出してください。あの五人、迷子騒動を起こしてないんすよ」
「!」
「よっぽど優れた空間認識力と記憶力を持っているみたいです。優秀なスパイたちですよ」
やれやれと嘆息しながら肩をすくめる黒間。
「何を他人事みたいに言っている!? どうするのだ、これから!」
「だからそんなに怒鳴らないでいいですって。心配しなくても今純が向かってますし、あそこの警備兵は優秀なもんを揃えてんすから」
再び耳に指を突っこみながら顔をしかめ、ちょいちょいとホロモニターをいじる。
「今何をした?」
「大したことではないですよ。由貴たちに状況を教えてやっただけです」
「…………切り札を使わねばならんのか?」
どことなく申し訳なさそうな表情でアレクセイは言うが、黒間はけろりとした表情で、
「あくまでも念のためっすよ。あの子たちも今こっちに…………あん?」
「どうした?」
「……こりゃ大変だ」
アレクセイの疑問には答えず、ホロモニターの一点を凝視していた黒間は弾かれたように校長室を出ていこうとした。無視された形のアレクセイは、慌ててその背中に問いかける。
「黒間! せめて説明しろ! 何があった!?」
ドアノブに手をかけたまま黒間は振り返り、簡潔に言った。
「港が抑えられたと。外に母艦がいます」
森野めぐみはとても心細かった。
たった一人で物影に潜み、息を殺しているのだ。すぐそばをナウロティア兵が通っていく。もう泣きそうだった。
彼女は帝国学園付属中学の一年生で、課外授業の一環で宇宙港まで来ていた。最後の三十分が自由時間となり、担任が集合の合図を出そうとした時だった。
銃声と共にナウロティア兵がなだれ込んできたのだ。生徒たちの盾になろうとした港湾職員もいたが、まるで飢えた獣のようなナウロティア兵を相手に成す術なく蹂躙されていく。元々、港に詰めていた警備兵だけでは対処できる訳もなく、あっという間に制圧されてしまった。
めぐみは集中すると周りが見えなくなる悪癖があり、それが災いして担任やクラスメイトと逸れて孤立してしまっていたのだ。――既に担任とクラスメイトの半数が撃ち殺されているとも知らず。
ナウロティア兵にはまだ見つかっていなかったが、素人の子供と訓練された大人だ。見つかるのは時間の問題と思われた。
「あ…………」
ふと、顔を上げた先にあったのは、火災が発生した時等に使われる非常口だった。港での火災訓練は全住民が必ず経験するものだ。めぐみの記憶にも新しい。
めぐみはすぐに非常口に取り付き、音をたてないようにそっと開く。
――あれ? だけど、どこに逃げたらいいんだろう………………そうだ、お兄ちゃんのとこなら……。
非常口から出て、どこに逃げるのかという問題にめぐみは一瞬固まるが、すぐに兄の顔が浮かんだ。兄のいる場所なら大丈夫。安全だし、両親も安心できるだろう。
兄に全幅の信頼を寄せるめぐみは、兄からの誕生日プレゼントであるニット帽をかぶり直すと、ハイスクールを目指して走り出した。
――★☆★――
由貴と静哉は、ようやく住宅街を抜けようとしていた。
当初は最短距離を行くつもりだったのだが、突如として現れたナウロティアのMFに、迂回を余儀なくされた。
MFとは、人類の宇宙開発初期に登場した人型汎用機だ。当初の開発目的としては、過酷な宇宙空間での開発を容易にする為で。実際、その力は大いに発揮され、開発史の中期に差し掛かる前には最低限の住環境が整い、さらに開発のスピードが上がる事になったのだ。
だが、どの世界にも兵器への転用を考える人間はいるようで、宇宙開発が落ち着くと戦争の時代が訪れる――が、長くなるのでまた今度。
迂回している間に、二人に二つのメッセージが送られてきていた。
送られてきたメッセージ。
一つは港が制圧された事。これは、ハイスクールの卒業生が職員にいたために迅速にもたらされたものだった。その職員の身の安全は、皮肉にも制圧が完了した事で保証されていた。
もう一つは、ナウロティア軍の狙い。その目的についてだった。
「まさか、地下工廠を見つけるなんてなぁ……」
走りながら息一つ乱す事なく静哉は呟く。
「時間の問題ではあったと思うよ。アレについては完全な独断専行だったんだし」
対する由貴も呼吸の乱れはない。
「もう少しだ」
静哉は笑顔を覗かせて言った。その言葉に既視感を覚えながら、由貴は遠くに見えてきた校舎に目をやる。鎮火は済んでいるらしい。黒煙は見えなかった。落ち着きを取り戻しつつあると思われる様子に安堵を覚え、走るスピードを上げようとぐっと足に力を入れようとして。微かに感じた違和感に足を止める。
「由貴?」
二メートル程進んで遅れて足を止めた静哉が声をかける。余計な事を言わないのは、由貴が無駄な事はしない性格を知っているから。
じきに、静哉も足を止めた理由に気づく。
「揺れてる?」
改めて言葉にするとゾッとした。
コロニーが揺れる事はまずない。例外が隕石やデブリの衝突だが、こんな地震のように――とは言っても由貴も静哉も言葉と意味を知っているだけなのだが――ずっと揺れが続く事例など……。
「コロニーがぶっ壊れる程の攻撃なんてなかったよなぁ~!」
静哉が珍しく怯えた、情けない声を出して飛ぶように由貴の側に来た。由貴はただ、黙って揺れ続ける地面を見つめている。
「ゆ、由貴?」
揺れはだんだん強くなる。
「ちょ、由貴! マジで洒落になんないから! 何か知ってるなら教えてくれ!」
静哉が言いきるやいなや、大きな音と共に近くの山から巨大な人影が現れる。大量の土砂を吹き上げて。
「うわあっ!?」
「ぶっ」
見上げた二人の頭に、吹き上げられた土砂が降り注いだ。
土煙にむせる二人の後ろ姿を、木々の間から見つめる影があった。ナウロティア王国第八特務隊の渡辺有希である。
彼女はあの会議室を出ると、ディオの指示で小型爆弾を校舎のあちこちに仕掛けていた。仕掛け終わると一度校舎を出る。地下工廠からの脱出路が必ずある筈だからだ。有希たちは主に、人気のないハイスクールの裏山や自然公園、森林区画を手分けして探していた。その中で有希がヒットを当てた形になるのだが、いきなりピンチである。大本命である新型MFの側に操縦訓練を受けている筈の学生が二人もいるのだ。
だが、たかが学生。精鋭たる自分の敵ではない。ナイフを取り出し、まずは手前にいる少年に襲いかかるべく両足に力を入れる。
だが、この時の有希はまだ知らなかった。
二人には、常人には計り知れない能力がある事を。特に由貴が持つ能力は、この混乱の中で更なる覚醒を遂げていた事に。
すぐそばで膨れ上がる殺気に気付かない訳がなく――
「しず避けて!」
「!?」
突然振り返った由貴が静哉を突き飛ばし。
有希は即座に予定を変更し。
体勢を立て直しきれなかった由貴の胸元を、一文字に切り裂いた。
「由貴ッ!?」
突き飛ばされた静哉が見たものは、ひどく冷たい目をした少女と。その少女に切りつけられた由貴が倒れる瞬間だった。
宙を舞う血の鮮やかな赤に、静哉の中で何かのピースがカチリとはまる音がした。体の中を巡り始めた懐かしい感覚に、静哉の意識はだんだん冴えていった。
ありがとうございました