第二話~スパイたち
街中に、学生たちの賑やかな声が響く。
「――でね、マリエったら先生に向かって『バカですか? その頭でよく教員試験に合格できましたね』って! 真顔で堂々と!」
あー、おかしい、と笑うのは風原夢加。
「相変わらず冴え渡ってるな、マリエの毒舌。誰に対してもそうなのに、なんで尊敬やら信頼やら集めてるんだか」
苦笑しながら応えるのは成瀬真人。二人とも、ショッピング街の向こう側にある学生寮に帰る途中だった。
「私も不思議~。まぁ、言ってる事全部正論だし、なんだかんだ言って情に篤いとこあるし。怖がる子も多いけど」
「確かに、トゲトゲしさを取ったらまるっきり正論だもんなー。夢加なんか親友枠だし」
「だってマリエって可愛いじゃん? 男子たちもったいない事してるなー、って思うんだよね」
「外見の事だよな? 中身の事じゃないよな!? あれのどこが可愛いんだよぉ!」
「あははっ!」
愕然とする真人から逃げるように、夢加は走り出した。
夢加と真人が走り去った反対車線の歩道。
「今日はどうだったんだ?」
隣を歩く少女の問いに、森野ライトはちらりとそちらを見やった。ダークブラウンの少し長めの髪と瞳の、物静かな少年だ。
問いを発した少女は、情報科メカニックコースの村上麗緒だ。ライトより色素の薄い髪をボーイッシュなショートヘアにした、少し乱雑な口調の男勝りな少女だ。
「どうって。……別に、いつも通りだったよ」
ついさっき終わったばかりの模擬戦の事だ。ライトはさも興味がないと言うようにつれない返事をするが、内心では、
――ちくしょー、あれだけ対策練っても返り討ちとか。どんだけ強いんだ。くそっ、今回はいけると思ったのに。
と、たいへん悔しそうであった。
表情に出したつもりはなかったが、麗緒がなにやら面白いものを見つけたというように顔を覗いてくる。付き合いの長い彼女にはお見通しのようで、それが面白くないライトは憮然としてそっぽを向く。
「…………ちっくしょー……」
思わず呟いた言葉はしっかり聞かれて、
「あの二人は規格外なんだし、いい加減諦めちまえばいいのによ」
そう、心底呆れた声音で言われてしまった。
だが、そんな簡単に諦められるならどれほどよかったか。あの約束がなければ、とっくの昔に諦めていただろう。二人を超える強さを手に入れる、なんて約束がなければ。
そうだ。
――諦める訳にはいかない。
あの約束がある限り。彼は決して諦めはしない。
彼はすでに忘れてるかもしれないけれど。
幼い頃に交わした約束は、ライトの心の奥で大きなしこりのように存在感を放っている。急がねば。
二人に残された時間は、他よりも少ないのだから――。
――★☆★――
「調査はぁ? もういいのぉ?」
集まって早々、待っていたかのようにレナが甘ったらしい声で問いかけてきた。来たばかりの澪はうんざりしながらそちらへ目を向けた。
「気になるなら報告会に来ればよかったじゃない」
「やだよ、あんなつまんない会。どうせ後で教えてくれるくせに」
言いながらレナは、澪を見ながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。それを見てカーっと頭に血がのぼった。
「あんたねぇぇ!」
レナと澪のやり取りを見て、操は飽きずによくやるなと思った。そもそも、みんなクセが強すぎるのだ。と、集まった面々を見て常々思う。
背中まであるストレートの黒髪をポニーテールにした、つり目がちの少女がレナ・ロナウド。集まった中では最年少の十六歳だが、短気な性格と無邪気に戦闘を楽しむクセから一番の問題児扱いをされている。
対する、レナと同じ艶やかな黒髪を腰までのばしたお嬢様然とした容姿の少女が東谷澪。なにより百合っ気があるのが問題だ。可愛い子や綺麗な子を見付けると、任務そっちのけで接触を図ろうとする。潜入任務の場合は良いカモフラージュになる事も……なきにしもあらずだが。
グレーのニット帽をかぶり、ハイスクール指定のワイシャツの上にパーカーを着ているのが屋野操。射撃の腕を買われて部隊入りした為、比較的問題の少ない少年だ。
窓際で壁に寄りかかり、腕を組んでいるのは渡辺有希。色素の薄いセミロング程の髪を、サイドでひとまとめにして流した少女だ。その柔らかな見た目とは違い、瞳は氷のように冷たく、ピクリとも動かない表情は、研ぎ澄まされたナイフを思わせる。そんな彼女は同年代の者たちの中で断トツの強さを誇るものの、協調性の欠片も無いことから周りとの軋轢が酷い。
最後に、黒板前の教卓を背に立つ男がディオ・アルヴァーヌ。工作の腕を買われて部隊にスカウトされた特殊工作員だ。今、集まっている隊員の中では最年長で、必然、まとめ役のような立場にいる。実際、階級も一番高く、クセの強い隊員――スパイたちも彼の下では比較的大人しい。
そう、スパイなのだ。
彼ら五人は、ナウロティア王国第八特務隊に所属する特殊工作員であり。ここに集まったのも、敵国であるロアルティ帝国の強さの秘密を探る為なのだ。そして一年をかけて、ようやく軍事に関する秘密の一端がこの付属高校にあると知り、半年前に転入生と偽って潜り込んだのだ。
五人が集まっているのは、ハイスクールの広い校舎の一角にある会議室の一つだ。
先程からグラウンドで行われている模擬戦の様子を、操は見るともなしに見ていた。ほとんどの生徒が当たり判定を受け、倒れ伏す中、黒髪の少女と茶髪の少年が一騎打ちをしている。
もともとレナの事が好きではなかった澪が、怒気と若干の殺気を込めてレナに詰め寄ろうとすると、遮るようにディオが立った。
「まあ、落ち着いて。今に始まった事じゃないんだから」
さらりと毒を吐いた事は全員スルーしたが、ディオが動いた事でそちらに注目が集まる。
そもそもが、扱いに困るクセの強い隊員を集めて管理しやすくしたのが第八特務隊だ。ディオはそんな彼らを上手くまとめる事を期待されているが、配属からこれまで特に大きな問題は無いことから功を奏していると言える。
態度はともかく、ディオの言葉を全員が待っているのだから。
「調査に関してはもういい」
「えっ、ほんとに!?」
つまらなそうに爪の手入れをしていたレナが色めき立った。三度の飯より戦闘――という名の遊び――が好きなレナらしい反応だ。椅子代わりにしていた簡易テーブルから飛び下りるように立ち上がり、ディオに詰め寄る勢いでいる。
「ああ、有希のお陰で見つかったよ。地下の格納庫だ。厳重に秘匿されているそうだよ」
「ああ、さすが私の有希! 見込んだ通り冴えてるわ~!」
「……………………」
今現在は有希に惚れ込んでいる澪が、うっとりと頬を染めながら顔を向け、綺麗にスルーされた。それでもめげない澪は、ある意味で大物だろう。
「――で、いったい何を見つけた……」
「決行は」
操は付き合いきれないと嘆息し、ディオに詳細を聞こうと体の向きを変え。それを遮ったのは、それまで操の横で冷めた目で今までのやり取りを見ていた有希だ。
真意を探る為であろうか。じっと有希の顔を見つめたディオは、おもむろに口を開く。
「決行は今日だ」
その言葉に驚く者はいない。
それも当然だ。
「今日の夕方、一六〇〇に開始する。それでは解散」
無駄に言葉を尽くす必要もない。
彼らはトップエリート。任務成功率百%を誇る第八特務隊の最精鋭なのだから。
ありがとうございました
次は6月1日です