試験に挑む
1ヶ月後、ビビアンは首都に向かう馬車に乗っていた。荷馬車しか知らないビビアンは屋根付きの立派な馬車に驚いたのだが、同乗のレベッカは狭い、揺れると不満ばかり行っている。
狭いのはレベッカの付き添いが太っているのと、レベッカの荷物のせいなのだが、余計なことに神経を使いたくないビビアンは沈黙を貫いた。
馬車を操るのはブレットだ。
「ねえ、知ってる? 先生って駄飼いの倅なのよ。びっくりでしょ」
レベッカはビビアンを見つめ笑いながら言った。
「知ってるわ。今では立派な紳士ね」
ビビアンはさらりと流す。以前のようにレベッカの言葉に傷付き、言葉を失うこともなくなった。
「私はね、3年間通うの。駄飼いの倅や水汲み女と一緒の1年だけなんて嫌だものね。お金もあるわ。バリーのお父さんの仕事はうちで引き継いだからね」
バリーの名前にさすがに動揺したもののなんでもない風を装う。
「そう、まずは試験に受からないとね。お互い頑張りましょうね」
それだけ言ってビビアンは沈黙した。レベッカはこれ以上頑張ってもビビアンを傷付けることは出来ないと悟ったのか、やっと大人しくなった。
町を出発してから3日後、ビビアンたちは首都の宿に辿り着いた。宿では違う町から来た4人の少女と同部屋となった。彼女たちも試験のために地方から出てきたのだ。付き添いに2人の教師がついている。彼らはブレットの学友で宿代の節約のために、示し合わせて宿をとったのだ。4人の少女だけではない、少年たちが6人いた。
「ねえ、こんなに沢山の人が試験を受けるのが、あんたがたの町じゃ、普通なの?」
同じ部屋になった少女たちにビビアンは尋ねた。レベッカは部屋の角のベッドで沈黙している。1人部屋が良かったとこぼしているが、実際には同室の少女たちが自分より裕福そうに見えることに怯えているのだ。
ビビアンだって気圧され気味なのだが、事前にブレットから、試験の際には自分より遥かに賢そうな人や金持ちの子弟がやって来るのだと聞かされていたので、全く驚いていないわけではないが、まだ心の準備が出来ていた。
「去年くらいかしらね。急に増えたの。私の姉は去年受けたわ、落ちたけどね。」
「私たちの町には3人も女の学園出身者がいるのよ。みんな首都にいるんだけど、1人里帰りをされたのよ。男爵夫人になってね」
「凄かったわ。あんな貴婦人、見たことない。田舎の伯爵様より、首都の男爵様だってみんな言ってるわ」
「私は結婚したくないから学園に行くの。学園で3年間勉強したら、女が一生働ける職につけるって聞いたわ」
彼女たちがワイワイやかましく喋る様子にビビアンも流石に圧倒された。お喋りは夜まで続き、ビビアンも興奮気味になり眠るのに苦労した。
翌日、12人の少年少女と3人の引率の教師は試験会場に向かった。会場は子どもと大人でごった返していた。確かに自分以外はどの子も賢そうに見える。
宿では気楽にしていた4人の少女もさすがに緊張しているようだった。
「貴族がいないだけでも助かるわ。一緒に試験を受けるなんて怖すぎるもの」
1人の少女の言葉にビビアンは驚く。周りにいるいかにも金持ちそうな子や使用人を何人も引き連れて歩いている子は貴族とは違うらしい。以前見た領主様の子どもより遥かに立派な格好なのに、あれでも貴族ではないのだ。だとしたら首都に住むという大貴族とはどんなものだろう。そんな人間と同じ教室で学ぶなどありえるのだろうか。
(駄目、余計なことは考えなちゃいけない)
ビビアンは雑念を頭から振り払った。
受験票を手に指定された部屋に入る。放課後の勉強と同じように職員が大きな紙を前の席から順に配っていく。合図とともに試験が始まった。
1問目を見たとき、ビビアンはひどく混乱した。何が書いてあるのか分からない。文章を読んでいるのに頭に入ってこないのだ。
(いや、怖い、どうして……)
ビビアンはペンを固く握りしめたまま固まってしまった右手を見つめる。
その手にふっと触るものがあった。バリーの手だ。あの日、ビビアンの両手を包み込んだバリーの手の感触が甦ってきた。
――僕が行けなかった先へ、君には行ってほしいんだ――。
あの日のように体の内側から力が湧いてくるのを感じるのと同時にビビアンの頭は落ち着きを取り戻した。
『分からない問題や答えに自信のない問題があっても落ち着いて、次の問題に向かいなさい』
先生の助言を思い出したビビアンは2問目を見る。なんども繰り返し解いてきた代数の問題だった。
(よかった、分かる)
ビビアンはほっとした。よく見ると若干の文章の違いはあるがこれまで解いてきた問題と似ているものが多かった。
法律は新しく布告されたものが多くでると先生がいっていたがその通りであった。
改めて見直すと1問目もそう難しくはなかった。
(出来る。大丈夫)
ビビアンは最後まで集中を切らすことはなかった。