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ビビアンとバリー

 バリーのいない放課後の学習にビビアンは慣れることがなかった。集中できないビビアンは気が付けばぼんやりして、問題文が全く頭に入ってこない。


「今日はここまでにしよう」


「先生……、やります」


「いや、君には休みが必要だよ。一緒にバリーのところに行ってみないかい?」


 ブレットの言葉に従い、ビビアンはバリーの家に行くことにした。




 バリーの家は町の中心に近い比較的裕福な家庭が多く集まる場所にあった。ブレットが家の扉を叩くと、中から年老いた女が出て来て頭を下げた。玄関から入ってすぐのところに来客を待たせる長椅子がありしばらくそこに座っていると、再び現れた女に導かれ奥の部屋にたどり着く。

 部屋にはベッドに横たわる中年の男がいて、その周りには中年の女と小さな少年、そしてバリーがいた。


「奥様、先生様がいらっしゃいました。こちらのお嬢様も」


 ブレットとビビアンが頭を下げると、中年の女――バリーの母親と、バリーも立ち上がり軽く会釈をする。


「先生……」


 誰よりも先に声をあげたのはベッドに横たわるバリーの父だった。


「父さん……」


 バリーがなんとか起きようとする父親の上半身を支える。意外としっかりしているとビビアンは感じ、気持ちが少し明るくなったが、次の瞬間に愕然とした。


「世話になっ……た……に、す……ませ……、ヴァリ……ィ……」


 父親の顔は奇妙に歪んでいた。顔半分がひきつったように動かない。


「先生、あと少しバリーをお願いします。せめて学校だけは最後まで行かせたいんです」


 父親の変わりに母親が訴える。


「もちろんです。バリーなら大丈夫ですよ」


 ブレットは優しい口調で応える。


 よろしくお願いします。よろしくお願いします。と母親は何度も頭を下げ、父親も動かない頭を不自然に曲げながら必死に何かを訴えようとしている。そんな父の体をバリーが支えている。


 ビビアンは自分が泣いているのに気がつき、慌てて下を向いた。その拍子に涙がポタポタと床に落ちては板に染み込んでいく。ただの部外者でしかない自分の失態にビビアンは驚き呆れる。涙は止まらず動揺はさらに広がってゆく。


「あなたがビビアンね?」


 バリーの母親に声をかけられて思わず顔を上げた拍子に、ビビアンの目からさらに涙が溢れてきた。


「わざわざ来てくださってありがとう。あなたも大変でしょうけど、頑張ってね」


 バリーの母親にそう言われてビビアンは小さく「はい」と応えるしかなかった。


 ありがとうと言われることは何もしていない。バリー一家になぐさめになるような言葉のひとつもかけられないのだ。ビビアンはただ自分の無力感にうちひしがれながらバリーの家を出た。


 家まで送るというブレットの申し出を断り、ビビアンは1人、町外れの貧民街に向かう。足取りは重く、胸にはドロリとした気持ちの悪い物が渦巻いている。何も考えたくないし何もしたくなかった。

 バリーとの試験勉強、学園での生活を語り合う帰り道――あの幸せな世界はどこかへいってしまったのだ。

 家族の不幸と夢を断たれたバリーを思いやる気持ちより、1人で試験勉強に挑む不安の方が大きかった。そんな自分が嫌で仕方がない。


「ビビアンっ」


 後ろから声がする。バリーだ。

 息を切らせながら、バリーはビビアンに追い付いた。


「ビビアン……」


 何か言おうとするが呼吸が整わない。


「バリー、お父さんはいいの?」


 ビビアンの質問になんとか落ち着いてきたバリーが応える。


「うん、母さんもいるしね。見ただろ、父さん、元気なんだ、体は動かないけど。医者の先生はさ、訓練すればもっと体が動くようになるって」


「そうなんだ……」


 よかった、と言いそうになったが、ビビアンはすぐ口をつむぐ。他人が気軽によいと言える状況ではない。


「でも仕事は難しいから、商いは手放すことにしたんだ」


「バリーはどうするの?」


「最後まで学校に行くよ。それから働く。父さんの友だちの下で商いの勉強をするかもしれない。でも商人の見習いはすぐお金にならないからね」


「……」


「ああ、でも、こんな話をしにきたんじゃないんだ。ええっと僕は思ったより平気なんだ。だからさ――」


 そこまで言うとバリーはビビアンの両手を包み込むように掴んだ。


「ビビアン、合格して学園に行って欲しいんだ。僕の勝手なお願いなのは分かってる。でも僕は君が合格して喜ぶ姿が見たいんだ。僕が行けなかった先へ、君には行って欲しいんだ」


 バリーはビビアンをまっすぐ見つめながら言った。ビビアンはその視線に戦きながらも、バリーを見つめ返す。あの日、教務室前の廊下の窓から遥か高い空を見つめていた目が、今、ビビアンに向けられていた。


「行くわ、あたし。学園に」


 自らが発したその言葉は魔法のように作用した。ビビアンは体の内側から力が沸き上がってくるのを感じた。

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