第一話~ハイスクールの日常
書き直しました
変わってないとこは変わってないし
変わってるとこは変わってます
しんと静まりかえっている。
柔らかい日差しの中、白い壁の瀟洒な校舎を青々とした緑の木々が囲み、風が木々を揺らす優しい音が聞こえる。しかし、向かい合う二人――長めの茶髪に猫目の少年と、黒髪ショートの大きな瞳の少女――の間にはそんな穏やかな空気はなく、ただ殺伐とした空気が流れていた。
二人の手には、それぞれ刃渡り十cm程のナイフが握られている。それを少女は右手で逆手に持ち、いわゆるファイティングポーズのような姿勢で構え、対する少年は自然体で力まず立ち、体の横でだらりと提げていた。
周囲には付属高校の制服を身に着けた少年少女たちが、広いグラウンドに折り重なるように倒れていた。その合間に二人が持っているものと同じナイフや、拳銃らしきものが見える。
沈黙が流れる。
普段ならばここは、部活動の生徒や委員会活動を行う学生たちの賑やかな声が聞こえるはずなのだが、今は二人以外に立っている者はおらず、ただただ静まりかえっていた。
少女が体勢を整えるためであろうか、じり、と右足に力を入れた。と、その瞬間を見計らったように少年が動いた。
前傾姿勢での踏み込みから一瞬で距離を詰め、比較的隙のある左脇を狙う。当然、無防備に隙を晒す訳がなく、少女は身軽にステップするように躱す。更に距離を取った少女を追い、少年は攻撃を続ける。
二人の驚くべきところは、倒れている学生たちを器用に避けている事だろう。体どころか服の裾すら踏まずに戦闘を続ける様は、尊敬の念さえ覚える。
時々、アクロバティックに躱しながらも二人は攻撃をやめない。いつまで続くかと思われた戦闘は、
「! しまっ……!」
少年が生徒の一人を避け損ない、体勢を崩した事で一気に流れが変わった。少女が一方的に攻撃を繰りだし、少年の体に赤い線が刻まれていく。少年の劣勢を見て、好機とばかりに少女が一歩踏み出したその時、
「そこまでっ!!」
突如として男の声が響き渡った。少女のナイフが少年の眉間に叩き込まれる寸前だった。
「これにて夏期休業前、対人個別模擬戦を終了する」
数秒間の沈黙の後、先程と同じ男の声で終了が宣言された。すると、倒れていた生徒たちがうめき声を上げながら動き出した。
「終わったーー!」
「うぅ、いてぇ……」
「あ、ごめん。蹴っちゃった」
「ちょ、誰か肩の脱臼治して……」
「あ~あ、まぁた由貴と静哉の一騎打ちかよ」
彼らは思い思いに体を伸ばし、最後まで立っていた二人へと視線を向けた。立っていた二人――由貴と呼ばれた少女と静哉と呼ばれた少年――は視線を受け止め、それぞれ種類の違う笑みを浮かべた。つまり、静哉にとどめを刺そうとしていた由貴は晴れやかな笑顔を。逆にとどめを刺されそうになっていた静哉は苦笑を。
「今のしずがわたしに勝つのは無理よ」
「確かに」
「ムリだな」
傲慢とも取れる由貴の言葉は、誰にも否定されずに受け入れられた。
それもそのはず。実はこの二人、特殊な過去が手伝ってハイスクール内では知らない者はいないのだ。
ロアルティ帝国立帝国学園付属高校――通称ハイスクール――それが彼らが通い、勉学に励む場の名称だ。
大まかに分けると軍事科と情報科、機械科があり、それによってのクラス分けは無いが、選択科目や一年時終了時点での志望次第でさらに細かく分岐している。その分岐に関しては、多すぎるので紹介はまた今度だ。
二人、というか今このグラウンドで模擬戦を行っていた生徒たちはみな、軍事科の所属だ。担任は、彼らから一メートル程離れた場所に立っている黒間一樹という黒髪黒目の男。先程、終了を宣言した男である。
「あー、成績は追って通達するから……もう解散して良いぞー」
黒間はその場でわいわい騒ぎ始めた生徒たちに向け、少々気だるげな声で言った。
「おっしゃあ、及川ァ! これから昨日の続きを……」
「あ、ごめん。おれ今日早紀さんの手伝いする約束してんだ」
見るからにヤンキーとわかる派手な出で立ちの少年が、静哉に掴みかかる勢いで決闘の再戦を申し込もうとしてあっさり断られていた。そのやり取りを見ていた男子生徒の大半が、落胆の色を隠さず帰り支度を始めるのを見るに、同じように決闘を申し込もうとしていたのだろう。のろのろとした動作で支度をしながらも、未練がましくチラチラと静哉を窺い気が変わるのを待っているようだ。しかしすぐに支度を終えた静哉は、既に校門に向かって歩き始めていた由貴を追いかけてしまい、待つだけ無駄だとわかった彼らは諦めてそれぞれの帰路についた。
校門の手前で追いつき、並んで歩き始めた二人の後ろ姿を見た黒間は、思わずため息をついてしまった。
「あれでまだ付き合ってないとか、信じらんねぇ……」
そう。二人は幼なじみという関係に加え、他者が間に入り込めない程の距離の近さに関わらず、互いが互いに片思いだと思っているのだ。しかもこの事は、二人以外のほとんどの生徒が知っている事実であり、その比類なき戦闘能力と合わせてハイスクールでの二大有名人なのである。
「とっととくっつきゃいいのに……」
「ダメですよ、先生」
「あん?」
独り言のつもりで呟いた黒間は、返ってきた言葉に振り向いた。
「何でだよ?」
背後から黒間に声をかけたのは、三人の女子生徒だった。
「あの二人、いろんな意味で有名ですから。今くっつけると大変な事になりますよ」
自信たっぷり気に言ったのは、風原夢加というボブカットの少女だ。
「くっつける事には賛成する……しますが、他にいじ……いえ、様子を見たい生徒がいる……いますので」
怪しい事を口走りかけ、敬語も怪しくなっているのはマリエ・ルミナリエ。緩く巻いたツインテールにやる気のなさそうな表情が特徴的な彼女だが、鋭い毒舌家として有名で泣かされた生徒は数知らず……という噂が立つクセの強い少女だ。
「あはは……まぁ、私としては静かに見まもりたいなぁ、という感じですね」
マリエの言葉に苦笑しながら控えめに主張したのはフレニカ・エルモニカという、おっとりという言葉がよく似合う少女だ。
三人は情報科の生徒なので、今回の模擬戦にはもちろん参加していない。が、先に述べた由貴と静哉の人気ぶりから見学する生徒は一定数存在しており、この三人もその見学者として固唾をのんでこの模擬戦を見守っていたのだ。もはや期末や休業前の模擬戦は、ハイスクールの一大名物と化している。年度末の最後の模擬戦は、卒業生の晴れ姿として保護者まで見に来る程だ。
閑話休題。
三人の言い分を聞いた黒間は「う~ん」と唸り、難しい顔で考え込んだ。
「ええぇ~、ダメですかぁ~?」
「ダメじゃねーけど、なぁ……」
夢加が不満げに唇を尖らせるが、黒間は顎に手を当てて思案するように宙に視線をさまよわせた。
――あんま暢気にしてると……あの二人は時間がなぁ……。
それきり、黙り込んでしまった黒間を、三人は不思議そうに見つめるのだった。
ありがとうございました