第三話~襲撃
さて。
静哉が、模擬戦終了後に「早紀さんの手伝いをする」と言っていた事だが。
「早紀さん」とは由貴の母親であり、孤児院を経営している女性だ。孤児院を始めてからちょうど十年の月日が経つが、その間孤児がゼロになった事はなく。いくら平和を謳う辺境のコロニーと言えど、今だ減る事のない王国軍との小競り合いの影響は大きい。
主な被害者は、年端もいかない子供たちだ。両親を亡くした子や、酷いのは略奪に遭って家族を亡くした子で。笑わない子や中々馴染めない子を始め、人間不信に陥る子供たちのメンタルケアはいつも試行錯誤の繰り返しだ。
それと同じくらい重要なものが、食費だ。
当然、育ち盛りの子供たちの食費は半端ではなく、その収入源として――
「いらっしゃいませー!」
「焼きたてだよー!」
「おいしいよー!」
「【こどもたちのパン】ただいま販売中でーす!」
「おひとつどうですかー?」
賑やかなショッピング街の一角、テナントの一つを改装した店舗の前。
子供特有の高く元気な声が、道行く人々の注目を引き付ける。上は十歳から、下は六歳まで。まだほのかに湯気がたつパンが入ったカゴを持ち、あるいは背の小ささからか、頭の上にのせた子供たちが懸命に声を張っている。
「あら、可愛らしい」
「いつも頑張っているわねぇ。一つもらいましょうか」
「ありがとうございます!」
子供たちの懸命な姿に引かれる購入者も少なくなく、固定客も多い。そんな購入者の相手を年長者が行い、
「パンなくなったよー!」
「ねえ、つぎのまだー?」
「ちょっと待ってぇ!」
用意していたパンは既に売り切れ、空のカゴを持った最年少の双子の姉妹が、あどけない声で催促をする。二人の容赦ない催促に、仕上げを任されていた軍事科一年の佐々木信良は悲鳴をあげた。
信良の後ろでは、経営者の早紀と手伝いに駆り出されている情報科一年のハルナ・マドロアーナがパンを焼き、由貴と静哉がパンの成形をしている。学生陣は皆、制服の上にお店のロゴが入ったエプロンをつけただけの姿だった。
「出来たぁ! はい、これ持ってって」
「「はーい!」」
出来上がったパンを渡すと、双子は元気よく返事をしてパタパタと店の前に戻っていった。
「ヨシ君、お疲れ様。次ので終わりよ」
背後から早紀の声がかかり、見ると由貴と静哉は椅子に座って既に一息ついており、ハルナは最後のパンの焼き加減を見ている。
「はい」
いつの間にか滲んでいた汗を拭って、信良は頷いた。
その頃。
“エンバット”の哨戒域から外れたデブリの陰。“エンバット”を窺う位置に停泊する一隻の艦があった。
「準備はどうだ? オルドス」
艦橋に入ってきた男が、開口一番に問いかけた。艦長のオルドス・ヘイムス特務二佐は、ちらりと振り返るもすぐに視線を戻す。
「順調に進んでいますぞ、隊長どの」
そして抗議するように、皮肉をたっぷり含ませて答えた。その皮肉に、男は苦笑して、
「そう不満そうな顔をするな。彼らの優秀さは、身に沁みて知っているだろう?」
男――菅原直人特務三佐は、親しげな様子で言った。だが、オルドスは四十代後半の見た目に対し、直人は高く見積もっても四十代に届いてるようには見えない。しかし、その事には一切疑問を抱いていない様子で、
「しかしですなぁ……」
渋面を作り、なおも抗議の姿勢を崩さない。
「半年ですぞ? 半年もこんな所で待機を命じられて、隊員たちもそろそろ我慢の限界がきているのですぞ」
「なんの為の準備だと思っている?」
オルドスの言葉に対して、直人は不敵な笑みを浮かべると、時計を見ながら断言した。
「心配するな、オルドス。もうじき動けるさ」
艦長席の背もたれを掴んだまま佇む直人を、オルドスは問うように見上げた。
「あと三十分だ。三十分で全てが変わる」
「?」
そこには、“エンバット”の方向から視線を外さず、いっそ狂気的に見える笑みを浮かべる直人がいて。呟くように言ったその言葉に、オルドスはなぜか恐怖を覚えた。
――★☆★――
「ん?」
ふと、誰かに呼び止められたように由貴は振り返った。
【こどもたちのパン】の店じまいが終わり、そろそろ帰ろうかという時だった。早紀とハルナ、信良の三人は、今日の売り上げと子供たちを連れて先に帰っており、残っているのは由貴と静哉だけだった。
「どうした?」
店の戸締まりを確認し終えた静哉が問いかける。
「あ、いや…………もう少し?」
なんでもないと言おうとして、別の言葉が飛び出した。
「は?」
そして、静哉がいぶかしがる間もなく、みるみる表情が険しくなっていく。
何か、良くない何かが起ころうとしている。
そう直感した静哉だったが、二人が動き出す前に鈍い地響きと共に爆発音が聞こえてきた。街中が騒然となる中、二人は顔を見合わせると覚悟を決めた表情で頷きあい、校舎の方角へと走り出した。その先に立ち上る不吉な黒煙に向かって――
軍事科二年エージェントコースの宮野純は、目の前に次々と浮かび上がるホロモニターを睨み付け、校舎内を全速力で駆けていた。今だけはそれを咎める教師陣もバタバタと忙しない。
今、付属高校を襲う未曾有の事態に教師だけでなく、軍事科情報科の二、三年生も駆り出されていた。純はそれに加え、既に出撃して実績を重ねている事もあって、いささか過大な期待とプレッシャーがのし掛かる。
――まったく、あれほど念には念を重ねた情報統制をしてきたというのに。内通者の可能性も考えなければダメか?
考えながら純は腰のホルスターから拳銃を引き抜き、たったの2発でナウロティア兵二名を撃ち殺す。
ハイスクール内は、教える内容が内容なので簡単には攻め込まれないように複雑になっている。新入生や転入生の迷子騒動は、もはや毎年恒例の通過儀礼だ。地図はあるが、厳しい情報統制の為に在学中に自身で作成したものでさえ、卒業後は後輩に譲るか廃棄が徹底される。
それなのに、あの爆発から一時間足らずの間にかなり奥まで入り込まれてる。
そういえば――と、純はある事に思い至った。
――そういえば、今年の転入生は迷子になっていない? まさか……。
純は方向転換して、外部には秘匿されている地下へと向かう。途端に多くなるナウロティア兵。予感が的中し、心の中で悪態をつく。
一度物陰に入り、メーラーとホロキーボードを起動する。
相手は黒間一樹。純が最も信頼する人物の一人であり。
純の父親である。
ありがとうございました
次は、7月1日です